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第三章:世界の裏側には縁がない
世界の真相
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衣替えが終わった。
私は黒を基調とした元帥の礼服。この服は装飾が多い。飾緒、銀色のエポーレット、赤色が多い肩章と勲章。一番目立つのは左側にかかる白色のマント。
モーリスは再会した時と同じビキニアーマー。ただ胸には青色の、下には金色の装飾が追加されていた。足もとは膝まで包まれており、歩いても音がしない。手元には赤色のグローブが装備されていたが、これは見たことがなかった。
「モーリス先輩のは少しだけ改造しておきました。動きやすく守りやすい、肉弾戦において有利になるようにそのグローブはパワーを三倍にしてくれるんですよ」
「ウチが弱いって言いたいのか?」モーリスのドスの利いた声。それまで聞こえていた音がぴたりと聞こえなくなる。
「あら、お忘れで?」
モーリスは舌打ちをしながら顔をゴッホから背けた。
「オルフェ先輩には特別何もしていません。ただ……」
「ただ? なにかあるの?」
「……いいえ、言っても分からないと思いますし、大丈夫です。あ、生地の中に防御グッズとか入っているので鎧代わりにもなります」
「は、そんなあぶねぇ所に行かす気か⁉ 旦那様を!」
「大丈夫ですよ。あの衣装を壊せるとすれば、それこそイカロスぐらいの強さじゃないと」
心臓が締め付けられた。
モーリスが「まぁまぁモロそうじゃねえか‼」と反論しているが、まだ私が亜人種との混血だと知らない。
モーリスは……私が混血だと知ったら、嫌いになるのだろうか?
「では、まずお二方にはこの世界のリアルを知ってもらおうと思います」
ゴッホがすっきりした顔で話し出した。
「知ってもらうって、これ以上知って何をするんだよ」
「戦争の第一歩はまず情報戦。情報収集、データ分析……データを制する者が戦いを制すといっても嘘ではありませんから」
「まぁそうとも言うが……具体的になにを」
「三種類ですよ。国のQOL、軍事、そして政治体制」
ゴッホの言うことは間違いない。経済状況、生活状況、価値創出、安全、政治などを測るには目安となる指標になる。
「お二人にはそれをこなしていただきたいんですよ。全部」
我が耳を疑った。これを調べ纏めるにも時間がかかるうえ、今私とモーリスは逃亡中の身。大衆の目に入れば、それこそ混乱の危険性がある。
「御心配にはおよびません」と片眼鏡をクイッと上げて、モーリスは続きを話しだした。
「少し見てもらって、ちょっと思ったことを言ってもらえれば大丈夫ですので」
「適当ほざいてんじゃねぇ」
モーリスのキレ気味の声が聞こえた。元々は相容れない者、おまけに自分が死ぬかもしれない。
「あなたは大丈夫でしょ。幾万の戦地を潜り抜けてきたんですし、そのアーマーも特注で強力ですから」
「旦那様は? そんなことさせねぇよ、ウチ一人でいい」
「モーリス先輩数字苦手でしょ。それにそんな事じゃ、オルフェ先輩早死にしてしまいますよ」
「アァ⁉」
「動かなければ生活習慣病にもなりますし、家に籠れば鬱の原因にもなります。病んで自殺する人も多いですから」
モーリスに対して言っているかもしれないが、横で聞いていた私にも突き刺さる。
生活習慣病とは所謂、ミツリガのようになるということだろ。
「わたしは他にもやることがありますので、これらは全てマルっとお任せしたいのです」
どうやら私たちのことを頼っているようだ。特待として入学したころ、誰にも頼らず一匹狼だったあの時とはまるで違う。
そんなゴッホを面白いと思ったのか、私は少し意地汚いことを聞いた。
