この見合いなんとしてでも阻止します

第60話

「大丈夫か…？」

　蓮の声が心配そうに聞こえる。

「うん、大丈夫。まだ酔ってない」

　笑顔を作りながら答える。

「じゃなくて。璦との関係…こんな形で終わって、由莉は平気か？」

　蓮が真剣な顔で問いかける。

　彼の言葉に一瞬息を飲む。

　胸の中に広がる不安を押し殺し、自分を守ろうとしている。

　正直、自分でもよく分からない。

「どう…だろうね」
　と曖昧に答える。

　自分でもまだ整理がついていない気持ちに困惑している。

　璦との関係が崩れたことが、心の奥底でどれほどのダメージを与えているのか、自分でも測りかねている。

　なんて、元々成立していない関係だったんだけど。

「でも、どうして急に話し合う気になったんだ？」

　蓮の問いに、私は一瞬過去の出来事を思い出す。

「田中さんのことがあったでしょ？」

　田中さんの存在が、その波が、関係を見直すきっかけになった。

「あぁ、」

　あの時に思った。

　自分よりも璦を大事にするのは、もう終わりにしようと。

「それで、気にするのが馬鹿らしくなって、それでも一応妹だから。もしも、璦との仲が修復できるなら…」

　心の中で複雑な思いが交錯する。

「できるなら？」

　蓮が促すように言う。

「諦めようと思ってたの、」

　私は静かに答える。

　心の中で何度も自分に言い聞かせた言葉が口からこぼれる。

　彼女のために。
　自分を犠牲にする最後の機会だと思って。

「諦める？何を？」

　蓮の問いかけに、答えることが出来なかった。

「ちょっとね」

　曖昧な返事をする。

　本当のことを言わずに、ただ私が悪者になって去ろうなんて思ってた。

　璦がそれで幸せなら、もうそれでいいんだと。
　最後の最後に。

「…そっか、」

　何の話かは聞かれなかった。
　蓮だって気になるはずなのに。

　その優しさに少しだけ心が軽くなる。

「まさか、こんな結果になるなんて。でもまぁ、良かったかも。璦の気持ちが知れて」

　そもそも璦との関係を修復することが、本当に自分にとって良いことなのか、今でもはっきりしていなかった。

　それでも、璦の気持ちを知ったことで、少しだけ心が整理された気がする。

　未知の不安が、少しずつ形を成していく。

「由莉がいいなら良かったよ」

　蓮が安心したように言う。

　その言葉に、少しだけ笑顔が浮かぶ。

「だから…蓮も、もう気にしないでいいよ」

　それ以上蓮が自分のことを責める必要も、悔やむ必要も無い。

　蓮のせいじゃない。
　それを分かって欲しかった。

「…」

　蓮が無言で私を見つめる。

　その視線に、一瞬何かを感じ取る。

　彼の無言の中に、何か大切な思いが込められている気がする。

「蓮？」

　蓮の心の中にある気持ちを知りたい。

「やっぱり、俺のため、もあったりする？」

　その言葉に、一瞬心が揺れる。

「それは…2割ぐらい、かな？」

　冗談めかして答える。




　実際にはもっと大きな割合を占めているけれど、蓮は知らなくてもいいことだから。