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第三章:世界の裏側には縁がない
解放
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左腕を自分の顔まで持ってくる。ハーツの体が宙に浮き、パタパタと空中を泳いでいる。何とか腕を振り払おうとしているが、それは彼女を刺激しているだけ。
「し……ししし仕方のない事だ。真の平和と、秩序を守るために、成すべきことを、した、までで――」
「もう一辺言ってみろ」
怒りに身を任せハーツを地面に叩きつけたモーリスは、彼女の雨に濡れてぐちゃっとした後ろ髪を鷲掴む。
渾身の馬鹿力でハーツの身体を反らせると、さらに軍隊仕込みのトレーニングで鍛え上げられた長足で、ガシガシと体を踏みつける。
骨が、身体が痛いのか。苦悶の表情を浮かべて情けない嗚咽を上げた。
「旦那様はもっと傷つき、もっと苦しんだんだ。お前だけでも同じ目に遭わせてやる」
あぁ、やっぱり彼女はおかしい。
なぜ私のためにこんなにも本気になれる。なぜ自分の命を投げ出してまで私に構う。私は何も与えることが出来なかったのに。
「モーリス」
「……旦那様‼」
さっきまでゴミを眺めるような視線を浮かべていたモーリスはこちらを見ると、パッと明るい表情を浮かべて飛びついてきた。
その際にハーツを踏んだが、本人はおそらく気にしていない。いや、気づいていないだろう。
雨なのか涙なのか、彼女の顔から大量の水滴が零れている。
「もういい、もういいんだ。十分、やってくれたよ」
大量の気絶した警察官、混乱で逃げ去った観客。
何が起きたのか、何があったのか。
それを事細かに語れるのは、私とモーリスだけである。
---
「フンッ‼」
強力なパンチとキックで、ざらざらした枷板を木っ端微塵に破壊する。
老朽化や雨で濡れていたのもあってか比較的割りやすいと好評だった。
首を上下左右に傾け、自由の実感を手に入れる。
雨が強くなってきた。
「とりあえず避難しませんか。中に入りましょう」
モーリスに賛同し、出来るだけ雨に濡れないよう急いで、拘置所の中に避難する。
先客が一人いた。
蹲って呪怨のようなものを唱えているミツリガだった。
もちろんこんな大チャンスを、私の護兵であるモーリスがみすみす逃がすわけが無い。
「おい、糞ジジイ」
制裁の合図というように、ポキポキと関節を鳴らして歩み寄る。
ミツリガは役人としては一流だが、ファイターとしては素人同然。魔法もからっきしであり私レベルの攻撃魔法でさえ防げない。
「や、やめろ。やめてくれ……やめてください。この通りだ」
磔にされていた私の命乞いを聞こうとしていた彼が、今は一人の戦士の前に命乞いをする。話が通じないと分かると、次は頭を床につけ降伏の意図を表す。
一体どこまで落ちれば気が済むのだろう。自分の保身しか考えていない人間は、皆こういうものなのだろうか。
「モーリス、見逃してあげて」
「し、しかし……」
「法務大臣としての業務を全うしただけだから。貴方の腕を汚すことじゃない。だから、おねがい」
両手を顔前で合わせて頼み込むと、首を捻りながらもモーリスは戻ってきた。
戦士が人を殺していい時は、大事なものを守るときと、国の英雄になるときだけだ。それ以外の対個人への攻撃は傷害罪となる。
「あ、ありがとう、感謝しよう。娘よ」
「……ええ、同じ穴のムジナですもの。お互い様です」
ミツリガは怯えていた。
「し……ししし仕方のない事だ。真の平和と、秩序を守るために、成すべきことを、した、までで――」
「もう一辺言ってみろ」
怒りに身を任せハーツを地面に叩きつけたモーリスは、彼女の雨に濡れてぐちゃっとした後ろ髪を鷲掴む。
渾身の馬鹿力でハーツの身体を反らせると、さらに軍隊仕込みのトレーニングで鍛え上げられた長足で、ガシガシと体を踏みつける。
骨が、身体が痛いのか。苦悶の表情を浮かべて情けない嗚咽を上げた。
「旦那様はもっと傷つき、もっと苦しんだんだ。お前だけでも同じ目に遭わせてやる」
あぁ、やっぱり彼女はおかしい。
なぜ私のためにこんなにも本気になれる。なぜ自分の命を投げ出してまで私に構う。私は何も与えることが出来なかったのに。
「モーリス」
「……旦那様‼」
さっきまでゴミを眺めるような視線を浮かべていたモーリスはこちらを見ると、パッと明るい表情を浮かべて飛びついてきた。
その際にハーツを踏んだが、本人はおそらく気にしていない。いや、気づいていないだろう。
雨なのか涙なのか、彼女の顔から大量の水滴が零れている。
「もういい、もういいんだ。十分、やってくれたよ」
大量の気絶した警察官、混乱で逃げ去った観客。
何が起きたのか、何があったのか。
それを事細かに語れるのは、私とモーリスだけである。
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「フンッ‼」
強力なパンチとキックで、ざらざらした枷板を木っ端微塵に破壊する。
老朽化や雨で濡れていたのもあってか比較的割りやすいと好評だった。
首を上下左右に傾け、自由の実感を手に入れる。
雨が強くなってきた。
「とりあえず避難しませんか。中に入りましょう」
モーリスに賛同し、出来るだけ雨に濡れないよう急いで、拘置所の中に避難する。
先客が一人いた。
蹲って呪怨のようなものを唱えているミツリガだった。
もちろんこんな大チャンスを、私の護兵であるモーリスがみすみす逃がすわけが無い。
「おい、糞ジジイ」
制裁の合図というように、ポキポキと関節を鳴らして歩み寄る。
ミツリガは役人としては一流だが、ファイターとしては素人同然。魔法もからっきしであり私レベルの攻撃魔法でさえ防げない。
「や、やめろ。やめてくれ……やめてください。この通りだ」
磔にされていた私の命乞いを聞こうとしていた彼が、今は一人の戦士の前に命乞いをする。話が通じないと分かると、次は頭を床につけ降伏の意図を表す。
一体どこまで落ちれば気が済むのだろう。自分の保身しか考えていない人間は、皆こういうものなのだろうか。
「モーリス、見逃してあげて」
「し、しかし……」
「法務大臣としての業務を全うしただけだから。貴方の腕を汚すことじゃない。だから、おねがい」
両手を顔前で合わせて頼み込むと、首を捻りながらもモーリスは戻ってきた。
戦士が人を殺していい時は、大事なものを守るときと、国の英雄になるときだけだ。それ以外の対個人への攻撃は傷害罪となる。
「あ、ありがとう、感謝しよう。娘よ」
「……ええ、同じ穴のムジナですもの。お互い様です」
ミツリガは怯えていた。
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