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第三章:世界の裏側には縁がない
素人
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独房が先ほどよりも狭く感じる。
どうしたところで、私の処罰は避けられない。革命が成功したのであれば、前時代の権力者は生きてはいけないのだ。
私の死罪は甘んじて受け入れる。そもそも、今まで生きていたことが、間違いだったのだから。
「ふざけんなよコンチクショウ……ぶっ殺すぞコンチクショウ……」
それでもモーリスだけは逃がしてあげたい。だけど、独房に収容されている時点で、未来は詰んでいるようなものか。
……なにかが引っかかる。部屋をもう一度見渡す。狭い部屋、丸見えのトイレ、どれを見ても独房に間違いない。
独房――単独室――だけど目の前には、真実を告げられ、放心状態の同居人がいる
「ごめんモーリス、目を覚まして、モーリス」
肩を揺らし、太ももを叩き、彼女に刺激を与え続け――一瞬目が合うと、鉛のように重い平手打ちが頬に飛んできた。
モーリスが一人の世界から無事に帰還した。
私はモーリスに向き合い、出来るだけかみ砕いて説明した。この簡単な矛盾が生まれている今のおかしさを。
「こんなの初心者でしか考えられないミスだよ。少なくとも、私のころはこんなこと無かった」
話し終わるとモーリスは、左上に顔を向けた。う~ん……と何かを考えている姿は、初めて見た気がする。
「そういえばウチ、最初刑務所にいたんですよ」
モーリスは、ここに運ばれる前の出来事を話し出した。
「そこマジで最悪でしたよ。飯はまじぃ、臭いはくせぇ、おまけに拘束具でガッチャガチャ。地獄ですよ、本当の地獄」
「私が知らない間そんなことに……大丈夫だったの? というより、何でここにいるの?」
「殴られたわけじゃないですけど、動けないのは苦しかったですね」
「それは良かった。ただでさえ怪我してたから、これ以上ひどくなると大変だし……それで、何でここにいるの?」
「外で警官がギャーギャー騒いでて、うるせぇなと思ってたら、ドアがバンと開いて。警官がゾロリゾロリ」
「……拷問?」
「ウチもそうだと思って、噛みつこうと思ったら急に眠くなって、気づいたらここに」
「それは、罪が重くなったとかでもなく?」
「全然‼ それどころか裁判すらやってませんよ」
考えられないような話だった。
たとえ私のように罪状が明確だとしても、形式だけの裁判は行うはずだ。私が統治していた頃よりも、酷くなっているような気がする。
私が考えに耽っていると、格子からガンガンと鈍い音が響いた。
二人の警察官が立っていた。一人は大柄な男性で、もう一人は金髪の女性。
格子に飛びつくモーリスを傍目に、大柄な刑務官が咳を払う。
「オルフェ・モンテスキュー、外へ出ろ。猛犬は下がれ」
……ああ、そうか。もうこの時が来たんだ。
彼女の刑務所と同じで早すぎるが、私なら当然か。
門前にいたモーリスを警棒で一突き。体躯を存分に使ったからか、顔を仕留められたからか、モーリスは軽く吹っ飛んだ。
「大丈夫? もう、勝手なことをするから」
「でも、でも……」
「おとなしくしていたら、あなたが善人だってことは証明されるから。過剰に喧嘩するのはあなたの悪い癖」
モーリスは不貞腐れながらも、分かってくれたようだ。
そんな姿を見て涙が溢れ出そうだった。心が叫んでいる、久しぶりに芽生えたこの感情。なるほど、これが生命本能というものか。
なんて愚かで、浅ましい。
独房の外に出る前、私はモーリスに抱き着いた。自分からこうした行動をとるのは、恐らく初めてだと思う。
「ごめんね、モーリス」
囁いてから、私は独房の外に出た。重い扉が閉まる音と同時に聞こえる、何度も聞いた声での絶叫。
腕に手錠が掛けられる、黒くて重くて太い。そして首輪も装着された。リード付きとみるに、これを引っ張って連行するのだろう。
「ではついてこい。無駄な抵抗はするなよ」
巨大な腕でリードを引っ張ると、後ろから押されたように、勢いよく身体が持っていかれる。
「勿論です。もうこうなる運命だと、自覚していましたから」
