17 / 47
だから彼女を騙した(1)
しおりを挟む
神殿には国を庇護する竜がいる。その竜の世話を行っているのは神官と聖女である。
また神殿には、聖女や神殿で生活する者たちの世話をする巫女と呼ばれる女性たちもいる。巫女は聖女と異なるため、竜には近づかない。竜に向かって祈りを捧げるだけ。
特に聖女には、竜のうろこを磨くという仕事があった。このうろこを磨く仕事は、意外と重労働であるが、その大変さを知っているのは、もちろん聖女のみである。
それでも聖女が竜のうろこを磨かねば、宝石のように輝くうろこは次第にくすんでいき、すべてのうろこが穢れで覆われたときには、この国へ厄災をもたらすと言われている。だから聖女は、竜のうろこを磨く。
だが、聖女だって不老不死ではない。そのため、聖女が不在になると竜は眠りにつき、竜が眠りから覚めると聖女が選ばれる。
聖女は竜のうろこを磨くために選ばれ、竜はうろこを磨いてくれる聖女がいなくなれば、長き眠りにつく。
聖女が先か、竜が先か――。
それが竜と聖女の切っても切れない関係でもあった。
ラティアーナの先代の聖女が神殿にいたのは、今から二十年ほど前と聞いている。だが、正確な年まではわからない。
その先代の聖女が不慮の事故で亡くなったため、竜は眠りについた。
竜が眠っている間、不思議なことに厄災は訪れない。レオンクル王国は年中穏やかな気候を保ち、嵐も干ばつも害虫被害も起こらない。それが、二十年ほど続いた。
だが、その竜が突如として目覚めた。
永き眠りから竜が解放されたとなれば、竜の世話人として聖女を決めなければならない。
聖女は、貴族の娘だろうが、孤児であろうが、竜が気に入った娘であれば誰でもよい。年齢も、特に決まっていない。それでも選ばれるのは十代後半から二十代前半の女性が多かった。
それは、竜のうろこを磨くという重労働も関係しているのだろう。それに耐えられるだけの体力が必要だ。
十数年ぶりに目覚めた竜は、いきなり「ミレイナの娘を連れてこい」と言った。
そうやって竜が一人の女性を指名するのも、異例中の異例である。今まで聞いたことがないし、文献にも記載されていない。
いつもであれば、神官が聖女に相応しい女性を選び、その女性を竜に引き合わせ、その中から竜が選んでいた。竜がどのような基準で、複数いる聖女候補から一人に絞るのかはわからない。
また、ミレイナとは先代の聖女の名である。その聖女に娘がいたなど、神官たちは知らなかった。
《あれの記憶が流れてくるからな……。我に隠れて穢され、子を産み落としていた》
竜が寝そべりながら、神官たちに命じる。
《一か月以内に娘を連れてこなければ、この国がどうなるか。賢いお前たちならわかっているのだろう? 我のうろこは徐々に汚れ始める。お前たちの憎悪が、我のうろこを穢すのだよ》
腹の底に響くような声。ずっと聞き続けていると、頭が痛くなるような声。
「ですが、ミレイナの娘がどこにいるのか……。我々には皆目見当がつきませぬ」
神官長が、こめかみを押さえながら尋ねた。
《なるほど。あやつは、それほどまで巧妙に穢れを隠していたのか》
くつくつと喉を鳴らした竜は、どこか楽しそうにも見える。
《娘は、この国の南にあるテハーラという村にいる……。この村は、ミレイナの故郷か? いや、違う。穢れの故郷か……。ふむ》
竜が身体を揺すると、地面も揺れる。ミシミシと神殿の柱が音を立て、ぱらぱらと柱のつなぎ目から、石膏が落ちる。
竜の言葉は絶対であり、間違いはない。
神官たちはその言葉を信じ、それに従う。
神官たちは、すぐに南にあるテハーラの村へと向かった。ここは長閑な村である。
石造りの民家が建ち並び、どこから鈴の音が響いてくるし、牛の鳴き声が聞こえてくる。
家のない場所には、田畑と牧草地が広がっており、広い畑では子どもたちが駆け回っていて、ときおり子ども特有の甲高い賑やかな声が耳に入ってくる。
また神殿には、聖女や神殿で生活する者たちの世話をする巫女と呼ばれる女性たちもいる。巫女は聖女と異なるため、竜には近づかない。竜に向かって祈りを捧げるだけ。
特に聖女には、竜のうろこを磨くという仕事があった。このうろこを磨く仕事は、意外と重労働であるが、その大変さを知っているのは、もちろん聖女のみである。
それでも聖女が竜のうろこを磨かねば、宝石のように輝くうろこは次第にくすんでいき、すべてのうろこが穢れで覆われたときには、この国へ厄災をもたらすと言われている。だから聖女は、竜のうろこを磨く。
だが、聖女だって不老不死ではない。そのため、聖女が不在になると竜は眠りにつき、竜が眠りから覚めると聖女が選ばれる。
聖女は竜のうろこを磨くために選ばれ、竜はうろこを磨いてくれる聖女がいなくなれば、長き眠りにつく。
聖女が先か、竜が先か――。
それが竜と聖女の切っても切れない関係でもあった。
ラティアーナの先代の聖女が神殿にいたのは、今から二十年ほど前と聞いている。だが、正確な年まではわからない。
その先代の聖女が不慮の事故で亡くなったため、竜は眠りについた。
竜が眠っている間、不思議なことに厄災は訪れない。レオンクル王国は年中穏やかな気候を保ち、嵐も干ばつも害虫被害も起こらない。それが、二十年ほど続いた。
だが、その竜が突如として目覚めた。
永き眠りから竜が解放されたとなれば、竜の世話人として聖女を決めなければならない。
聖女は、貴族の娘だろうが、孤児であろうが、竜が気に入った娘であれば誰でもよい。年齢も、特に決まっていない。それでも選ばれるのは十代後半から二十代前半の女性が多かった。
それは、竜のうろこを磨くという重労働も関係しているのだろう。それに耐えられるだけの体力が必要だ。
十数年ぶりに目覚めた竜は、いきなり「ミレイナの娘を連れてこい」と言った。
そうやって竜が一人の女性を指名するのも、異例中の異例である。今まで聞いたことがないし、文献にも記載されていない。
