この世界には縁がない

病好蛾蝶

文字の大きさ
上 下
17 / 26
第三章:世界の裏側には縁がない

最後の演説

しおりを挟む
 私の処刑方法は、どうやら公開によるギロチンらしい。怒号と歓声が飛びかう三百何十度の衆人環視。上空に輝く、見ただけで太さを感じる刃。
ここに来た観客たちは、私の首が刎ねるところをどういう感じで身に来たのだろう。

 興味本位で来た者、ワクワクしている者、私が嫌いな者、歴史の目撃者となりたい者。多様な思いが大きな熱となり塊となり、耳障りな非日常を作りだしている。
皆は処刑を一種のエンタメとしているようだが、私は好きになれない。権力者になり処刑方法の変更を模索したが、これも実行する前に失墜してしまった。

「とっとと歩け!」

 強く引っ張られ再び歩き始めた。一歩ずつ、足裏に刺さる小石の痛みに、不思議なくらいに気を取られる。

 観客たちの声は大きくなり、野太い声が益々と黄色い歓声に変わる。

 私は、処刑台が設置されている舞台の檀上まで連れていかれ、そこに座るよう命じられた。

 今からギロチンの最終調整、そして神への祈りが行われるのであろう。

 ふいに私は客席の方を見渡す。さすがに前皇帝の処刑ともあってか、見物人は多い。座って、階段で立って、奥で立ち見、箱詰め状態だ。

「早く殺せ‼」

「とっとと処刑を始めろ‼」

「死ね! 死ね! 死ね!」
時々聞こえてくる、自分への非情な言葉。ああ、これが今まで私が開墾してきた道なのか。なんだか空しい。

「彼女は来ていないのか……?」
 ふとそう思った。なんてことのない、小さなことだが、私の心を染め上げる。私をあれほどまで恨んでいた人間が、この機を逃すとは考えられない。違和感の確信があった。もう一度見渡す。彼女の姿は、らしきものも見当たらなかった。
死の直前だというのに、変な女だ。

 パンパン

 声ではない甲高い音がしたほうに振り向くと、墨のような色のスーツを羽織った、小太りの男性が一人。顔が岩壁のように大きく、剥き出しな目が風貌の悪さを感じさせる。
私はその顔を忘れるはずがなかった。思わず立ち上がろうとする私の肩をがっちりと取り押さえ、地面に叩き潰す看守たち。
 私が皇帝として間もないころ、最もそばに置いていた補佐役。反乱の際にも私のそばで、見の安否を第一に心配してくれた。

 彼の名前が呼ばれると、私の目の前に立って客席へ丁寧に頭を下げた。

「皆様、ご紹介にあずかりました。法務大臣のミツリガです。皆様、これより栄えある暴虐の根源、オルフェ・モンテスキューの公開処刑を始めさせていただきます。心の準備はよろしいですか?」

 その言葉が合図となったのか、衆人は狂乱した。中には泣く者、服を脱ぎ捨てる者もいる。

 私の信じていたものが、何かが壊れたような気がした。私の全てを、変えたかった常識をあざ笑われ、自分が消えていくような気がした。
気のせいと言いたかったが、私は看守に注意をされた。「笑うな」と。私は無意識に笑っていた、隠すことが出来なかった溢れる心の想い。上手く笑えていなかっただろう。

 私の心などつゆ知らず、観衆を湧き立てる美辞麗句を並べる。

「しかし皆様、朽ちてもサクラというように、この女は愚かなりにも前皇帝。皆様国民に対して最後のスピーチをさせてあげたいと思うのが、私の所存なのです。どのような人間が、どのような思いで、どのような考えで、この国を一時的にも、地獄の底へと突き落としたのか。皆様で証人となろうではありませんか」

 戸惑いを包んだ静寂が、泡がはじけたように突き破られた。またもや盛り上がる衆人、満足げに手を頭より高く振りかざし、一瞥する法務大臣・ミツリガ。

 祖国では重罪人の処刑は基本的に法務大臣が執り行っており、このような公開処刑では、実際に執行される様を見届けるおかしな不文律が存在する。つまりはそういう事だろう。

 私は鋭く睨みつけていた。これはミツリガへの恨みだけではない。
 口だけのまやかしに妄信する国民にも、そんな人間を大臣に任命した国にも、疑わずに信頼していた当時の自分にも。

 こんな奴に……こんな奴に……

「おい貴様、ミツリガ大臣の最後の情けだ。言いたいことがあれば言え」

 マイクスタンドの前に立たされる。何も話したいことは無い。

 波が引いたように、観衆がスッと遠くなっていった。

 軽蔑と嘲笑が入り混じった目に、照らされているような気がした。

 こんなところでモーリスの減刑を望んだところで、かえって悪化するのは目に見えている。

「皆様、お集まりいただき、ありがとうございます」

 私が絞り出して抽出した声は、観衆の怒号にかき消された。

 観衆は聞く耳など持っていない。皆が聞きたいのは、無様な女の許し乞いだろう。

 そんな姿を見ていると、心を染めていた黒い霧が、喉元まで上がってくるような気持だった。
「私は二十一歳の時に、反乱に遭い投獄されました。皆様の視点では革命と言うのでしょうが、政治的立場に立っていた私からは、反乱と統一させていただきます」

