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第三章:世界の裏側には縁がない
処刑台
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私は今、断頭台の下で跪いている。首と両手を枷に嵌められた状態で。
先ほどから雨が猛威を振るい、観覧するものも、執行人も疲労の色が見える。私も洗礼を浴びているが、一粒が大きく当たると痛い。耳を雨に噛まれている。
濡れた木と錆びれた鉄の匂いが、雨の匂いと混ざる。よほどメンテナンスをされていないのだろう。私が死んだ後もこのギロチンは、過労を虐げられるのだろうか。
私の前に立っていたミツリガが、こちらを打見した。死がもうすぐだというのに、喚き声の一つも上げないのを気味悪っているのか。
これからの流れは定型的だ。再度、罪人が犯した罪を述べる。その際「目に余る」や「極刑に値する」、「看過できない」といった紋切りを述べて、罪と罰のバランスを平等だと認識させるのが一つのテクニック。
法務大臣が右手を上げると、刃がゆっくりと上っていく。本来はすでに取り付けられているが、エンタメとしての見せ場を作るために、このような手法をとっている。
これが見事に当たり、観客はこれを楽しみとしている。
そして腕が下がると、ギロチンの刃が首元めがけて振り落とされる。観衆は興奮と絶叫をこれでもかというほど上げる。
その後は意外に思うかもしれないが、何事も無かったかのように退散する。人によっては死体を見た後に食事を始める人もいるくらい。
あとは執行人が後始末をするのみで、意外にも処刑はあっけないモノだ。
「……ん?」
ふと思う。
私はいったい何の罪で裁かれることになるのか。
もしも革命が起きたことによる一層排除だというなら、官僚全員が処刑されないといけない。
しかしミツリガは生きている。その系譜は考えにくい。
自分事だというのに、なんだか気になった。
「被告、オルフェ・モンテスキュー。貴様の立場を利用した傍若無人な振る舞い、および政治的混乱と国民の困窮を招いた私利私欲の数々、到底看過できるものではない。今日ここに、わたくし法務大臣ミツリガ立会いのもと、ギロチン処刑を実行する‼」
こんな雨の中でもよく聞こえる、彼の不愉快な中年特有のキリキリ声。
一拍遅れて、観衆の喜びに満ちた悲鳴が響き渡った。
「早くしてよ……」
触っていなくても心臓の鼓動が速いのがわかる。今更ながら恐怖心が芽生えていた。一方で頭は冷静だった。これは悟りか、諦めか。
ミツリガがこちらに身体を向けると、私を焦らして遊んでいるように、間を持って右手を上げた。
後ろから男の「よいしょ」と声が聞こえ、微かに甲高い耳障りな音が聞こえる。
雨の音に混じって聞こえる、老いたギロチンの悲鳴。パラパラと音を立て、顔や髪に木屑が降りかかった。
男の野太い声が聞こえるたびに、どんどん雨が強くなっていっている。そんな気がした。
「最後だ、よいしょ!」
本気を底からたぐり寄せる声を吐いた。
その頃には景色も音も感覚も、雨にかき消された。
「ギロチンが、飛んだ……?」
死ぬ運命から私が逃れたことも、雨の仕業で分からなかった。
ギロチンが、飛んだ?——意味が分からない。だけどこの場に何かが起きたことを、周りのざわめきが私にも教えている。
「おい」
前髪を掴んで私の首を持ち上げる金髪の婦警。ギロチンの枷が見事にはまっているから、首下に板のとげが突き刺さる。
私と同じ目線に座り込む。猛禽類の視線は、死ぬ直前の走馬灯に浮かんできそうだ。
「何をした、さもなければここで脳天を……」
脅迫か衝動か、私の口に拳銃を突っ込む。プラスチックの味が広がり、涎が隙間から零れ落ちた。
「ハーツ先輩、大変です! 仲間が!」
「何事だ、要件は手短に……」
私のピンチは突然現れた男の叫びによって難を逃れた。
「皆ぐったりと気絶していて、ぐったりと倒れ込んでいます。こんなことは異常です」
「お前は……犯人を見たとか――」
彼は悲しい表情を浮かべて、すみませんと頭を垂れた。
時間を増すたびに会場のざわつく音量が大きくなる。私を殺せないことへの怒りか、処刑が進まない事の困惑か。
ドン! ドン!