「私たちが嘘を教えるってことはないの?」
この質問にゴッホはこちらに虚無の視線を向けると、ふっと笑い出した。
「何が面白いんだテメェ!」
「いやごめんなさい。あまりにもオルフェ先輩から飛び出した質問だとは思わなかったので――先ほどの質問に関しましては、思いませんし、通用しません」
「まずモーリス先輩はありえますが、如何せん正直者なので、見ずとも声だけで判断できます」
「お前が褒めるなんて珍し‼」
いや、貶されているんだよ。ニヤケ顔が隠せていないよ。
「オルフェ先輩は何の根拠もありません。仮につかれても見抜く術がありません」
意外な言葉だった。てっきり私もなにか分かっているんだろうと勘づいていたが、ゴッホはまっすぐ「分からない」と口にした。
しかし、ただ自白するだけの単純な女ではない。
「でもそんなことしない人だって、信じている。それだけです」
背筋が凍りつく冷たい声。打ち付けられた釘は根深く刺さる。
こんなことを言われたら、もう何もできない。
「わかった、頑張る」
満足したのか、不敵に微笑むと私たちに背を向けた。
そしてまるで吐き捨てるようにゴッホが呟く。
「早くしないと、わたしも庇いきれなくなるかもしれません」
「……どういうことだ」
モーリスが睨みながらゴッホに投げかけた。
「簡単なことですよ。わたしにも疑いの目がくるかもしれないってことです。この存在も知っていますし。お二人のことは必死にカバーしますが、強行されたらひとたまりもありませんから」
飲み込んだ唾がとても冷たい。
思わずモーリスと目が合う。ゴッホの為から私のためだと分かったのか、とても行きたそうに口をパクパクさせている。
本当に顔に出やすいな、この子。
「お二方とも、準備は出来ましたか?」
「できたから早く」
「まぁ、一応」
「では、今から扉を開けますね」
ゴッホが手を一拍鳴らす。現れたのはまたもや大きな落とし穴。
またあの身体を四方から引っ張られるような、苦しい思いをするのか。あれを普通に受けることが出来るのは、亜人種の中でも御影族だけ。
それでも重力には逆らえない。翼も広げたくない。
なす術無く、私とモーリスは落とし穴に吸い込まれた。
寝ぼけて見えた白い天井が遠く遠くなるのが、落ちていることを実感できた。
私は黒を基調とした元帥の礼服。この服は装飾が多い。飾緒、銀色のエポーレット、赤色が多い肩章と勲章。一番目立つのは左側にかかる白色のマント。
モーリスは再会した時と同じビキニアーマー。ただ胸には青色の、下には金色の装飾が追加されていた。足もとは膝まで包まれており、歩いても音がしない。手元には赤色のグローブが装備されていたが、これは見たことがなかった。
「モーリス先輩のは少しだけ改造しておきました。動きやすく守りやすい、肉弾戦において有利になるようにそのグローブはパワーを三倍にしてくれるんですよ」
「ウチが弱いって言いたいのか?」モーリスのドスの利いた声。それまで聞こえていた音がぴたりと聞こえなくなる。
「あら、お忘れで?」
モーリスは舌打ちをしながら顔をゴッホから背けた。
「オルフェ先輩には特別何もしていません。ただ……」
「ただ? なにかあるの?」
「……いいえ、言っても分からないと思いますし、大丈夫です。あ、生地の中に防御グッズとか入っているので鎧代わりにもなります」
「は、そんなあぶねぇ所に行かす気か⁉ 旦那様を!」
「大丈夫ですよ。あの衣装を壊せるとすれば、それこそイカロスぐらいの強さじゃないと」
心臓が締め付けられた。
モーリスが「まぁまぁモロそうじゃねえか‼」と反論しているが、まだ私が亜人種との混血だと知らない。
モーリスは……私が混血だと知ったら、嫌いになるのだろうか?
