愛しい心は千歳よりさらに

はなおくら

文字の大きさ
上 下
35 / 38

35

しおりを挟む
 それからどれくらい時が経ったのだろうか。キヨはハッとした。

 気づくとキヨは今吉の腕の中にいた。今吉もキヨを守るかの様に抱きしめている。

「…ごめんなさい…私…はしたない事をっ…!」

 離れて浴室から出ようとした瞬間、パッと腕を掴まれた。

 振り返ると今吉が何か縋る様な瞳でこちら見ている。

 その目を見ているとまた自分もすがりたくなってしまうキヨは笑って誤魔化した。

「ごめんなさい、驚かせてしまって、猫が入っていたのかもしれませんね。」

 そう言って素早く着物を纏う。その時。

「キヨ…。」

 それはいつもどこか虚げにつぶやく声ではなく、はっきりとした声だった。

 キヨは驚いて振り返ると、今吉が泣いてキヨを見つめていた。

「すまない…キヨ。」

 その瞬間今吉は元に戻ったのだと理解した。

「お前さんっ‼︎」

 今吉の胸へ飛び込む、すると今吉もすかさず両手で抱きしめ返してくれた。

「…もう…私はあなたに幸せになって欲しかったのに…なにをしているのですか…。」

「すまない…だがキヨでなければ私は幸せになれない…。」

 今吉の想いにこの人は変わらないのだと嬉しくなった。

 それからその晩、2人で今までのことを語り明かした。

 今吉は黙って頷き時折すまないと謝るばかりだ。

 そして今キヨが獣神の元でしている話を、した時今吉は語り出した。

「そうだったのか…そういえば自分がこうなる前、キヨを見かけたと思う。」

 キヨはあの時の事だと思い喜んだ。自分だけではなく今吉も顔を隠していても気付いていてくれたのだ。

「覚えていたのですね…嬉しいです。」

「あぁ…。」

 それから今吉が正気を戻したと言う事で当主の杉沢臣誓の元へと2人で向かった。

 キヨが今吉の嫁だと語ると杉沢は頭を下げて2人に詫びた。

 今吉とキヨの心は晴れやかだった。なぜなら再びこうしていられるのは杉沢の配慮があったからだ。

 首を横に振り礼を述べた。それから事は早く回る。

 2人でここを出る準備を済ませて、屋敷の者に見送られながら獣神のいる社台に向かった。

「キヨが巫女で獣神様に仕えているとは…自分は大丈夫だろう…。」

 不安げな今吉にキヨは笑った。

「獣神様は私と今吉さんが巡り会う事を予知していたのかもしれませんね…。それにお前さんの事もきっと気に入りますよ。」

 そう励ますが、今吉は硬い表情のまま頷いたのだった。

 社台に着く頃、目の前には身の回りの世話してくれた女人が立っていた。

「キヨ様、今吉様、おかえりなさいませ。我が主人が奥の間にてお待ちでございます。」

 神妙な顔をした女人が2人を案内した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

処理中です...