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第28話
しおりを挟む「…莉乃」
シェフが静かに名前を呼ぶ。
その声に、少しだけ心が揺れる。
シェフの声にはいつも安心感があった。
だけど、今は違う。
「はい」
返事をするけど、心は重いままだ。
何かを隠している自分が嫌でたまらない。
「お前なんか隠してるだろ」
シェフが真剣な表情で言う。
その言葉に、心がドキッとする。
シェフの鋭い目が自分の心の奥底を見透かしているようだった。
「え?」
驚いて顔を上げる。
彼の視線が痛い。
シェフの真剣な表情に、思わず目を逸らしてしまった。
「この前から様子がおかしい」
シェフが鋭く指摘する。
自分なりに隠していたつもりだったのに。
「そんな事ないですよ、」
必死に否定するけど、多分確実にバレてる。
自分の声が震えているのがわかる。
「なにか悩んでることがあるならいつでも話聞くぞ?」
シェフの優しい言葉に、心が揺れる。
でも、言えない。
「ありがとうございます…でも、大丈夫です」
元カノと寄りを戻したいんですかなんて、聞けるわけがない。
「言えないのは、俺の事で悩んでるからか?」
シェフがさらに問い詰める。
「っ、それは、」
言葉が詰まる。
「図星だな」
シェフが確信を持って言う。
「そんなんじゃ…」
否定しようとするが、言葉が出ない。
これ以上否定しても意味がないって、ちゃんと分かってるから。
「思てることがあるならちゃんと言って欲しい。言ってくれないと分からない」
シェフが真剣な目で訴える。
このまま言ってしまった方が、私も楽になれる。
「…言いたくないです」
分かってるけど、でも、
それでもまだシェフといたい。
私に内緒で元カノと休日会ってる。
そんなのもう、確定申告だもん。
見たって言ったら、そういう空気になっちゃうんだもん。
「じゃあ、これからずっとそんな感じで過ごすつもり?」
シェフが冷たく言う。
「嫌な気持ちにさせてしまっていたなら謝ります」
私も、顔に出さないように気をつけてたつもりだったけど、
「そういう問題じゃ無くて、そうやって隠されるのが嫌だって言ってんの」
シェフの言葉が胸に刺さる。
隠す…。
隠してるのはお互い様じゃないですか。
どうして私だけ責められなくちゃ…。
「言えるわけないじゃないですかっ…!」
答えは分かりきってるのに。
「だから何で」
いくら問い詰められても、答えるわけにはいかない。
「すみません。今日は帰ります」
立ち上がり、部屋を出ようとした。
「っ、おい…!」
シェフが驚いて声を上げるけど、私は振り向くことなくその場から逃げ出した。
あのまま、あそこにいたとしても喧嘩してしまいそうだったから。
このままどうなっちゃうんだろう。
やっぱり…
繋ぎ止めるなんて、無理なんだろうか。
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