ギロチンの正面――私が出てきた拘置所――から、野太い衝突音が聞こえた。
よく見れば拘置所の二階の窓が割れている。
犯人は分かった。
「おいキズナ‼ ぐったりしてるってまさか……」
「はい、拘置所の中の事です」
「ドアホ! 何でそれを早く――」
ボーーン‼
爆発音のような音と共に、帝国一の大きさを誇る拘置所の鉄の門扉が、爆撃を受けたようにいびつな形を形成していた。
ギギッと不愉快な音を立てて、左の扉だけゆっくりと開く。しばらくすれば左の扉も動き出した。
同じ音を立てて開いた扉は、全開と共に鉄屑と化した。
「構え」
その場にいた警官は銃を拘置所に構える。また何人かは法務大臣を守るように前に立つ。
私はそのせいで何も見えない。ただ、あんな芸当が出来る人は、奴しかいない。
「……馬鹿だな、本当にアイツは」
これで本当に犯罪者になってしまうというのに、全く。
「お下がりくださいミツリガ大臣。精神異常者の可能性も――」
「ウガァァァァ‼」
地鳴りとも形容できる戦士の咆哮が、雨空の処刑上に響き渡った。
誰も分からない狂人の正体に、観衆は命の危険を察知し、悲鳴が上がる。
「もういい、早く放て‼ アイツもいずれ殺すものであろう。早く殺せ‼」
ミツリガの一声により、警察官の臨時処刑が始まった。特殊魔法と銃の集中攻撃を仕掛け、大小問わずに人を殺すための発砲音が雨の音よりも大きくこだまする。
耳を劈き鼓膜を突き破るような爆発音。
激しい攻撃魔法を受ければ普通の人間は死んでいる。防御魔法も耐久の限界があり、平均的なシールドは耐えられない。
そんな常識、彼女にとっては何の役にも立たない。
「……もう一度撃て‼」
再度仕掛けても同じこと、体力と武器の劣化を早めるだけ。
私には状況が見えないが、拘束状態でも分かる、警察官が吹き飛んでいく哀れな姿。
バカと天才には、普通など通用しない。
「バ……化け物かよ。あんな魔法——ヒャッ⁉」
ハーツの襟首を左腕で掴んだ化け物。目新しい傷一つない身体、片腕に持っているのは小柄な警察官、瞳孔が開いた眼。
さっきまでの威勢は何処へと、泣きそうになるハーツ。
警察の見せる顔じゃないだろと、心の中で毒を吐いた。
「ウチの旦那様に何してくれてんだ」
化け物は、私が一番知っている変態だった。
先ほどから雨が猛威を振るい、観覧するものも、執行人も疲労の色が見える。私も洗礼を浴びているが、一粒が大きく当たると痛い。耳を雨に噛まれている。
濡れた木と錆びれた鉄の匂いが、雨の匂いと混ざる。よほどメンテナンスをされていないのだろう。私が死んだ後もこのギロチンは、過労を虐げられるのだろうか。
私の前に立っていたミツリガが、こちらを打見した。死がもうすぐだというのに、喚き声の一つも上げないのを気味悪っているのか。
これからの流れは定型的だ。再度、罪人が犯した罪を述べる。その際「目に余る」や「極刑に値する」、「看過できない」といった紋切りを述べて、罪と罰のバランスを平等だと認識させるのが一つのテクニック。
法務大臣が右手を上げると、刃がゆっくりと上っていく。本来はすでに取り付けられているが、エンタメとしての見せ場を作るために、このような手法をとっている。
これが見事に当たり、観客はこれを楽しみとしている。
そして腕が下がると、ギロチンの刃が首元めがけて振り落とされる。観衆は興奮と絶叫をこれでもかというほど上げる。
その後は意外に思うかもしれないが、何事も無かったかのように退散する。人によっては死体を見た後に食事を始める人もいるくらい。
あとは執行人が後始末をするのみで、意外にも処刑はあっけないモノだ。
「……ん?」
ふと思う。
私はいったい何の罪で裁かれることになるのか。
もしも革命が起きたことによる一層排除だというなら、官僚全員が処刑されないといけない。
しかしミツリガは生きている。その系譜は考えにくい。
自分事だというのに、なんだか気になった。
「被告、オルフェ・モンテスキュー。貴様の立場を利用した傍若無人な振る舞い、および政治的混乱と国民の困窮を招いた私利私欲の数々、到底看過できるものではない。今日ここに、わたくし法務大臣ミツリガ立会いのもと、ギロチン処刑を実行する‼」
