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第三章:世界の裏側には縁がない
地獄へようこそ
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『地獄の業火で焼かれちまえ!!!』
『オルフェ皇帝の処刑を求めます』
『皇帝はいらない! 平和を取り戻せ!』
私が住んでいた国から、大音量のノイズと聖者の行進が、絶えなくなった日は覚えている。経済衰退、不当処刑、政治腐敗、侵略政策……この国の醜い裏側がオモテに出れば、全ての責任は皇帝へと注がれた。
真実を知ったその日、友達だった私も矛先を向けないわけにはいけなかった。革命運動から始まり、インテリの経歴を買われて、化学に基づいた魔法改造や薬品の製作に尽力した。
その尽力あってか革命は成功を収め、私は一定の構成を認められ、軍部隊長に就任した。本業と軍部は全く接点無かったが、評価されるのであれば、故郷が保護されるのであれば私に断る理由は無かった。
このまま敷かれている道を歩むことが出来れば、私も仲間も幸せになれると信じて疑いたのに、彼女の言葉が私を狂わせた。
「逃げて……貴女だけでも」
私が作り上げていた姿はそこにはいなかった。運動と共に作り上げていた偶像が壊れていく。私は昔に半年間、そして数か月間、素の姿に触れていたのだ。
卑下屋で、弱虫で、愚直で、優しい。こんな彼女があれだけの愚行を一人で行えるのか?
今思えばこの革命は『皇帝の処刑』を唱えていただけで、本物の改革は一度も願われていない。
今まで信じていたものを信じるか、この目で見たものを信じるか。
……もう一度、検討の余地がある。そしてもう一つ、私も見落とし、本人も気づいていない呪いの力も研究しなければ。
今日から私は、暫くの間無断欠勤をしよう。私は軍人になってから初めて、自分の研究室に足を踏み入れた。
―――
目が覚めると薄暗い灰色の壁が。
私が眠りにつく前の記憶が殆ど飛んでいる。ただ全身に強烈な痛みが走って、身体を動かすのがしんどい。
「旦那様」
静かに、そして低い声が聞こえた。声の方に視線を向けると誰かが座っていた。片膝立てて微動にしないが、表情から察するに「ああ、怒っている」と理解が出来る。
「私たち、何がどうかしたの、です……か?」
「……え、ウソでしょ、え、悪い冗談ですよね……」
声に焦りがはらんでいるが、彼女はどうして焦っているのだろう。
というより、この子は誰だ?
「起きたかクズ共」
唐突に聞こえた声に驚くと、隣にいた人は雷のスピードで私を飛び越えた。
……あ、モーリスだ。ようやく色々なことがスッとなってきたところ、隣にいた人の名前が出てきた。
よく見るとモーリスの前には鉄格子が設置されている。あんな国にも刑務所があったのか、意外にそういう施設はちゃんとしているのか。
でも何でここにいる、私?
「とっととここから出せブス‼」
さっきまで怒鳴っていたモーリスの、一際大きい叫び声が意識を引き寄せた。
よく見ると私は収監されているし、反対側の小窓から見える空には見覚えがある。私の知っている限りの情報では、おどろおどろしいうず巻いた、紫色の空は一か所だけ。
まさか⁉ まさかそんなことがある訳ない。
「……帝国?」
心臓の鼓動が早く刻まれていく。少ししか見えない、空が遠く、広く見えていく。
ガゴンと重い鉄の音が響いて、私の心は平静を取り戻した。
「我が国を昔の名前で言うことは禁止となっている」
「うるせぇ糞ブス‼ ぶち殺してやるからここを出せ!」
モーリスの感情など端にもかけず、看守はスッと去っていった。呻き声を間近で聞いているのに、固い靴の音が良く聞こえる。
私が収監されていた時から今までの情報は何も知らない。完全な情報統制が敷かれて、何年閉じ込められていたのも分からない。
私が知らない間に何が行われていたというのか?
ガンガンガン!