 最初からこの反乱に意味は無かった。自分で言うのも無責任だが、私が皇帝に載冠した歳は十六。高等修学院に入ったばかりの本物の世間知らず。国の運営が簡単に務まるわけが無い。

「私は、たくさんの人々に支えられました。皇帝として、一人の国を愛する者として、緊張や不安と戦いながら、尽力してきました。しかし、私は皆さまの期待を裏切り、より良い国を作ることは出来ませんでした」

 唐突に身を引いた父の後釜として、国家元首として総覧すべき人間が必要だった。それがどんな幼子だったとしても。

「私は皆さまが期待するような皇帝になれず、苦しめてしまったことをここに、深くお詫び申し上げます」

 ミツリガはチラチラと腕時計を確認している。早く帰りたいのか、処刑時間が迫っているのか分からない。
 それでも今宵限りは、私の暴走に巻き込まれてもらう。

「そしてここで、ミツリガ法務大臣にも、改めてお礼を述べたいと思います。彼は私が国政に参加して間もないころ、右も左も分からない私に色々なことを教えていただきました」

 猛暑でもない今日この頃に、彼の顔は汗で潤っていた。おおかた、私との関係を聞かれた際に、保身的なことを言っていたのであろう。もしくは関係ないとか。

 話を変えるために、一つ咳をして再度注目を集める。影にいるのが好きだった私が、皆の注目を浴びるのに何の苦痛も無かった。

「齢十六歳の私に、多くの政治的、国際的判断を尋ねられました。私が指示した内容は全て、次の日に実施され、国民の皆様や国家に多大なる影響を与えてきました」

 その座が世襲制以外認められないのであれば、皇帝の席を空席にしておけばよかった。

「まぁ、中には私が目も通していない計画もありましたが」
 それは出来なかった。憲法の問題でも、責任の問題でも、裁量権の問題でもない。

「私は、政治は美しく高貴な仕事だと考えていました。一年も経たないうちに崩されました」
 国民に絶対服従を促すため。

「私は、大人の言うことを聞いていれば、より良い国になると考えていました。上手く利用されただけでした。」
 自分たちの責任を追いやるため。

「皇帝となれば、自分が理想とする美しく、より良い国が生まれると考えていました。私に実権はありませんでした。ただの傀儡でした」
 だから必要だった、どんな泥舟でも。

「ずっと知りたかった。私が皇帝になった理由を、取り返しがつかなくなった理由を」
――私が、生きた理由を

 大きく、肺に息を入れる。今まで封じ込めていた心の声が、絶望の情景が、裏切られた痛みが、イカロスの翼のように大きく広がっていく。

 これまで述べたどの演説よりも、力が入った気がした。

「私はただ、ただ」

 まず、豊かな国を望んだ。人種差別、身分主義、出生格差、教育格差……生活関する問題は多い。一刻も早く解決したかった。
「国民が、幸せになることを望んでいました」

 次に、争いのない国を望んだ。侵略と違法に近い対外政策、隣国との関係、歴史的問題、デモ……デリケートな問題は多かった。それでも、争いは防がなければいけない。そう思っていた。
「この国を、平和にしたかった」

 そして、純粋な国を望んだ。派閥、癒着、賄賂、出世争い……国民の悲鳴そっちのけで、自身の保身と将来のために奔走する大人たち。
一生身分が確定している私には分からない悩みかもしれない。
それでも、それで振り回される約五千万人の犠牲者の事を思うと、決して見過ごせる問題ではなかった。
「腐敗した政治を、変えたかった」

 そして、この国を強くしたかった。魔法に依存する文明、横ばいの経済成長率、進歩のない化学発展、外国依存の食料貿易……少しでもいい、この国を一歩だけでも、前に進ませたかった。
「そんな国を、もう一度愛したかった」

 そうか、そうか、そうだったのか。だから私は、あの国を羨ましいと、思っていたんだ。

 すべてが自分の中で解決した時、心と頭が解放されたような気持になる。
 観衆のざわつきが広がっていった。白昼夢にいた私にもわかった。魔女を見たような、何か恐ろしいモノを見たように。

 その後何を話したかは覚えていない。最後の一言を除いて。

「ありがとう、そしてお疲れ。民主主義、万歳」
 もうすぐ雨が降りそうだ。誰の涙の結晶なのか、私にはわからない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

異世界にアバターで転移?させられましたが私は異世界を満喫します

そう
ファンタジー
ナノハは気がつくとファーナシスタというゲームのアバターで森の中にいた。 そこからナノハの自由気ままな冒険が始まる。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

処理中です...