渇きの果てに咲いた破片

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一章 割れた硝子

十話 人ならざるもの

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 顔を上げると、目の前に、ジュリアが超越的なスピードで現れた。黒いモヤを出しながら。黒髪が風に舞い、瞳は不安げに揺れ動く。まっすぐ見られている。ジュリアは僕の手を引っ張り、走り出した。謎の声は、滑り台の方向から出てきたみたいだ。その反対方向へと回るらしい。ジュリアは時折、振り返って手から緑色の光を出し、そいつに当てようとしていた。けれど、十やって二当たるくらいで、命中率は低い。それでも錯乱できる。何もできない僕より、ジュリアは今日会ったばかりの僕の手を引っ張って逃げようとする。
「はぁ……はぁ……」
 角を曲がったり、石垣の隙間に隠れたりしてやり過ごしたみたい。いま、目覚めたパン屋の裏庭にいる。ここも同じく不気味な雰囲気が漂い、空気が悪い。五分くらい本気で走って、さすがに疲れた。途中からジュリアは手を離して、僕に道を示しながら攻撃をしていた。なるべく後ろは見ないようにした。……興味本位で振り返ったとき、本当にそいつが化物だと思ったからだ。直径三メートルほどの大玉に似た球体が、ゴロゴロと転がっていた。それだけならまだ怖くないけど、最も恐ろしかったものは、そいつの顔だ。球体の半分が口だった。口が裂けていた。
「あの、ありがとう」
「……」
 それを忘れようとして、ジュリアに頭を下げてお礼を言う。ジュリアは一瞬だけ僕を見て、すぐにそらして肩の力を抜いた。溜め息をついていたから、不快にさせてしまったかもしれない。
「あの」
「いいの。ただ、……あなたがお……しかっただけだから」
 途中、言葉を濁して理由を語ったジュリア。僕は盛大に勘違いをしてしまい、無謀な行動に出てしまった。惜しい。そう聞こえたのだ。本当は……。
「なぜだろうね。ただ、食べられてほしくなかった。それだけよ」
「ううん。ありがとう。命拾いしたよ」
「……礼は要らないわ」
 一度も目が合わない。そもそもアイマスクしているから合いにくいけど、顔が遠くの空を向いている。夜だ。真っ暗闇。夢中になっている間に、日が沈んで恐ろしい夜が訪れてしまった。いつも通りのはずなのに、見知らぬ場所だと分かって寒気がしてくる。……それなのに、本能には抗えない。またお腹が空いてしまったらしい。隠しきれない爆音に、恥ずかしくなって顔をそらした。……幸いなことに、さっき食べたいちごと同様のものが目の前に生えている。ひとつとって、一口食べた。
「食べる? お腹空いてる?」
 ジュリアは視線を下に落とし、首を横に振った。
「いいえ。要らないわ」
 大人らしい断り方だった。僕だったら、毒が入っていても受け取ってしまうだろう。
「どうやって帰ったらいいかな」
 食べ終わると、現実世界のことが頭をよぎる。ジュリアはもみあげ付近に手を添えて、考え事をしていたみたい。僕はというと、首筋がまた痒くなってかじっていた。
「もしかしたら、あなたのお手伝いができるかもしれない」
「?」
「外はあちこち危険だらけだし。私は……私なら、あなたのことを守れるかもしれない」
 思ってもいない提案だった。てっきり、断られて素直に出ていこうとしていた。それが認められるとは、一体、どうしてだろうか。
「ここは廃墟みたいで、片付けしないといけないけど。私は寝なくて平気だから、あなたが寝ているとき、何とか……まあ何とかなると思う」
「そうなの?」
「その代わり、私に協力して欲しい」
「協力って?」

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