こんな雨の中でもよく聞こえる、彼の不愉快な中年特有のキリキリ声。
一拍遅れて、観衆の喜びに満ちた悲鳴が響き渡った。
「早くしてよ……」
触っていなくても心臓の鼓動が速いのがわかる。今更ながら恐怖心が芽生えていた。一方で頭は冷静だった。これは悟りか、諦めか。
ミツリガがこちらに身体を向けると、私を焦らして遊んでいるように、間を持って右手を上げた。
後ろから男の「よいしょ」と声が聞こえ、微かに甲高い耳障りな音が聞こえる。
雨の音に混じって聞こえる、老いたギロチンの悲鳴。パラパラと音を立て、顔や髪に木屑が降りかかった。
男の野太い声が聞こえるたびに、どんどん雨が強くなっていっている。そんな気がした。
「最後だ、よいしょ!」
本気を底からたぐり寄せる声を吐いた。
その頃には景色も音も感覚も、雨にかき消された。
「ギロチンが、飛んだ……?」
死ぬ運命から私が逃れたことも、雨の仕業で分からなかった。
ギロチンが、飛んだ?——意味が分からない。だけどこの場に何かが起きたことを、周りのざわめきが私にも教えている。
「おい」
前髪を掴んで私の首を持ち上げる金髪の婦警。ギロチンの枷が見事にはまっているから、首下に板のとげが突き刺さる。
私と同じ目線に座り込む。猛禽類の視線は、死ぬ直前の走馬灯に浮かんできそうだ。
「何をした、さもなければここで脳天を……」
脅迫か衝動か、私の口に拳銃を突っ込む。プラスチックの味が広がり、涎が隙間から零れ落ちた。
「ハーツ先輩、大変です! 仲間が!」
「何事だ、要件は手短に……」
私のピンチは突然現れた男の叫びによって難を逃れた。
「皆ぐったりと気絶していて、ぐったりと倒れ込んでいます。こんなことは異常です」
「お前は……犯人を見たとか――」
彼は悲しい表情を浮かべて、すみませんと頭を垂れた。
時間を増すたびに会場のざわつく音量が大きくなる。私を殺せないことへの怒りか、処刑が進まない事の困惑か。
ドン! ドン!
ギロチンの正面――私が出てきた拘置所――から、野太い衝突音が聞こえた。
よく見れば拘置所の二階の窓が割れている。
犯人は分かった。
「おいキズナ‼ ぐったりしてるってまさか……」
「はい、拘置所の中の事です」
「ドアホ! 何でそれを早く――」
ボーーン‼
爆発音のような音と共に、帝国一の大きさを誇る拘置所の鉄の門扉が、爆撃を受けたようにいびつな形を形成していた。
ギギッと不愉快な音を立てて、左の扉だけゆっくりと開く。しばらくすれば左の扉も動き出した。
同じ音を立てて開いた扉は、全開と共に鉄屑と化した。
「構え」
その場にいた警官は銃を拘置所に構える。また何人かは法務大臣を守るように前に立つ。
私はそのせいで何も見えない。ただ、あんな芸当が出来る人は、奴しかいない。
「……馬鹿だな、本当にアイツは」
これで本当に犯罪者になってしまうというのに、全く。
「お下がりくださいミツリガ大臣。精神異常者の可能性も――」
「ウガァァァァ‼」
地鳴りとも形容できる戦士の咆哮が、雨空の処刑上に響き渡った。
誰も分からない狂人の正体に、観衆は命の危険を察知し、悲鳴が上がる。
「もういい、早く放て‼ アイツもいずれ殺すものであろう。早く殺せ‼」
ミツリガの一声により、警察官の臨時処刑が始まった。特殊魔法と銃の集中攻撃を仕掛け、大小問わずに人を殺すための発砲音が雨の音よりも大きくこだまする。
耳を劈き鼓膜を突き破るような爆発音。
激しい攻撃魔法を受ければ普通の人間は死んでいる。防御魔法も耐久の限界があり、平均的なシールドは耐えられない。
そんな常識、彼女にとっては何の役にも立たない。
「……もう一度撃て‼」
再度仕掛けても同じこと、体力と武器の劣化を早めるだけ。
私には状況が見えないが、拘束状態でも分かる、警察官が吹き飛んでいく哀れな姿。
バカと天才には、普通など通用しない。
「バ……化け物かよ。あんな魔法——ヒャッ⁉」
ハーツの襟首を左腕で掴んだ化け物。目新しい傷一つない身体、片腕に持っているのは小柄な警察官、瞳孔が開いた眼。
さっきまでの威勢は何処へと、泣きそうになるハーツ。
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