月夜の恋

はなおくら

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 アビーの言葉に、しばらく沈黙が続いた。

 アビー自身も、自分の言葉に甘い思いでが呼び起こされた。

 小さい頃、兄に連れられたお祭りで初めてケロウを見た時の事はいまだに覚えていた。アビーが口を開いた。

「その方とは幼い頃、たった一度しかお会いした事がなく…私の事なんて覚えてないと思います…。」

 幸せそうなアビーの表情に、ケロウは一度深呼吸をした。そしてアビーに耳き傾けた。

「覚えてなくてもいいんです。わたしが覚えているから、彼が幸せならそれでいいんです。」

 そう言って遠くを見つめていたが、はっとしてケロウにはにかんで見せた。

「旦那様…。申し訳ありません。自分の事を話しすぎてしまいました。」

「いや…どうやら私は、自分の新しい一面を知ってしまったようだ…。」

 ケロウはボソッと呟いた。

「えっ……?」

 アビーはまったく聞こえていなかった。

「もう戻ろう…暗くなってきた…。」

 そう言って、アビーの腰に手を添えた。急な事にアビーは驚き戸惑ったが、嬉しくもあったので、知らないふりをして共に屋敷に戻っていった。

 その夜ハンスが戸を叩く。ケロウは書斎にいた。

「旦那様失礼いたします。本日は失礼させて頂こうと思いますが、ほかに何か入用はございますか?」

「いや大丈夫だ。ありがとう…。」

「では失礼します。」

 そう言って、ハンスが下がろうとした瞬間ケロウが呼び止めた。

「ハンス!すまない…少しいいか?」

 ハンスは、ケロウに不思議そうに、振り向いた。

「私は…どうやら恋をしてしまった様なんだ…。」

「恋…ですか?…どなたかご令嬢とお会いしたのですか?」

「違うんだ…。相手はアビーだ…。彼女にはほかに好きな男がいる様だが…。」

 ケロウは、苦笑いを浮かべながらハンスに話す。しかしハンスの方は、既にわかっていた。

「やはり…そうでしたか…。旦那様もやっと気づかれたのですね…。」

「…どういう事だ?」

 ケロウは、何故ハンスがそういうのかわからなかった。

「お気付きになられていなかったのですね。私はあなたが彼女に惹かれている事は、最初からわかっていました。」

 ケロウは恥ずかしくなり、ハンスから目を逸らした。

「旦那様はいつの頃からか、アビーを目で追っていっしゃいました。なんの不思議もございません。」

 ハンスはニコニコ笑って続けた。

「応援させて頂きます。わたしからしてみれば、嬉しい事なのです。」

 ハンスからの言葉にケロウは、気恥ずかしくて堪らない。

 それにケロウは迷っていた。でも自分の背中を押して欲しいという思いもあった。それはカーラの事だ。

「旦那様…カーラ様はお許しになってくださるはずです。あの方は、旦那様の幸せを願っていたお方です。」

 ハンスは、小さい時からケロウを見てきた。だからこそわかるものがあるのだろう。

 ハンスの言葉に、ケロウの想いは固まった。

 (たとえアビーが誰を見ていても譲れない。)

「ハンス、ありがとう。もう大丈夫だ。」

 そう言って微笑みあった。
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