三ノ壺橋

キラ

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別れ

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 美穂子の23歳の誕生日を過ぎたある日
、伸二が教職を辞めて実家へ帰る事になりそうだと美穂子に話した。
 遥か四国の南、愛媛県宇和島市である。
 伸二の実家は三代に渡り真珠の養殖を営んでいた。
 その真珠養殖の後を継いでいた兄が、半年ほど前に海難事故で亡くなり、後を継ぐもの、が居なくなったために伸二に戻ってくれないだろうかと、両親から相談があったのだった。
 相談というのは表向きで、他に頼る者のいない両親からの頼みである。
 断れるはずがない。
 美穂子は、伸二が
「一緒に行ってくれないか」
 と切り出してくれるのを待った。

 美穂子の父は反対した。
 23歳になったばかりの若さで嫁に行くこともあるまいー。
 ましてや美穂子は生まれてこのかた神戸から出たこともない、街育ちである。
 四国の宇和島といえば、父から見れば不便な田舎町、そんなところで暮らす娘の姿は想像出来なかった。
 父も母も、1人しかいない女の子は手元に置いておきたい。
 高橋が、ここで教師を続けるなら、迷う事なく結婚を許していただろうが、田舎に帰るとなると話は別である。
 街の生活しか知らない美穂子に閉鎖的な、田舎の、海の、それも養殖業の仕事などできるはずもないと考えていたし、そんな苦労はさせたくないと思っていた。

 伸二は少し前に、一度美穂子の父にそれとなく彼女とのことを打診したことがあった。
 夜、部活のOB会の打ち上げを美穂子の母の
喫茶店で行った時である。
 美穂子の父はしばらく考えて、
 「神戸にずっと暮らすならともかく、向こうで暮らすことになるのなら、、、遠いからなー」
 と口を濁した。
 その口ぶりから、
 「美穂子の父は反対している」
 そう受け取った伸二はそれ以後、二度と父の前では美穂子との件を話すことは無かった。
 美穂子は伸二さえ
 「一緒に行ってくれないか」
 と言ってくれたら、何もかも捨てて、彼と共に宇和島へ行くつもりだった。
 だが、何も言わない彼の元へ美穂子から一方的に押しかけていくほどの厚かましさも、勇気もなかった。
 伸二の方は伸二で、不安を抱いていた。
 ひと昔前ならともかく、今の真珠養殖は斜陽にあると感じていた。

 しかも昨年の台風の直撃で家の真珠イカダは大変な被害にあい借金を背負っていた。

 真珠養殖は核となる玉を入れる母貝を育てるのに1年から2年。
 その母貝に核を入れてからさらに1年から2年、もっと良いものを望めば3年は待たなければ商品としての値打ちがない。
 その時に赤潮でも発生すれば全滅となる。
 他の漁師と違い投機的な要素も強いのである。
 亡くなった兄もその負債をなんとか早く返済しようと、無理をしていたことは両親から聞かされていた。
 神戸から宇和島に美穂子を連れて帰ったとしても、果たして養っていけるかと心配だった。
 
 力仕事と、呼べるほどのことは全くしたことがない美穂子に家業の仕事を手伝わせる事ができるだろうか。
 それ以上に街のサラリーマンの生活程度しか知らない彼女に、養殖業者の厳しい実生活を受け入れられるかという不安もあった。
 事実真珠は、球以外のすべてがそんなに綺麗なものではない。
 当然、田舎の生活は伸二の両親もいる。
 同居ということになるだろう。
 兄の残した義姉と子供達の面倒も見なければならない。
 その生活に美穂子が堪えられるのだろうか。
 悩んだ末美穂子に何も告げないまま一人で宇和島に帰った。

 「伸二は必ず迎えに来てくれる」
 そう信じて待つことにした美穂子は遠距離恋愛を受け入れ、時々伸二に電話をした。
 話すことといえば近況報告と、たわいのない世間話だったが、月日と共に話題がなくなっていった。
 最初は伸二の方からも毎週連絡があったが、段々と日を追うごとに伸二から美穂子に電話は来なくなっていた。
 美穂子は伸二との距離を感じ始めていた。

 

 
 
 

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