心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、一歩、また一歩と、長い廊下を進んでいった。
どうしたところで、私の処罰は避けられない。革命が成功したのであれば、前時代の権力者は生きてはいけないのだ。
私の死罪は甘んじて受け入れる。そもそも、今まで生きていたことが、間違いだったのだから。
「ふざけんなよコンチクショウ……ぶっ殺すぞコンチクショウ……」
それでもモーリスだけは逃がしてあげたい。だけど、独房に収容されている時点で、未来は詰んでいるようなものか。
……なにかが引っかかる。部屋をもう一度見渡す。狭い部屋、丸見えのトイレ、どれを見ても独房に間違いない。
独房――単独室――だけど目の前には、真実を告げられ、放心状態の同居人がいる
「ごめんモーリス、目を覚まして、モーリス」
肩を揺らし、太ももを叩き、彼女に刺激を与え続け――一瞬目が合うと、鉛のように重い平手打ちが頬に飛んできた。
モーリスが一人の世界から無事に帰還した。
私はモーリスに向き合い、出来るだけかみ砕いて説明した。この簡単な矛盾が生まれている今のおかしさを。
「こんなの初心者でしか考えられないミスだよ。少なくとも、私のころはこんなこと無かった」
話し終わるとモーリスは、左上に顔を向けた。う~ん……と何かを考えている姿は、初めて見た気がする。
「そういえばウチ、最初刑務所にいたんですよ」
モーリスは、ここに運ばれる前の出来事を話し出した。
「そこマジで最悪でしたよ。飯はまじぃ、臭いはくせぇ、おまけに拘束具でガッチャガチャ。地獄ですよ、本当の地獄」
「私が知らない間そんなことに……大丈夫だったの? というより、何でここにいるの?」
「殴られたわけじゃないですけど、動けないのは苦しかったですね」
「それは良かった。ただでさえ怪我してたから、これ以上ひどくなると大変だし……それで、何でここにいるの?」
「外で警官がギャーギャー騒いでて、うるせぇなと思ってたら、ドアがバンと開いて。警官がゾロリゾロリ」
「……拷問?」
「ウチもそうだと思って、噛みつこうと思ったら急に眠くなって、気づいたらここに」
「それは、罪が重くなったとかでもなく?」
「全然‼ それどころか裁判すらやってませんよ」
考えられないような話だった。
たとえ私のように罪状が明確だとしても、形式だけの裁判は行うはずだ。私が統治していた頃よりも、酷くなっているような気がする。
私が考えに耽っていると、格子からガンガンと鈍い音が響いた。
二人の警察官が立っていた。一人は大柄な男性で、もう一人は金髪の女性。
格子に飛びつくモーリスを傍目に、大柄な刑務官が咳を払う。
「オルフェ・モンテスキュー、外へ出ろ。猛犬は下がれ」
……ああ、そうか。もうこの時が来たんだ。
彼女の刑務所と同じで早すぎるが、私なら当然か。
門前にいたモーリスを警棒で一突き。体躯を存分に使ったからか、顔を仕留められたからか、モーリスは軽く吹っ飛んだ。
「大丈夫? もう、勝手なことをするから」
「でも、でも……」
「おとなしくしていたら、あなたが善人だってことは証明されるから。過剰に喧嘩するのはあなたの悪い癖」
モーリスは不貞腐れながらも、分かってくれたようだ。
そんな姿を見て涙が溢れ出そうだった。心が叫んでいる、久しぶりに芽生えたこの感情。なるほど、これが生命本能というものか。
なんて愚かで、浅ましい。
独房の外に出る前、私はモーリスに抱き着いた。自分からこうした行動をとるのは、恐らく初めてだと思う。
「ごめんね、モーリス」
囁いてから、私は独房の外に出た。重い扉が閉まる音と同時に聞こえる、何度も聞いた声での絶叫。
腕に手錠が掛けられる、黒くて重くて太い。そして首輪も装着された。リード付きとみるに、これを引っ張って連行するのだろう。
「ではついてこい。無駄な抵抗はするなよ」
巨大な腕でリードを引っ張ると、後ろから押されたように、勢いよく身体が持っていかれる。
「勿論です。もうこうなる運命だと、自覚していましたから」
心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、一歩、また一歩と、長い廊下を進んでいった。
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