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第三章:世界の裏側には縁がない
モーリスの世界へ
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私が十歳を迎えた時。
立てなくなるほどの大きい翼が生えてきた光景は忘れられない。
緊急で病院に駆け込み判明する、私の血統に流れる亜人種の血液。私の実母はイカロス亜人種だったため、このようなことになったらしい。
父親は除去を提案したが、もう手遅れだった。進行が拡大してしまい、取り除けば命の保証はない。私が急にいなくなれば、周りの人間は不審がる。
国家存亡のため、家系の地位確保のため。私は約束をした。一つは人目の前で翼を広げないこと、空を飛ばないこと。二つ目はこれを絶対に誰にも話さとのきんだんのないこと。
このことを知っているのは、私と父親、そのときに担当していた主治医。
そのはずだったのに……
「その時のお医者様に詳しく教えていただきましたよ。貴方の様子、お父様の慌てっぷり。ああ勿論、貴女が不倫相手との間に生まれた子供だということもね」
顔を近づけてくるゴッホから目を逸らした。
亜人種と純血の禁断の恋。これが物語なら、なんと素晴らしい恋愛劇なのだろうか。しかしこれが実際に起きたのであれば、事件へと変貌する。
このことは私が死ぬまで隠すと決めた、最大のスキャンダル。
「だからどうするの? そんなこと解ったくらいで、もう私にはなんにもないんだから」
「確かに、貴女はもう偉くないから、何のメリットもございません。『前皇帝が亜人種との混血、ふ~ん』で終わりです」
死ぬことが確定している者が亜人種だろうがモンスターだろうが、もう過去になることなのだから、どうでもいいといえば正解だ。
「でもね?」低く重い音が大きく聞こえ、思わず目を向けた。ゴッホの全てを見越しているような切れ味のある目は、吸い込まれそうに力強い。
「どうします? もしもあなたあの父親も殺すことが出来ると知ったら」
彼女は嘘を言っていない、目が本気だ。
「意味が分からない。父親が死ぬことと私たちの命に繋がりなんて」
「それがあるんですよ」
お調子者の下っ端のようににやりと顔を浮かべて、私の心の隙を狙う。
かの国でも、時の政治権力者が実権を失ったにもかかわらず、歴史的に重要な貴族として存命している記録はある。しかし今ではその方も一市民として慎ましい生活を送っていると聞いている。
「ただここでは申し上げにくいんですよ。なにぶんトップシークレットなんで、ウチのラボに来ていただけませんか?」
「……モ、モーリス……」
「は、ハイ‼ 何か……」と混乱状態から解けたモーリスは、私に寄りかかっているゴッホの姿を見ると「テメェ!」と一言吠えて掴みかかった。
地面に潜って隠れるゴッホ。ひっくり返って頭と手が地面につくモーリス。捕まえることは出来なかったが、空中で少しホップした。飛んでいく軌道が変わった。
「ケッ、ざまあみろ」
軍人の修正能力、恐るべし。
スッと私の隣りに現れたゴッホ。とんがり帽子のてっぺんが少し凹んでいた。
「さすがですモーリス先輩。二度とは同じ手を食わないのは、獰猛な肉食獣のようです」
帽子を取り外し、パンパンとほこりを払う仕草を見せる。
褒めているのか、貶しているのか。
モーリスが態勢を元に戻しながら「黙れ……」の言葉と同時に剣を召喚する。
「やはり獰猛ですね、モーリス先輩。だけどこの状況、私の方が有利なんですよ」
「はぁ?」モーリスの眉間にしわが寄る。
ゴッホは「こういうことです」と召喚した大鎌の刃を、躊躇もなく私の腰元に押し付けた。
スッと静かに隣に立ち、無機質で画一的な笑みを浮かべて、私を人質に取る大胆さ。争い慣れている。しかもモーリスのような人を守る戦いではなく、人を殺すための、自分を守るための戦知恵の持ち主。
「お前……そこまで堕ちたのか」
「勝つための合理的手段です。大切な人を傷つけたくなければ、わたしの指示に従ってくれませんか?」
くっ……と窮地に立った声を漏らす。
「モーリス、私に――」
「話さないでください。貴女は特に」
鎌の刃が細かく震え、私の身体を包んでいたボロ布がほつれてきた。笑顔は綺麗だが、なんだか仮面をつけているみたい。
何がゴッホをこんなにつき動かすのか、私を人質に取ってまで自分の作戦に加担させる理由は何だ?
私はモーリスと顔を見合わせ、首を一回縦に、そして二回横に振る。幸福の合図だ。
モーリスは驚き目を丸くしたが、苦い顔を浮かべて舌打ちする。そしてナイフを横に捨てた。
「おお、やっと……」
「お前の話を聞くだけだ。意味が無けりゃ殺す」
「ええ、きっとお二人にとっては素晴らしい時間になると思います。よろしいですね?」
満面の笑みを浮かべるゴッホに頷く。
ゴッホが過去最大に何を考えているのか分からない。彼女はいったい何を思い、考え、見えているのか。
「では、時間がありません。一刻も早く参りましょう。すぐに着きますから」
ゴッホは指をパチンと鳴らすと、床一面に出現した巨大な穴に落ちていった。穴が完全にふさがれる直前、整列の取れていない重い足音と狩人のような野太い声は気のせいだろうか?
