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だから彼女から奪った(7)
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そこで彼女は白磁のカップに手を伸ばす。点々と赤い何かが散りばめられているカップは、よく見ると薔薇の花びらが描かれていた。だが、ちらりと目にしただけでは、血がついているようにも見えてしまう。
キンバリーはアイニスを張りぼての令嬢と言っていたが、紅茶を飲む姿は優雅に見える。
少しだけ潤った唇は、以前のような艶やかさを取り戻していた。微笑む姿も、ラティアーナに婚約破棄を突きつけたキンバリーに寄り添ったあのときの表情と同じ。
「とある夜会で、兄と一緒にいたときに、ウィンガ侯爵は私を図書館で見かけたとおっしゃって、近づいてきました……。きっと、兄が彼をたぶらかしたのでしょうね」
兄の言いなりになっているものと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
それにしてもあのウィンガ侯爵が図書館とは、似合わない。むしろ、嘘だと言っているようなものだろう。もう少しまともな理由はなかったのだろうか。
「ウィンガ侯爵は……私と結婚したかったようですが……」
アイニスは今、仮にも王太子キンバリーの婚約者である。だから、そういった内容を口にするのも躊躇いがあるのか、語尾を濁した。
それでもウィンガ侯爵の性格を考えたら、アイニスと結婚したいというのもあながち嘘ではないだろう。
サディアスも少しだけ口元を緩めた。
その様子を見た彼女も、安堵のため息をこぼす。何か咎められるとでも思ったのか。
「それも兄とウィンガ侯爵が話をして。私は彼の養女となりました。私としては、どちらでもよかったのですが……」
それは、ウィンガ侯爵と結婚してもよかったと、そう聞こえる。
幼い頃から家族に利用されている彼女だからこそ、それがおかしいと思っていないのかもしれない。
だがサディアスも、わざわざその件に関して確認しない。触れてはならない内容だってあるのだ。
「あの兄と離れることができれば、どちらであっても大した問題ではないのです」
まるで言い訳でもするかのような呟きだった。
「ですが、ウィンガ侯爵の養女となりまして、ラティアーナ様と知り合うことができました。彼女が南のテハーラの出身であると、ご存知でしたか?」
サディアスの心臓が震えた。
知らない。
「い、いいえ……」
サディアスの知らないラティアーナを知っているアイニスに対して、ぶわっとどす黒い感情が生まれた。
それが嫉妬なのか憎悪なのか羨望なのか、どういった感情であるかはわからない。
サディアスの知らないラティアーナを彼女が知っているという事実が、胸の奥をざわつかせた。
アイニスに気づかれぬように、テーブルの下できつく拳をにぎりしめる。
「私は、生まれたときから商人の娘として王都で暮らしておりました。それでも、兄によって年の離れた男性と結婚をさせられそうになって……。ですが、辺鄙な田舎に住んでいたラティアーナ様は、聖女となりキンバリー殿下の婚約者となった。不思議なものですよね」
「きっと、それが縁というものなのでしょう。何がどこでどう繋がっているのかだなんて、誰も知りません。そして、それがこの先、どのようになっていくのかも」
「ええ……」
頷いた彼女は、今度はテーブルの上に置いてあるスタンドの中断のスコーンに手を伸ばす。たっぷりとジャムを塗ったら、いきなりかぶりつく。
このようなところが、張りぼてなのだろう。
キンバリーはアイニスを張りぼての令嬢と言っていたが、紅茶を飲む姿は優雅に見える。
少しだけ潤った唇は、以前のような艶やかさを取り戻していた。微笑む姿も、ラティアーナに婚約破棄を突きつけたキンバリーに寄り添ったあのときの表情と同じ。
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兄の言いなりになっているものと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
それにしてもあのウィンガ侯爵が図書館とは、似合わない。むしろ、嘘だと言っているようなものだろう。もう少しまともな理由はなかったのだろうか。
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それでもウィンガ侯爵の性格を考えたら、アイニスと結婚したいというのもあながち嘘ではないだろう。
サディアスも少しだけ口元を緩めた。
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「それも兄とウィンガ侯爵が話をして。私は彼の養女となりました。私としては、どちらでもよかったのですが……」
それは、ウィンガ侯爵と結婚してもよかったと、そう聞こえる。
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だがサディアスも、わざわざその件に関して確認しない。触れてはならない内容だってあるのだ。
「あの兄と離れることができれば、どちらであっても大した問題ではないのです」
まるで言い訳でもするかのような呟きだった。
「ですが、ウィンガ侯爵の養女となりまして、ラティアーナ様と知り合うことができました。彼女が南のテハーラの出身であると、ご存知でしたか?」
サディアスの心臓が震えた。
知らない。
「い、いいえ……」
サディアスの知らないラティアーナを知っているアイニスに対して、ぶわっとどす黒い感情が生まれた。
それが嫉妬なのか憎悪なのか羨望なのか、どういった感情であるかはわからない。
サディアスの知らないラティアーナを彼女が知っているという事実が、胸の奥をざわつかせた。
アイニスに気づかれぬように、テーブルの下できつく拳をにぎりしめる。
「私は、生まれたときから商人の娘として王都で暮らしておりました。それでも、兄によって年の離れた男性と結婚をさせられそうになって……。ですが、辺鄙な田舎に住んでいたラティアーナ様は、聖女となりキンバリー殿下の婚約者となった。不思議なものですよね」
「きっと、それが縁というものなのでしょう。何がどこでどう繋がっているのかだなんて、誰も知りません。そして、それがこの先、どのようになっていくのかも」
「ええ……」
頷いた彼女は、今度はテーブルの上に置いてあるスタンドの中断のスコーンに手を伸ばす。たっぷりとジャムを塗ったら、いきなりかぶりつく。
このようなところが、張りぼてなのだろう。
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