この見合いなんとしてでも阻止します

第64話

「…そうだと思った」

　蓮は微笑もうとするが、その微笑みはどこか寂しげだ。

　蓮の表情に、私は再び胸が締め付けられる。

　彼が私の気持ちをすでに察していたことに、切なさが込み上げる。

「私に好きな人がいるって知ってたの？」

　私は蓮の目を見つめながら、言葉を続ける。

「うん。誰だか予想ついてる」

　蓮の返答に、私は息を飲む。

　蓮は、社長のことに気づいていたのに、今まで…。
　黙って見守ってくれてたんだ。

「…そっか、」

　私は静かに応える。

　蓮の気持ちを思うと、それ以上何も言えなくなる。

「いやぁ、由莉も見る目ないなぁ。近くにこんなイケメンで優しい幼馴染がいるって言うのに」

　蓮が冗談めかして言うが、その声には微かな苦笑が混じっている。

　私のために、無理に笑おうとして、

「ご、…もう、イケメンなんて自分で言うもんじゃないけどね」

　私は軽く笑いながら応えた。

　ごめん。
　なんて、言うべきじゃない。

　そんなの蓮に失礼だから。

「会社辞めても、俺とはたまにこうして会ってくれよ？」

　蓮の問いかけに、私は微笑みながら頷く。

　彼の優しさと友情が、私の心を温かく包み込む。

「もちろんだよ」

　次に会う時は友達として、隣に並ぶだろう。

「それから…幸せになれよ」

　幸せに…。

「それはお互い様でしょ」

　幸せに、なれたらいいな、

「それもそうか、」

　蓮の笑い声が少しだけ軽く感じられる。

「…なんだか、しんみりしちゃったね」

　私は微笑みながら、蓮に向かって言う。

「だな、」

　蓮も微笑みを浮かべながら応える。

　その瞬間、私たちの間に漂っていた緊張感が少しだけ和らいだように感じる。

「じゃ、もう一回乾杯し直そ」

　ウィスキーを飲み干した私は、バーテンダーに目を向けた。

　バーの薄明かりの中で、バーテンダーは静かに仕事を続けている。

「すみません、ウィスキーをもう一杯お願いします」

　バーテンダーは微笑みながら頷き、手際よくウィスキーを注ぎ始める。

「もうやめとけよ。ただでさえ弱いんだから」

　蓮が心配そうに言う。
　その声には優しさが滲んでいる。

「今日は特別。最後の1杯にするから」

　お酒はすこぶる弱い。
　前にも一度蓮の前で失態を晒してしまった。

　だけど、今日は私にとって特別な日になるから。

　今回は、酔っ払い過ぎない程度で、今日を大事にしたかった。

「はぁ、分かったよ」

　蓮はため息をつきながらも、受け入れてくれる。

　新しいグラスが私の前に置かれると、私はそのウィスキーの琥珀色の液体を見つめながら、深く息を吸い込んだ。


　そして、グラスを持ち上げ、蓮に向かって微笑みを浮かべた。




「乾杯！」