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智恵子の罪
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虫の息の後部座席に多恵を乗せると松山まで車を走らせた。
今日行った朝子の家の近くに工事中の畑がありそこに古井戸があった事を思い出した。
朝子に聞くと、今は使われていない枯れ井戸だが、深くて危ないので埋める為の工事をしていて、明日には土を入れるのだと話していた。
智恵子はそこへまだ息のある多恵を投げ込んだ。
音はしたが、覗き込んでも多恵の姿は見えなかった。
朝子が話した通り深い井戸だった。
乗ってきた多恵の車は、JR松山駅前にある無人の駐車場へ乗り捨て、自身は列車で、自分の車を停めている駅まで帰った。
車を停めたのが、ローカルな無人駅だったので、誰にも目撃されていないと、宇和島へ帰る車の中で智恵子は思った。
何人にも知られず事は済んだ。
そう思っていた。
月日は流れ智恵子の記憶は薄れ、多恵を殺害した事が現実ではなく、夢だったのではないかとそう思い始めていた。
足摺岬の露天風呂で朝子が自分の家の売れた畑から、白骨化した死体が発見されたと言い出しさえしなければー。
深い井戸があった朝子の家の畑が公団に買収された事は知っていた。
多恵を捨てた場所である。
気にならないはずがなかった。
あの辺りは土地が低いので、その上に土を盛り上げ道路になるのだろうと智恵子は考えた。
多恵の死体は以前にも増して深い土の中に眠るのだろう。
発見される事は無い。
公団に売れた事を知った時は胸を撫で下ろした。
しかし道路は多恵を捨てた井戸のあった場所をかわすように通った。
そして思いがけず広く残った土地に建物が建つ事になり基礎工事がはじまり、
掘り起こした所から白骨死体が発見された。
あの日、多恵の結婚式に出席するために5人は松山にいた。
多恵より1ヶ月早く結婚した朝子の披露宴には5人は誰も出席出来なかった。
遠方に暮らす広美と智恵子、舞子の3人は、1ヶ月の間に2件の結婚式と交通費は経済的にきつい物がある。
百合子も嫁ぎ先を二度続けて空ける事はできず、里香は身体を壊し入院していた。
全員が欠席という事になったのだった。
元々朝子の家は田舎で付き合いも広く、出席者を絞り込むことの方が大変だった様子で、5人の欠席を快く承諾してくれた。
多恵の結婚式で招待を受けた5人は、あの時出席出来なかったので、結婚祝いを届ける為に朝子の新居を尋ねたのだった。
5人が5人ともバラバラで訪ねたのだったが、朝子の家に向かう途中にある畑の真ん中にある井戸をみて気にかかった。
そして、朝子に尋ねた。
大ががりな工事で、まず何をしているのだろう?という疑問からだった。
井戸を埋める時は神主さんにお願いして、お祓いをしてもらう。
その後で水を抜き土を入れる。
元々水の場所である井戸は危険で事故も絶えない。
古くは近所の人の生活水として使われてきたが、上下水道が完備されてからは、畑に田んぼにと農業用水として使用してきた。
数年前からは理由は分からないが井戸枯れをおこし使えなくなっていた。
普通の井戸より深く掘っていたので、事故があってからでは遅いと業者に頼み埋める事にしたのだった。
明日には土が入り、周りの畑と同じ高さにする予定になっている事を朝子は説明した。
「あそこに死体でも投げ込めば、先ず見つかる事は無いわ。だってすごく深いのよ。底が見えないし、石を投げ込んでもしばらくすると音が聞こえなくなって、底についたどうかもわからないのよ」
その時は大して深く考えずに朝子はそういった。
白骨死体が発見され、あの時言った冗談が冗談ではなかった事を知った。
朝子はお金に困っていた。
あの井戸に死体を投げ込んだ人間がこの中に必ずいる。
朝子は湯船に浸かりながらさりげなく古井戸から白骨死体が発見された事を話すと、5人の顔色を伺ったのだった。
広美はそんな朝子を怪訝そうに見つめ、舞子は顔をそらせた。
百合子は窓の外を眺めるふりをしていたが、ガラスに写った目はしっかりと朝子を追いかけていた。
里香は少し驚いた顔で朝子を見つめ、智恵子は全く変わらず平静を装っていたが、智恵子は心中穏やかではなかった。
朝子は知っている、そう思った。
胸に傷のある智恵子だけがそう思ったのだった。
朝子は1人ずつ時間をかけて調べるつもりだった。
露天風呂に行こうと言って広美を誘ったのは、先ず広美から反応を見てみようと思ってのことだった。
途中で朝子は大切な忘れ物に気付いた。
井戸から白骨死体が出た時、朝子は近くの土の中からネックレスを見つけた。
小さいダイヤとエメラルドの入った、少し特徴のあるプラチナのネックレスだが、朝子には覚えのあるものだった。
5月生まれの多恵が18歳の誕生日に両親からプレゼントしてもらった物で、友達は皆知っていた。
高校三年生の女子学生たちは大人の香りのする本物のジュエリーを持つ多恵が羨ましかった。
それで良く覚えていたのだった。