「では、まずお二方にはこの世界のリアルを知ってもらおうと思います」
ゴッホがすっきりした顔で話し出した。
「知ってもらうって、これ以上知って何をするんだよ」
「戦争の第一歩はまず情報戦。情報収集、データ分析……データを制する者が戦いを制すといっても嘘ではありませんから」
「まぁそうとも言うが……具体的になにを」
「三種類ですよ。国のQOL、軍事、そして政治体制」
ゴッホの言うことは間違いない。経済状況、生活状況、価値創出、安全、政治などを測るには目安となる指標になる。
「お二人にはそれをこなしていただきたいんですよ。全部」
我が耳を疑った。これを調べ纏めるにも時間がかかるうえ、今私とモーリスは逃亡中の身。大衆の目に入れば、それこそ混乱の危険性がある。
「御心配にはおよびません」と片眼鏡をクイッと上げて、モーリスは続きを話しだした。
「少し見てもらって、ちょっと思ったことを言ってもらえれば大丈夫ですので」
「適当ほざいてんじゃねぇ」
モーリスのキレ気味の声が聞こえた。元々は相容れない者、おまけに自分が死ぬかもしれない。
「あなたは大丈夫でしょ。幾万の戦地を潜り抜けてきたんですし、そのアーマーも特注で強力ですから」
「旦那様は? そんなことさせねぇよ、ウチ一人でいい」
「モーリス先輩数字苦手でしょ。それにそんな事じゃ、オルフェ先輩早死にしてしまいますよ」
「アァ⁉」
「動かなければ生活習慣病にもなりますし、家に籠れば鬱の原因にもなります。病んで自殺する人も多いですから」
モーリスに対して言っているかもしれないが、横で聞いていた私にも突き刺さる。
生活習慣病とは所謂、ミツリガのようになるということだろ。
「わたしは他にもやることがありますので、これらは全てマルっとお任せしたいのです」
どうやら私たちのことを頼っているようだ。特待として入学したころ、誰にも頼らず一匹狼だったあの時とはまるで違う。
そんなゴッホを面白いと思ったのか、私は少し意地汚いことを聞いた。
「私たちが嘘を教えるってことはないの?」
この質問にゴッホはこちらに虚無の視線を向けると、ふっと笑い出した。
「何が面白いんだテメェ!」
「いやごめんなさい。あまりにもオルフェ先輩から飛び出した質問だとは思わなかったので――先ほどの質問に関しましては、思いませんし、通用しません」
「まずモーリス先輩はありえますが、如何せん正直者なので、見ずとも声だけで判断できます」
「お前が褒めるなんて珍し‼」
いや、貶されているんだよ。ニヤケ顔が隠せていないよ。
「オルフェ先輩は何の根拠もありません。仮につかれても見抜く術がありません」
意外な言葉だった。てっきり私もなにか分かっているんだろうと勘づいていたが、ゴッホはまっすぐ「分からない」と口にした。
しかし、ただ自白するだけの単純な女ではない。
「でもそんなことしない人だって、信じている。それだけです」
背筋が凍りつく冷たい声。打ち付けられた釘は根深く刺さる。
こんなことを言われたら、もう何もできない。
「わかった、頑張る」
満足したのか、不敵に微笑むと私たちに背を向けた。
そしてまるで吐き捨てるようにゴッホが呟く。
「早くしないと、わたしも庇いきれなくなるかもしれません」
「……どういうことだ」
モーリスが睨みながらゴッホに投げかけた。
「簡単なことですよ。わたしにも疑いの目がくるかもしれないってことです。この存在も知っていますし。お二人のことは必死にカバーしますが、強行されたらひとたまりもありませんから」
飲み込んだ唾がとても冷たい。
思わずモーリスと目が合う。ゴッホの為から私のためだと分かったのか、とても行きたそうに口をパクパクさせている。
本当に顔に出やすいな、この子。
「お二方とも、準備は出来ましたか?」
「できたから早く」
「まぁ、一応」
「では、今から扉を開けますね」
ゴッホが手を一拍鳴らす。現れたのはまたもや大きな落とし穴。
またあの身体を四方から引っ張られるような、苦しい思いをするのか。あれを普通に受けることが出来るのは、亜人種の中でも御影族だけ。
それでも重力には逆らえない。翼も広げたくない。
なす術無く、私とモーリスは落とし穴に吸い込まれた。
寝ぼけて見えた白い天井が遠く遠くなるのが、落ちていることを実感できた。
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