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エピソード13

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 夕方、いつの間にか帰ってきた伯爵がエラの部屋を尋ねてきた。

 その横にアーシャもいる。

「ただいま・・・ごめんね。朝ご飯一緒に食べれなくて」

 伯爵は細く繊細な手で、エラの頬に触れる。

 伯爵からはバニラのような甘い匂いがする。

 (いい匂い・・・)

「いいえ。・・・お仕事なら仕方がないです」

 自分が探っていた部屋の所有者を前にすると罪悪感に似た何かが、エラに生まれる。

 そして、バレないかという焦りもそこに加わるり、気持ち悪い心情になる。

「ありがとう~。エラは優しいね」

 伯爵はエラを優しく抱きしめる。
 
「ヒグッ」

「・・・え?」

 (どうしよ・・・変な声出しちゃった)

 恥ずかしい・・・穴が入ったら入りたいとは、まさにこういう時に使う言葉かと心の底から実感する。

 自分の顔が赤くなっているのを、何となく察したエラは、自分の手で顔を隠す。

「エラは、こういう事にあまり慣れてないの?」

 エラを抱きしめたままの伯爵はフイに言う。

 頭の上から降ってくる言葉に、エラは一瞬迷いつつ答える。

「え・・・いえ、そういうことでは」

 本当は慣れていない。

 抱きしめられたことなんてないし、先程、伯爵がしたように頬に触れられたことも無い。

 でも、ジョンとの事があるので慣れている事にしておく。

(それにしても・・・)

「伯爵様は・・・慣れていますよね」

 アーシャが協力してくれると言ったとは言え、やはり全部を信用している訳では無い。

 だからもしもの時の為に、一応弱みを握っておこうとカマをかける。

「そうかな・・・慣れているようにみえる?」

 少し気まずそうな伯爵の声。

(あやしい・・・)

 絶対嘘だ、とエラは思ってしまう。

 ルックスも良くて性格も良い。その上財政力もある。女性が放っておかないだろう。

「はい・・・まるで色んな女性と・・・」

 (どうしよ・・・なんて言おう・・)

 カマをかけようとは決めたものの、直球すぎるのは避けたい。

 何かいい言葉が無いか考えている、エラから体を放した伯爵は、考えるように手を顎に当てる。

 その伯爵の姿に思わず見とれてしまうエラ。

 (・・・・綺麗な人)

 輝くような金髪は一つにまとめ、左の肩に流している。

 サファイアの青い目を細め、形の良い眉を少しだけ潜めた伯爵の姿は、まるで天使のようだとエラは思った。

 ふいに、伯爵を見つめていたエラと伯爵の目が合う。

 サファイアのような伯爵の瞳とエメラルドのようなエラの瞳は、数秒間見つめ合ったが伯爵の言葉によって破られる。

「エラは・・・・もしかして、俺に愛人がいるとか思ってる?」
 
 「え」

 (確かに・・・・そう思ってるんだけど)

 伯爵は悲しそうな瞳でエラを見つめている。

 伯爵に愛人がいるだろうと思っているエラにとって、伯爵の質問は願ってもみないチャンス・・・

 自分が「はい」と言ったら愛人がいると伯爵は言うのだろうか・・・?

 (でも・・・なんか聞きたくないような)

 愛人がいると分かれば、あとはその証拠を掴んで、伯爵を脅し自分の操り人形にするだけ。

 伯爵家の次期当主に愛人がいるなんて、世間が許さないだろう・・・十分に脅せる材料になる。

 だけど

 そうなることをこれ以上無いほど望んでいるエラの中には、そうなることを望んでいないエラがいる。

 伯爵の口から「愛人がいる」という言葉を何故か聞きたくない、とエラは思ってしう。

 ジョンがいくら愛人と一緒にいても、「嫌だ」とすらと思わなかったのに。

「・・・・あの、ルイス伯爵様、なんて答えていいか・・・・ごめんなさい」

 伯爵の質問は「はい」か「いいえ」で答えられる簡単な質問。

 だけど、エラの口から出た言葉はそのどちらでも無かった。

「そうか・・・わかった。ごめんね?変な質問して」

 「・・・いえ、私こそごめんなさい」

 そう言った伯爵は、エラをもう一度優しく抱きしめた。

 だからエラは、伯爵がエラの答えに対してどんな表情をしているのか分からない。

 今度は変な声は出なかった。

 その代わり、先程抱きしめられた時には感じなかった「温もり」を感じた。

 とても落ち着くその温もりは、とても心地よい。
 
 (ずっと、このままでいたい)

 ふいにエラはそんなことを思った。

 でも次の瞬間、エラはハッとしてアーシャの存在を思い出した。
 
(アーシャさんがいる前で・・・)

 とてつもなく気まずくて、そして恥ずかしい。

エラは、伯爵を押し返したが伯爵は離れてくれない。

(・・・え、ルイス伯爵様?)

 伯爵を押してみたり、逆に自分が引いてみたりしたけど、やはり伯爵は離れない。

 エラのアタフタ様子が、面白かったのか伯爵は面白そうに笑う。

「エラって・・・ほんとに」

「え、なんですか?」

 頭をポンポン撫でる伯爵は、なんでもないと首を横に振る。

 訳が分からず、伯爵の横にいるアーシャを盗みみれば、笑うのを必死に堪えているようだ。

(なんか・・・怒りが)

 伯爵の部屋での事もあり、アーシャに対して怒りに似たものが込み上げてくる。

 自分を睨んでいることに気づいたアーシャは、エラに向かってまるで、動物を宥めるかのように、手を顔の前に出す。

 エラとアーシャの無言のやり取りに、気づかない伯爵はエラに言う。
 
「エラ・・・晩御飯まで、一緒に話さない?・・・お茶でも飲みながら」

 伯爵の言葉にハッとしてアーシャから伯爵に目をうつす。

 「えッ・・・あ、はい」

 ほとんど勢いで誘いを受けたエラの言葉に、伯爵は嬉しそうに笑う。

 伯爵の様子から見るに、アーシャは復讐の事も、エラが部屋を漁っていたことも喋っていないようだ。

 (・・・アーシャさんは約束を守ってくれてるのかな・・・)

 

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