私の事が大嫌いだったはずの旦那様が記憶喪失になってから、私を溺愛するようになったのですがこれは本当に現実ですか!?

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第32話

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 誰でもいいから結婚して、早くこんな家から出ていきたかった。

 "家族"なんてものは俺にはなかった。

 '家族仲良くていいね。'

 よくそう言われた。

 だけど、

 世間体を気にする父が、外では仲のいい家族を演じろだのなんだの口煩く言ってくるからで、実際の父親は俺になんて興味なかった。

 会社の跡を継ぐものとして、自分の理想に育てあげる。それしか考えていなかったのだろう。

 反対に、お母さんは異常に俺に執着した。

「湊は男の子だから青が好きよね」
「僕は黒の方が『何か言った?』いえ…」

 昔からお母さんと呼ばれるのが夢だったからそう呼んで。と、呼び方の強要まで。

 そして、自分の言う通りにならなかったら凶変する。

 そんな父とお母さんのせいで、自分の気持ちを伝えることが苦手になった。

 気づいた時には、心に蓋をするようになっていた。


 初めてお母さんからお見合い写真を見せられた時、一目惚れした。

 彼女の優しい目を見て、今まで綺麗なものしか触れてこなかったんだろうと悟った。そんな彼女なら、こんな俺を変えてくれるんじゃないかと思った。

 そして、実際に出会って、違う考えを持つようになった。

 初めての感情に戸惑った。

 この人を守ってあげたい。
 この人を幸せにしたい。そう思った。


 だけど、彩花は。
 そんなこと、望んでいなかった。


 御手洗から部屋に戻ろうとした時、彩花の声が聞こえてきた。

「お父様!どうして教えてくれなかったんですか!?」
「静かにしなさい。聞こえたらどうする」

「久しぶりの外食だって言うから、楽しみにしてたのに…顔合わせだったなんて。私の婚約者だなんて紹介されても、初めましての人と結婚出来るわけないじゃないですか」

「それは悪かったと思ってる。だけど、こうでもしないと彩花は嫌がると思って」

「当たり前です!話したことも、ましてや今まで会ったこともない人と結婚だなんて」

 その時に分かった。

 彩花の意思でここに来ていたわけでもなければ、俺と結婚するつもりもないことに。

「過ごしていくうちに好きになるかもしれないじゃないか」

「大事なのは今なのに、起きるか分からない未来のことを考えたって仕方がありません。私はちゃんと恋がしたいんです」

「彩花の気持ちも分かるが、」
「…お母様はなんと?」

「彩花のドレス姿は見たいけど、無理強いはしたくない。彩花の望む通りにさせてあげたい。と」

 お義母さんはお身体が悪く、余命宣告を受けていた。

 娘のドレス姿を見せてあげたいお義父さんの気持ちも分かる。残り時間が限られているからこそ、焦っていたのだろう。

「私も、お母様にはドレス姿を見てほしいと思っています。今から恋をして、結婚するとなると時間が足りないということも…」

 本当の恋とやらをまだ諦めきれていないみたいだった。




「それなら仕方ない。どうしても辛くなって、耐えられなくなった時は逃げ出しておいで」
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