渇きの果てに咲いた破片

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一章 割れた硝子

七話 化物への変貌

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「……」

「!?」
 床に落ちていた無数の鏡のうちのひとつが発光した。何が起きているのか見ようとしても、直射日光と同じくらい眩しくて見ていられない。破片が飛び散るかもしれないから、頭を抱えて光がおさまるまで待つ。ようやく視界が元に戻ると、鼻をつく甘い匂いのことで頭がいっぱいになった。
 人間だ。どこからか、生きた人間が運ばれてきた。うつ伏せに倒れて息苦しそう。お腹や胸、腕にいくつか破片が突き刺さっている。そこから赤い血が垂れて床に落ちる。私の心臓の鼓動が早くなる。目の前に血がある。これを我慢できるほど、いまの私は強くなかった。
「はぁ、はあ……」
 もう何日も口に含んでいない。おそらく、胃の中は空っぽだ。貧血のせいで頭がくらくらしてまともに動かない。正常な判断が鈍る。人間の輪郭がぼやけて、血だけがはっきりと目に映る。息苦しい。口を手で覆って吐き気を抑えて、なるべく人間から目を逸らす。ただ、本能には抗えない。目の前に人間がいる。どこから来たのか、そんなことはどうでもいい。その人の身体が動かない理由は、運ばれた衝撃なのか、ガラスの破片でどこかを痛めたのか、気絶しているのか。いずれにしてもどうでもいい。この苦しさから逃れるために、這いつくばって人の上半身を持ち上げて膝の上に置く。……一般的な成人男性みたいだ。大きな怪我も病気もなくて、血の味も良さそう。よだれが垂れてきそうで腕で拭く。男性の両肩を持ち上げ、大きく口を開けて首筋にかぶりつく。鋭い歯を突き刺して、こぼれ落ちた血を飲む。気が済むまで。お腹が膨れると、安心してしまい、男性の身体を遠ざけた。男性は動いていないから、おそらく気を失ったのだろう。力尽きて眠ってしまい、目が覚めると罪の大きさに気がついた。男性がここに来てから、四時間後のことである。
(また、だれかを傷つけてしまった……)
 私がこの人を襲って、ブラッドを奪い、気絶させたことは事実である。見ず知らずの他人に一生もののトラウマを植え付けてしまった。一時的に渇きは満たされたけど、またどうせ渇くから、同じことを繰り返す。
「ごめんなさい……せめてブランケットだけでも……」
 見慣れない人。魅惑的な首筋を持っているから、別次元の世界から来たと思われる。ロッキングチェアにかかっていたブランケットをその人にかける。寝息が聞こえてきて、死なせたわけじゃないけど、簡単に安心できない。
「でももう……力を制御できない怪物へと変貌すれば……早く死ねるのかも」

         【ガラスに爪を立てる】

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