この見合いなんとしてでも阻止します

第45話

「由莉、お前なぁ。前にも酷いことされたんじゃねぇのかよ」

　蓮の言葉に、私は一瞬言葉を失った。
　過去の出来事が頭をよぎり、胸が痛んだ。

「それはそうだけど…」

　私は小さく呟いた。

　深呼吸をして、冷静になろうと努めた。

　過去の傷が再び開くような気がして、心が重くなった。

「それなのに許すって言うのかよ」

　過去のことも許せる…だろうか。

　怖かった。
　ずっとトラウマだった。

　ストーカーされたことも、付き合ってるなんて嘘を会社に広められたことも、人のことが信じれなくなったことも、全部許せなかった。

　だけど、私にも悪いところがあったんじゃないかって、後悔して。そしたら、今度は全部自分のせいになって。

　私はずっと前に進めていなかった。
　もう、いい加減、

「…許す」

　解放されるいい機会なんだと思う。

　それに、あの時とは違う。

　許してもいい。そう思えたから。

　俯いた時、蓮の拳が震えているのが見えた。

「蓮…？」

　蓮の怒りが爆発しそうで、私は恐怖を感じた。

「由莉が許すっていうなら俺が…！」

　今にも田中さんに殴りかかりそうな勢いだった。

「蓮！やめて、落ち着いて」

　私は蓮の腕を掴み、必死に止めた。

　蓮が私を守ろうとしてくれていることも、代わりに怒ろうとしてくれていることも分かってる。

　でも、暴力で解決することは何もない。

　蓮が誰かを傷つける姿なんて見たくない。

「でも…！」

「お願い、蓮。暴力で解決しないで」


　私は彼の目を見つめ、心から訴えた。

　蓮の怒りを鎮めようとした。

「由莉…」


　蓮は私の目を見つめ、少しずつ拳を下ろした。

　目にはまだ怒りが残っていたけど、私の言葉が届いたようだった。

　蓮は深呼吸をした。


　私は彼の腕をそっと離し、安心した。

「由莉は過去のことがあっても田中さんを許そうと思う理由があるんじゃない？」

　社長が間に入ってくれた。彼の冷静な声が場の緊張を和らげた。

「前の田中さんなら謝罪するどころか、人のことを責めて責任転換してた。だけど今は違う。自分の非を認めて謝罪してくれた。謝ってくれたからそれでいい」


　私は冷静に言った。

　田中さんも変わろうとしているのかもしれない。
　心の中でそう思った。

　過去のことは、全部は許せてない。だけど、少なくとも気にしないぐらいには許すことが出来たから。

「わかったよ。由莉の本心ならそれでいい」


「ありがとう、蓮」


　私は微笑みながら答えた。

「自分の気持ちを押し付けて、何度も傷つけた。昔のこともさっきのことも、ほんとにすまなかった」

　田中さんは深く頭を下げ、再び謝罪の言葉を口にした。


　私はその姿を見て、少しだけ救われた気がした。