だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
上 下
7 / 47

だから彼女と別れた(6)

しおりを挟む
 サディアスも記憶の中の彼女を探る。初めて会ったときも、国王の即位二十周年の式典で顔を合わせたときも、彼女の体型はさほどかわっていない。キンバリーの言う通りである。彼の言葉を借りるのであれば、貧相であった。

「だから私は、もう一度神殿へ足を運んだ。神殿で生活している者たちに、まともな食事を与えるために寄付をしたのだと神官長にも詰め寄った」

 膝の上で握りしめられている彼の手が、わなわなと震えている。

「そうしたら、神官長はなんと言ったと思う? 寄付した金で、神殿での暮らしはよくなったと言う。だが、ラティアーナの姿を見てその言葉が信じられるか? それに……彼女のドレスが突然、派手になったのをお前も心当たりはないか? 寄付した金で、新しくドレスを仕立てたようだ。どうやら、私が金を寄付したと知ったラティアーナは、そうやって私的に使っていたんだよ」

 そこで、軽く息を吐く。

「アイニスからも言われてしまった。どうやら世間では、私がラティアーナにドレスを贈ったことになっているらしい。本来の目的とは違う金の使われ方をしたのに、私にはそれを否定する気力さえなかった」

 サディアスは記憶を掘り起こす。
 いつも簡素な巫女用の服で王城に来ていたラティアーナだが、あるときを境にドレスのデザインが変わった。それをいつもの庭園で指摘したところ、神殿からそのドレスを着て王城へ行くようにと言われたとのことだった。だが、それだって派手なドレスではない。豪奢でありながら、どこか落ち着いた雰囲気の、彼女に似合うようなドレスでもあった。色が淡いからそう見えたのかもしれない。

『珍しいですね』

 サディアスが声をかけると、ラティアーナは少しだけ頬を赤らめた。

『王太子の婚約者として相応しい格好をしなさいと、神官長から注意を受けたのです』

 そのような格好をするのが恥ずかしいのか、注意を受けたことが恥ずかしいのか。それでも、彼女の顔は赤く染められていた。

 だが、キンバリーが言った内容は、彼女から聞いた内容とも異なる。

「私は、彼女に贅沢をさせるために寄付をしたわけではない。せめて、あの神殿にいる者たちに少しでもよい生活をと思っていたのに、その気持ちが彼女には通じなかったのだよ。あんなドレスなど、こちらでいくらでも準備できたのに……。結局彼女も、他の女と同じように着飾ることにしか興味のない女だったんだ」

 彼は本当にそう思っているのだろう。悔しそうに肩を震わせている。

「私は、ラティアーナを見損なったよ。信じていた彼女に裏切られたのだ。このときの気持ちがお前にわかるか?」

 キンバリーは素直過ぎる一面もある。そして、疑い深く嫉妬深いという側面も持つ。
 信用した者の話は素直に受け入れ、自分の信じない者の話は疑う。
 それが人間の本質と言われればそうかもしれないが、その傾向が誰よりも強いのがキンバリーという男なのだ。

「彼女は自身の身なりに金をかけ、食事は神殿が与えるいつものものをとっていた。私がそれとなく食事について聞いても、神殿が与えてくれるものだから意見はできないと言う。私が寄付した金があるだろうと叫びたくなったが、それだけは堪えた。気づかぬ振りをして、彼女の話を黙って聞いていた」
「だから兄上は、ラティアーナ様との婚約を解消され、アイニス様と婚約し直したのですね。ラティアーナ様が信じられなくなって……」

 キンバリーの身体の震えが止まった。軽く息を吐き、紅茶のカップに手を伸ばす。中身はとっくに冷めている。冷めた紅茶は、渋みを強く感じる。

 彼は顔をしかめた。やはり渋かったようだ。

「私がラティアーナに失望したときに、寄り添ってきたのがアイニスだ。アイニスの優しさに甘えてしまったのかもしれない……」

 間違いなくそうだろう。そしてアイニスはそれを狙っていたにちがいない。
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ※他サイト様でも連載中です。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 本当にありがとうございます!

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

婚約破棄に全力感謝

あーもんど
恋愛
主人公の公爵家長女のルーナ・マルティネスはあるパーティーで婚約者の王太子殿下に婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。でも、ルーナ自身は全く気にしてない様子....いや、むしろ大喜び! 婚約破棄?国外追放?喜んでお受けします。だって、もうこれで国のために“力”を使わなくて済むもの。 実はルーナは世界最強の魔導師で!? ルーナが居なくなったことにより、国は滅びの一途を辿る! 「滅び行く国を遠目から眺めるのは大変面白いですね」 ※色々な人達の目線から話は進んでいきます。 ※HOT&恋愛&人気ランキング一位ありがとうございます(2019 9/18)

処理中です...