立てなくなるほどの大きい翼が生えてきた光景は忘れられない。
緊急で病院に駆け込み判明する、私の血統に流れる亜人種の血液。私の実母はイカロス亜人種だったため、このようなことになったらしい。
父親は除去を提案したが、もう手遅れだった。進行が拡大してしまい、取り除けば命の保証はない。私が急にいなくなれば、周りの人間は不審がる。
国家存亡のため、家系の地位確保のため。私は約束をした。一つは人目の前で翼を広げないこと、空を飛ばないこと。二つ目はこれを絶対に誰にも話さとのきんだんのないこと。
このことを知っているのは、私と父親、そのときに担当していた主治医。
そのはずだったのに……
「その時のお医者様に詳しく教えていただきましたよ。貴方の様子、お父様の慌てっぷり。ああ勿論、貴女が不倫相手との間に生まれた子供だということもね」
顔を近づけてくるゴッホから目を逸らした。
亜人種と純血の禁断の恋。これが物語なら、なんと素晴らしい恋愛劇なのだろうか。しかしこれが実際に起きたのであれば、事件へと変貌する。
このことは私が死ぬまで隠すと決めた、最大のスキャンダル。
「だからどうするの? そんなこと解ったくらいで、もう私にはなんにもないんだから」
「確かに、貴女はもう偉くないから、何のメリットもございません。『前皇帝が亜人種との混血、ふ~ん』で終わりです」
死ぬことが確定している者が亜人種だろうがモンスターだろうが、もう過去になることなのだから、どうでもいいといえば正解だ。
「でもね?」低く重い音が大きく聞こえ、思わず目を向けた。ゴッホの全てを見越しているような切れ味のある目は、吸い込まれそうに力強い。
「どうします? もしもあなたあの父親も殺すことが出来ると知ったら」
彼女は嘘を言っていない、目が本気だ。
「意味が分からない。父親が死ぬことと私たちの命に繋がりなんて」
「それがあるんですよ」
お調子者の下っ端のようににやりと顔を浮かべて、私の心の隙を狙う。
かの国でも、時の政治権力者が実権を失ったにもかかわらず、歴史的に重要な貴族として存命している記録はある。しかし今ではその方も一市民として慎ましい生活を送っていると聞いている。
「ただここでは申し上げにくいんですよ。なにぶんトップシークレットなんで、ウチのラボに来ていただけませんか?」
「……モ、モーリス……」
「は、ハイ‼ 何か……」と混乱状態から解けたモーリスは、私に寄りかかっているゴッホの姿を見ると「テメェ!」と一言吠えて掴みかかった。
地面に潜って隠れるゴッホ。ひっくり返って頭と手が地面につくモーリス。捕まえることは出来なかったが、空中で少しホップした。飛んでいく軌道が変わった。
「ケッ、ざまあみろ」
軍人の修正能力、恐るべし。
スッと私の隣りに現れたゴッホ。とんがり帽子のてっぺんが少し凹んでいた。
「さすがですモーリス先輩。二度とは同じ手を食わないのは、獰猛な肉食獣のようです」
帽子を取り外し、パンパンとほこりを払う仕草を見せる。
褒めているのか、貶しているのか。
モーリスが態勢を元に戻しながら「黙れ……」の言葉と同時に剣を召喚する。
「やはり獰猛ですね、モーリス先輩。だけどこの状況、私の方が有利なんですよ」
「はぁ?」モーリスの眉間にしわが寄る。
ゴッホは「こういうことです」と召喚した大鎌の刃を、躊躇もなく私の腰元に押し付けた。
スッと静かに隣に立ち、無機質で画一的な笑みを浮かべて、私を人質に取る大胆さ。争い慣れている。しかもモーリスのような人を守る戦いではなく、人を殺すための、自分を守るための戦知恵の持ち主。
「お前……そこまで堕ちたのか」
「勝つための合理的手段です。大切な人を傷つけたくなければ、わたしの指示に従ってくれませんか?」
くっ……と窮地に立った声を漏らす。
「モーリス、私に――」
「話さないでください。貴女は特に」
鎌の刃が細かく震え、私の身体を包んでいたボロ布がほつれてきた。笑顔は綺麗だが、なんだか仮面をつけているみたい。
何がゴッホをこんなにつき動かすのか、私を人質に取ってまで自分の作戦に加担させる理由は何だ?
私はモーリスと顔を見合わせ、首を一回縦に、そして二回横に振る。幸福の合図だ。
モーリスは驚き目を丸くしたが、苦い顔を浮かべて舌打ちする。そしてナイフを横に捨てた。
「おお、やっと……」
「お前の話を聞くだけだ。意味が無けりゃ殺す」
「ええ、きっとお二人にとっては素晴らしい時間になると思います。よろしいですね?」
満面の笑みを浮かべるゴッホに頷く。
ゴッホが過去最大に何を考えているのか分からない。彼女はいったい何を思い、考え、見えているのか。
「では、時間がありません。一刻も早く参りましょう。すぐに着きますから」
ゴッホは指をパチンと鳴らすと、床一面に出現した巨大な穴に落ちていった。穴が完全にふさがれる直前、整列の取れていない重い足音と狩人のような野太い声は気のせいだろうか?
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