いつもであれば、神官が聖女に相応しい女性を選び、その女性を竜に引き合わせ、その中から竜が選んでいた。竜がどのような基準で、複数いる聖女候補から一人に絞るのかはわからない。
また、ミレイナとは先代の聖女の名である。その聖女に娘がいたなど、神官たちは知らなかった。
《あれの記憶が流れてくるからな……。我に隠れて穢され、子を産み落としていた》
竜が寝そべりながら、神官たちに命じる。
《一か月以内に娘を連れてこなければ、この国がどうなるか。賢いお前たちならわかっているのだろう? 我のうろこは徐々に汚れ始める。お前たちの憎悪が、我のうろこを穢すのだよ》
腹の底に響くような声。ずっと聞き続けていると、頭が痛くなるような声。
「ですが、ミレイナの娘がどこにいるのか……。我々には皆目見当がつきませぬ」
神官長が、こめかみを押さえながら尋ねた。
《なるほど。あやつは、それほどまで巧妙に穢れを隠していたのか》
くつくつと喉を鳴らした竜は、どこか楽しそうにも見える。
《娘は、この国の南にあるテハーラという村にいる……。この村は、ミレイナの故郷か? いや、違う。穢れの故郷か……。ふむ》
竜が身体を揺すると、地面も揺れる。ミシミシと神殿の柱が音を立て、ぱらぱらと柱のつなぎ目から、石膏が落ちる。
竜の言葉は絶対であり、間違いはない。
神官たちはその言葉を信じ、それに従う。
神官たちは、すぐに南にあるテハーラの村へと向かった。ここは長閑な村である。
石造りの民家が建ち並び、どこから鈴の音が響いてくるし、牛の鳴き声が聞こえてくる。
家のない場所には、田畑と牧草地が広がっており、広い畑では子どもたちが駆け回っていて、ときおり子ども特有の甲高い賑やかな声が耳に入ってくる。
36
お気に入りに追加
1,924
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける
堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」
王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。
クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。
せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。
キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。
クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。
卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。
目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。
淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。
そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~
水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。
それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。
しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。
王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。
でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。
※他サイト様でも連載中です。
◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。
◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。
本当にありがとうございます!

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】
小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」
私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。
退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?
案の定、シャノーラはよく理解していなかった。
聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります

婚約破棄に全力感謝
あーもんど
恋愛
主人公の公爵家長女のルーナ・マルティネスはあるパーティーで婚約者の王太子殿下に婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。でも、ルーナ自身は全く気にしてない様子....いや、むしろ大喜び!
婚約破棄?国外追放?喜んでお受けします。だって、もうこれで国のために“力”を使わなくて済むもの。
実はルーナは世界最強の魔導師で!?
ルーナが居なくなったことにより、国は滅びの一途を辿る!
「滅び行く国を遠目から眺めるのは大変面白いですね」
※色々な人達の目線から話は進んでいきます。
※HOT&恋愛&人気ランキング一位ありがとうございます(2019 9/18)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる