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鬼ごっこスタート
しおりを挟む無駄に天井の高い講堂に全校生徒が集められている。
ザワザワとざわめく彼らは、楽しそうな上級生と周りの興奮に困惑している新入生に二分されていた。
事情を知る俺は、新入生どんまい……という感じだ。
「────諸君、静粛に」
突如、騒がしかった講堂内が水を打ったように静まり返る。
俺も、思わず背筋を伸ばした。
全生徒の視線が、壇上へと集まる。
(……さすがだ)
たった一言、そう長くない言葉ひとつで、生徒全員を惹き付けたのは、生徒会長である天城柊人だ。
さすが世界をまたにかける財閥の跡取り、オーラが違う。
「おはよう、諸君」
マイクを通して、講堂中に心地いい低音が響きわたる。
視界の隅で「耳が孕んだ……!」とか悶えてる奴らは、見なかったことにしよう。
「今年度が始まってはや一ヶ月……そろそろ新しい学年にも慣れてきた頃だろう。規則正しい生活は送れているか?」
(一番みだれた生活送ってるのは先輩だけどね)
思わずじと目で先輩の方を見てしまうが、当の本人はどこ吹く風、涼しい顔で清く正しい学校生活の大切さを説いている。
そんなに真面目に語れるなら、少しは自分の生活態度を見直してほしい。
「────さて、話はこれくらいにして、今日のメインへと移ろうか。
今日は新入生歓迎会だ。今年も例年通り、全校生徒参加の元でレクリエーションを行う。まず、ルール説明をするから、諸君……特に一年生は、よぉく聞いておけよ?」
ニヤリ、と笑って、俺のもとに視線が寄越される。
ほんっと楽しそうだなこの人。とんでもないドSだよ。
ああ、可哀想な一年生……でも俺にはどうすることもできないから、まあ頑張ってくれ。
なんて、他人事のように考えながらマイクを手に持つ。
「では、こちらからルール説明をさせていただきます。今回行うレクリエーションは鬼ごっこです。一年生が逃げる側、二、三年生が鬼になります。
ルールは普通の鬼ごっことほとんど同じです。鬼に触れられた人は『捕まった』と判断し、捕まった一年生と捕まえた鬼はその時点でゲームから抜けて下さい。制限時間の二時間が経つ、もしくは一年生が全員捕まったところでゲーム終了となります。
……ここまで、なにか質問はありますか?」
ぐるり、と生徒達を見渡すが、特に変わった様子はない。
実際、ここまでは逃げる側がちょっと不利な普通の鬼ごっこだ。
一年生達も特に疑問に思う部分はないのだろう。二、三年生は……うん、これからの展開を知っているからソワソワ、ニヤニヤしてる。ほんとクズばっかだな……。
「……よろしいですね。
では、これが一番重要なルールになりますが────『鬼は捕まえた人に何でも一つ命令ができる』という特別ルールがあります。
捕まった人に拒否権はありませんので、『変なこと』をされたくなければ死ぬ気で逃げてください」
笑顔で締めくくり、マイクを下ろす。
一瞬の静寂の後、生徒たちの間に大きなざわめきが広がった。
「よっしゃー!!ぜってぇ好みの奴捕まえる!!」
「あー、命令何にしよっかなー!」
「め、命令……?ってどゆこと?」
「何でもってまじで何でもかよ!?」
「死ぬ気で逃げないと……!」
同じ騒がしさでも、歓喜に打ち震える二、三年生と恐怖におののく一年生とでは、空気が全く違う。
「どうせゲームだ」とナメてかかっていた一年も、この異様な空気に事の重大さを理解し始めたらしい。
けれど、理解したところで逃げられはしないのだ。
「では、新入生のみなさん、鬼は五分待ちますので────健闘をお祈りいたします」
俺のその言葉が合図となり、講堂の扉が大きく開け放たれる。
するとすぐに、顔を青くした新入生達が我先にと駆け出していった。
その光景を眺めながら、俺も憂鬱な気持ちでこっそりとため息をつく。
(……始まってしまった)
地獄の、鬼ごっこが。
はたして俺の胃は、最後までもつだろうか……。
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