だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)

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だから彼女を騙した(2)

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 高い建物もなく、山もない。透き通るような空はどこまでも続いている。
 ここだけ時間がゆっくりと過ぎているのではと勘違いしてしまうほど、穏やかな場所であった。
 そんな田舎に神殿から三人も神官たちがやってくれば、誰だって驚く。

 畑で遊んでいた子どもたちは、立て襟の平服と黒い上着に身を包む神官の姿を見つけると、興奮した様子で大人たちに知らせに走った。となれば、大人から大人へも話しが広がっていく。
 長閑で建物が密集している村だから、あっという間にその話を知らない者はいなくなる。

 神官がわざわざこのような田舎の村をなぜ訪れたのか――?

 誰もがそう疑問に思いながらも、神官に問い質すような者はいない。
 皆、遠くから三人の神官を眺めるだけ。
 神官たちは迷うことなく、この村の代表である村長の屋敷へと足を向けていた。

 となれば、村長の屋敷で神官たちをもてなす必要がある。屋敷に彼らが休める部屋を用意し、食事を振舞う。
 村長とその息子のカメロンは、少々緊張しながらも、神官たちと夕食を共にした。
 長閑な村なので、贅沢な料理など用意はできない。それでも神官たちは始終にこやかに、料理も素材の味が生きていると褒めながら、口にしていた。

 その食事の席で、神官はこの村に聖女がいると言った。

『国のために、彼女を神殿に預けてほしい』

 こんな田舎の村から聖女が輩出されるなど、たいへん名誉なことである。
 そう思った村長は、息子のカメロンと顔を見合わせてから、二つ返事で了承した。
 神官たちは破顔し、感謝の言葉を口にする。

 だが神官が聖女として選んだ女性がラッティと知ると、村長とカメロンは激しく後悔した。
 ラッティは父親と二人暮らしであり、その暮らしは慎ましい。だが、子どもたちから好かれ、村人からも慕われている。
 彼女の父親はこの村の出身であるが、王都の学園へと通い、そこで騎士として王都の警備や要人の警護などに従事していた。
 そこで伴侶と出会い、結婚を機に故郷であるこの村へと戻ってきたのだ。そして二人の間に生まれたのがラッティである。
 自然と、同じ時期に生まれたカメロンと仲良く育つ。
 ただ、ラッティの母親は、彼女産んですぐに亡くなってしまった。

 村長は、カメロンの相手が騎士の娘であるラッティであれば、なんら問題ないと思っていた。何よりも、カメロンがラッティを慕っているし、ラッティもカメロンを慕っている。お互いの気持ちが一番だと、カメロンの母親は言っていた。

 そんな状況でありながらも、ラッティとカメロンのほうが大人だった。
 彼らは現実を受け入れ、別れを惜しんだ。
 カメロンは黙って唇をかみしめ、ラッティの背を見送った。彼らはけして涙を見せなかった。

 ラッティの父親は、幾言か神官に文句を言ったらしい。言い合いしている様子を、村の者が目にしていた。父と娘で二人暮らしをしていたのだから、彼の気持ちもわからなくはないと、目撃した村人も同情する。

 それでもラッティは神官たちと共に、神殿へと向かったのだ。

 だが、その後すぐに、彼女の父親は不幸な事故で亡くなってしまった。
 それは、ラッティが旅立った次の日。農業用水をためておく沼に浮かんでいた。
 沼の周りを散歩していて、足を滑らせ、誤って沼に落ちてしまったのだろうと、村の者たちは思った。
 だが、村長とカメロンはそうは思っていない。

 彼らは、旅立ったばかりのラッティを不安にさせないようにと、しばらくの間、父親が亡くなったことを黙っていた。
 ひっそりとラッティの父親を弔った。
 カメロンは静かに目を伏せた。
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