渇きの果てに咲いた破片

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一章 割れた硝子

八話 かつての夢

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 そこは明るい陽射しが差し込む小さな店だった。木製のカウンターには焼きたてのパンが並べられ、ほのかに甘い匂いが漂っている。パンの表面には焼き印が押されており、そこには手の込んだ麦の穂の模様が刻まれていた。店の奥にはパン職人らしき男が立っている。白いエプロンを身にまとい、生地をこねる手つきには慣れた技術が感じられた。彼のそばには、働き者のように動き回る若い女性の姿も見える。
 楽しそうな笑い声が響き、扉を開け放たれた店内には次々と客が訪れる。子どもたちがパンを選び、大人たちが談笑している。その光景は、まるで絵本の中にあるような理想のパン屋だった。
「ここは……どこだろう?」
 僕は立ち尽くして呟いた。その問いに答える者は誰もいない。けれど、その暖かく幸せな雰囲気が胸の奥に深く刻まれる。焼きたてのパンの香ばしい匂い、甘いバターの香りが漂う温かな空間。そこには笑顔の絶えない店主がいて、白いエプロンを身に着けながらカウンターで忙しく働いている。  
「今日のクロワッサンはバターたっぷりですよ! ぜひどうぞ!」  
 明るい声が店内に響く。その声に応えるように、賑やかな笑い声や会話が重なる。窓際のテーブルでは、小さな子供がチョコレートパンを頬張り、母親と楽しそうに話している。隣の席では、新聞を広げた年配の男性がコーヒーをすすりながら微笑んでいる。店全体が、柔らかな幸せで満ちていた。
 僕はその光景が現実のように鮮やかで、しばらく言葉を失った。気がつくと、また廃墟の静けさが戻っていた。 
 廃墟となった建物がある。そこに足を踏み入れると、ほこりっぽい匂いと湿った木の香りが鼻をついた。割れた窓から差し込む薄明かりが、静まり返った店内をぼんやりと照らしている。床に散らばった木片やガラスの破片が、どこか悲しげに輝いて見えた。  
「ここ……さっきのパン屋だ」  
 思わず、そんな言葉が口をついて出た。建物の構造がまるっきり同じ。すっかり廃れてしまった店内をゆっくりと見回す。壁には古びた木製の看板がかかっていて、かすれてほとんど読めないけれど、かつての繁盛を物語っているようだった。窓際には小さな鉄製の棚があって、いまは錆びついてしまっている。でも、そこにパンが並べられていた頃の光景を想像すると、不思議と胸が温かくなる。  
 足元に散らばる破片をそっと避けながら、奥へと歩を進めた。空っぽのガラスケースが、ぽつんと寂しそうに置かれている。きっと、焼きたてのパンや甘いお菓子がぎっしり並んでいたんだろうなと思うと、なんだか胸が締め付けられた。  
 ふと、店内の隅にある椅子に目が留まった。木製のシンプルな椅子で、背もたれが少し壊れている。それでも、どこか丁寧に作られた形が、この店の温かさを象徴しているように思えた。  
「ここに座って、パンを食べてた人もいたのかな……」  
 椅子に触れると、呟いた。  
「……何やってるんだろ、馬鹿みたい」  
 ぼそりと呟き、目の前の埃まみれのガラスケースを見つめた。いまのこの場所は、温もりや笑い声なんてどこにもない。ただの空っぽで冷たい廃墟。でも、さっきの幻影がこの場所の過去だったとしたら……僕は少しだけ、この場所が愛おしく思えた。埃を払って僕は過去の温かい光景に思いを馳せた。かつての幸せとともに。
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