後ろから凄い物音がする。振り向くとモーリスが、鉄格子を思いっきり蹴っていた。
「おい貴様、まだ反抗する気か」
「てめぇに従う気なんてねぇんだよ。とっとと出せこの野郎」
深い怒りが垣間見える。人蹴りごとに大きく、重く、鼓膜が震えるような音に変わっていく。
だがこれ以上反抗すれば、私とともに処刑されてしまうかもしれない。
「モーリス、私はまだ把握出来ていない。今この状況を教えてくれ」
モーリスは即座に、軍隊仕込みの力強さで私に抱き着いてきた。
「ようやく正気を取り戻したんですね! さっきは死んでやろうと思ったほどで……」
その後の言葉は何も入ってこなかった。声が小さくなり聞き取れない。
彼女の身体から漂う血の匂いが、私の鼻腔を擽り、記憶を呼び覚まそうとする。
「モーリス」
だけどこれだけは言わないといけない。彼女の本音でも、私にとっては辛いことだから。
「はい、旦那様」
「私と約束して欲しい、冗談でもそんなことは言わないでくれ」
数秒の沈黙が流れた後、モーリスは床に頭を着けた。
彼女はそのまま、何も発しなかった。私はそれを、ただただ黙ってみていただけだった。
―――
モーリスの話を整理する。
ゴッホは実は裏切り者だった。(何となく察していたが)
ゴッホと戦って、敗北した。
私たちがいる場所はアリーファ拘置所。(帝国の中で一番大きく古い)
帝国は帝国主義から民主主義国家となっている。
モーリスは革命の際に国家軍に入っていた。その後、国外追放をくらう。
細かいところもあったが、大きく纏めれば結構凄まじいことが起きていたらしい。
「想像以上に大変なことが……ごめん、私のせいで」
モーリスが慌てたような身振りで弁明する。
「旦那様のせいではないですよ‼ そもそも、そもそも……ね! ホラ、あれですよ」
ハハハ……と苦笑いを浮かべているから、何も言葉を出てこないのだろう。
そのリアクションが教えてくれた。私が今までやってきた、罪の深さを。
「ごめん……ごめん」
理解出来ない涙が、こぼれ落ちそうになった。
「とりあえず、裁判でウチらの無罪を勝ち取ればいいでしょ‼」
闇の海底に沈んでいた私を、モーリスは必死に持ち上げようとしてくれた
しかし、私たちの今身に纏っている衣装と、独房に入れられていることから、私は一つの核心を得ていた。
それはモーリスにとって、苦しい真実。
「モーリス、本当に、ごめんなさい」
「大丈夫ですって旦那様、いざとなったらぶん殴ってでも無罪を――」
「そういう事じゃないんだ」
本当に情けなく思う。自分ごとに大事な、友達を一人、巻き込んでしまったことが。
何のことか分かっていない彼女は、首を傾げて呆けた顔を浮かべている。
「拘置所の独房は、死刑囚だけが入る所なんだ」
モーリスは私の肩を力強く掴み、敵兵に追い詰められたような顔を浮かべていた。
そんな彼女の顔をずっと見ることは出来なかった。自分の左手首を、片方の手で強く握りしめた。
『オルフェ皇帝の処刑を求めます』
『皇帝はいらない! 平和を取り戻せ!』
私が住んでいた国から、大音量のノイズと聖者の行進が、絶えなくなった日は覚えている。経済衰退、不当処刑、政治腐敗、侵略政策……この国の醜い裏側がオモテに出れば、全ての責任は皇帝へと注がれた。
真実を知ったその日、友達だった私も矛先を向けないわけにはいけなかった。革命運動から始まり、インテリの経歴を買われて、化学に基づいた魔法改造や薬品の製作に尽力した。
その尽力あってか革命は成功を収め、私は一定の構成を認められ、軍部隊長に就任した。本業と軍部は全く接点無かったが、評価されるのであれば、故郷が保護されるのであれば私に断る理由は無かった。
このまま敷かれている道を歩むことが出来れば、私も仲間も幸せになれると信じて疑いたのに、彼女の言葉が私を狂わせた。
「逃げて……貴女だけでも」
私が作り上げていた姿はそこにはいなかった。運動と共に作り上げていた偶像が壊れていく。私は昔に半年間、そして数か月間、素の姿に触れていたのだ。
卑下屋で、弱虫で、愚直で、優しい。こんな彼女があれだけの愚行を一人で行えるのか?
今思えばこの革命は『皇帝の処刑』を唱えていただけで、本物の改革は一度も願われていない。
今まで信じていたものを信じるか、この目で見たものを信じるか。
……もう一度、検討の余地がある。そしてもう一つ、私も見落とし、本人も気づいていない呪いの力も研究しなければ。
今日から私は、暫くの間無断欠勤をしよう。私は軍人になってから初めて、自分の研究室に足を踏み入れた。
―――
目が覚めると薄暗い灰色の壁が。
私が眠りにつく前の記憶が殆ど飛んでいる。ただ全身に強烈な痛みが走って、身体を動かすのがしんどい。
「旦那様」
静かに、そして低い声が聞こえた。声の方に視線を向けると誰かが座っていた。片膝立てて微動にしないが、表情から察するに「ああ、怒っている」と理解が出来る。
「私たち、何がどうかしたの、です……か?」
「……え、ウソでしょ、え、悪い冗談ですよね……」
声に焦りがはらんでいるが、彼女はどうして焦っているのだろう。
というより、この子は誰だ?