多恵のネックレスがここにあるという事は、行方不明になった多恵があの白骨死体ではないかと朝子は思ったが、その時誰にも言わなかった。
今日行った朝子の家の近くに工事中の畑がありそこに古井戸があった事を思い出した。
朝子に聞くと、今は使われていない枯れ井戸だが、深くて危ないので埋める為の工事をしていて、明日には土を入れるのだと話していた。
智恵子はそこへまだ息のある多恵を投げ込んだ。
音はしたが、覗き込んでも多恵の姿は見えなかった。
朝子が話した通り深い井戸だった。
乗ってきた多恵の車は、JR松山駅前にある無人の駐車場へ乗り捨て、自身は列車で、自分の車を停めている駅まで帰った。
車を停めたのが、ローカルな無人駅だったので、誰にも目撃されていないと、宇和島へ帰る車の中で智恵子は思った。
何人にも知られず事は済んだ。
そう思っていた。
月日は流れ智恵子の記憶は薄れ、多恵を殺害した事が現実ではなく、夢だったのではないかとそう思い始めていた。
足摺岬の露天風呂で朝子が自分の家の売れた畑から、白骨化した死体が発見されたと言い出しさえしなければー。
深い井戸があった朝子の家の畑が公団に買収された事は知っていた。
多恵を捨てた場所である。
気にならないはずがなかった。
あの辺りは土地が低いので、その上に土を盛り上げ道路になるのだろうと智恵子は考えた。
多恵の死体は以前にも増して深い土の中に眠るのだろう。
発見される事は無い。
公団に売れた事を知った時は胸を撫で下ろした。
しかし道路は多恵を捨てた井戸のあった場所をかわすように通った。
そして思いがけず広く残った土地に建物が建つ事になり基礎工事がはじまり、
掘り起こした所から白骨死体が発見された。
あの日、多恵の結婚式に出席するために5人は松山にいた。
多恵より1ヶ月早く結婚した朝子の披露宴には5人は誰も出席出来なかった。
遠方に暮らす広美と智恵子、舞子の3人は、1ヶ月の間に2件の結婚式と交通費は経済的にきつい物がある。
百合子も嫁ぎ先を二度続けて空ける事はできず、里香は身体を壊し入院していた。
全員が欠席という事になったのだった。
元々朝子の家は田舎で付き合いも広く、出席者を絞り込むことの方が大変だった様子で、5人の欠席を快く承諾してくれた。
多恵の結婚式で招待を受けた5人は、あの時出席出来なかったので、結婚祝いを届ける為に朝子の新居を尋ねたのだった。
5人が5人ともバラバラで訪ねたのだったが、朝子の家に向かう途中にある畑の真ん中にある井戸をみて気にかかった。
そして、朝子に尋ねた。
大ががりな工事で、まず何をしているのだろう?という疑問からだった。
井戸を埋める時は神主さんにお願いして、お祓いをしてもらう。
その後で水を抜き土を入れる。
元々水の場所である井戸は危険で事故も絶えない。
古くは近所の人の生活水として使われてきたが、上下水道が完備されてからは、畑に田んぼにと農業用水として使用してきた。
数年前からは理由は分からないが井戸枯れをおこし使えなくなっていた。
普通の井戸より深く掘っていたので、事故があってからでは遅いと業者に頼み埋める事にしたのだった。
明日には土が入り、周りの畑と同じ高さにする予定になっている事を朝子は説明した。
「あそこに死体でも投げ込めば、先ず見つかる事は無いわ。だってすごく深いのよ。底が見えないし、石を投げ込んでもしばらくすると音が聞こえなくなって、底についたどうかもわからないのよ」
その時は大して深く考えずに朝子はそういった。
白骨死体が発見され、あの時言った冗談が冗談ではなかった事を知った。
朝子はお金に困っていた。
あの井戸に死体を投げ込んだ人間がこの中に必ずいる。
朝子は湯船に浸かりながらさりげなく古井戸から白骨死体が発見された事を話すと、5人の顔色を伺ったのだった。
広美はそんな朝子を怪訝そうに見つめ、舞子は顔をそらせた。
百合子は窓の外を眺めるふりをしていたが、ガラスに写った目はしっかりと朝子を追いかけていた。
里香は少し驚いた顔で朝子を見つめ、智恵子は全く変わらず平静を装っていたが、智恵子は心中穏やかではなかった。
朝子は知っている、そう思った。
胸に傷のある智恵子だけがそう思ったのだった。
朝子は1人ずつ時間をかけて調べるつもりだった。
露天風呂に行こうと言って広美を誘ったのは、先ず広美から反応を見てみようと思ってのことだった。
途中で朝子は大切な忘れ物に気付いた。
井戸から白骨死体が出た時、朝子は近くの土の中からネックレスを見つけた。
小さいダイヤとエメラルドの入った、少し特徴のあるプラチナのネックレスだが、朝子には覚えのあるものだった。
5月生まれの多恵が18歳の誕生日に両親からプレゼントしてもらった物で、友達は皆知っていた。
高校三年生の女子学生たちは大人の香りのする本物のジュエリーを持つ多恵が羨ましかった。
それで良く覚えていたのだった。
多恵のネックレスがここにあるという事は、行方不明になった多恵があの白骨死体ではないかと朝子は思ったが、その時誰にも言わなかった。
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