「起きたかクズ共」
唐突に聞こえた声に驚くと、隣にいた人は雷のスピードで私を飛び越えた。
……あ、モーリスだ。ようやく色々なことがスッとなってきたところ、隣にいた人の名前が出てきた。
よく見るとモーリスの前には鉄格子が設置されている。あんな国にも刑務所があったのか、意外にそういう施設はちゃんとしているのか。
でも何でここにいる、私?
「とっととここから出せブス‼」
さっきまで怒鳴っていたモーリスの、一際大きい叫び声が意識を引き寄せた。
よく見ると私は収監されているし、反対側の小窓から見える空には見覚えがある。私の知っている限りの情報では、おどろおどろしいうず巻いた、紫色の空は一か所だけ。
まさか⁉ まさかそんなことがある訳ない。
「……帝国?」
心臓の鼓動が早く刻まれていく。少ししか見えない、空が遠く、広く見えていく。
ガゴンと重い鉄の音が響いて、私の心は平静を取り戻した。
「我が国を昔の名前で言うことは禁止となっている」
「うるせぇ糞ブス‼ ぶち殺してやるからここを出せ!」
モーリスの感情など端にもかけず、看守はスッと去っていった。呻き声を間近で聞いているのに、固い靴の音が良く聞こえる。
私が収監されていた時から今までの情報は何も知らない。完全な情報統制が敷かれて、何年閉じ込められていたのも分からない。
私が知らない間に何が行われていたというのか?
ガンガンガン!
後ろから凄い物音がする。振り向くとモーリスが、鉄格子を思いっきり蹴っていた。
「おい貴様、まだ反抗する気か」
「てめぇに従う気なんてねぇんだよ。とっとと出せこの野郎」
深い怒りが垣間見える。人蹴りごとに大きく、重く、鼓膜が震えるような音に変わっていく。
だがこれ以上反抗すれば、私とともに処刑されてしまうかもしれない。
「モーリス、私はまだ把握出来ていない。今この状況を教えてくれ」
モーリスは即座に、軍隊仕込みの力強さで私に抱き着いてきた。
「ようやく正気を取り戻したんですね! さっきは死んでやろうと思ったほどで……」
その後の言葉は何も入ってこなかった。声が小さくなり聞き取れない。
彼女の身体から漂う血の匂いが、私の鼻腔を擽り、記憶を呼び覚まそうとする。
「モーリス」
だけどこれだけは言わないといけない。彼女の本音でも、私にとっては辛いことだから。
「はい、旦那様」
「私と約束して欲しい、冗談でもそんなことは言わないでくれ」
数秒の沈黙が流れた後、モーリスは床に頭を着けた。
彼女はそのまま、何も発しなかった。私はそれを、ただただ黙ってみていただけだった。
―――
モーリスの話を整理する。
ゴッホは実は裏切り者だった。(何となく察していたが)
ゴッホと戦って、敗北した。
私たちがいる場所はアリーファ拘置所。(帝国の中で一番大きく古い)
帝国は帝国主義から民主主義国家となっている。
モーリスは革命の際に国家軍に入っていた。その後、国外追放をくらう。
細かいところもあったが、大きく纏めれば結構凄まじいことが起きていたらしい。
「想像以上に大変なことが……ごめん、私のせいで」
モーリスが慌てたような身振りで弁明する。
「旦那様のせいではないですよ‼ そもそも、そもそも……ね! ホラ、あれですよ」
ハハハ……と苦笑いを浮かべているから、何も言葉を出てこないのだろう。
そのリアクションが教えてくれた。私が今までやってきた、罪の深さを。
「ごめん……ごめん」
理解出来ない涙が、こぼれ落ちそうになった。
「とりあえず、裁判でウチらの無罪を勝ち取ればいいでしょ‼」
闇の海底に沈んでいた私を、モーリスは必死に持ち上げようとしてくれた
しかし、私たちの今身に纏っている衣装と、独房に入れられていることから、私は一つの核心を得ていた。
それはモーリスにとって、苦しい真実。
「モーリス、本当に、ごめんなさい」
「大丈夫ですって旦那様、いざとなったらぶん殴ってでも無罪を――」
「そういう事じゃないんだ」
本当に情けなく思う。自分ごとに大事な、友達を一人、巻き込んでしまったことが。
何のことか分かっていない彼女は、首を傾げて呆けた顔を浮かべている。
「拘置所の独房は、死刑囚だけが入る所なんだ」
モーリスは私の肩を力強く掴み、敵兵に追い詰められたような顔を浮かべていた。
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