この世界には縁がない

病好蛾蝶

文字の大きさ
上 下
9 / 26
第二章:人の優しさには縁がない

狂気

しおりを挟む
「旦那様、こいつは危険です。裏切り者ですから」

「裏切り者って……ボクは正義に基づいて正しい判断をしたまでです。むしろ恋に囚われて落ちぶれたのは先輩でしょ?」

「減らず口の多い奴め、どこぞのバカ魔女と同じくらい癇に障る」

 バカ魔女とは、ゴッホのことを言っているのかもしれない。
 それを察したとき、スピルバーグの眉が少し、ピクリと動いたような気がした。

「ち・な・み・に……モーリス先輩にはなんの恨みもないから、ボクが狙っていたのは、わかるよね?」

 彼女の目は全く私の方向から離れようとしない。背筋がゾクッとする。

「へぇ……じゃあお前を〆れば元の帰り方が分かるって訳だ」

 モーリスはいつの間にか召喚していた、標準武器の剣を右手に握りしめる。
臨戦態勢を取り繕う彼女に、スピルバーグもやる気満々なのか、拳銃を握りしめ銃口を向けた。

「とっととクタバレ糞野郎」

「ボクだって負けてられないよ! うふ♡ ココで手柄を挙げて、テア様に褒めてもらうんだから」

 テア様?

「じゃあテア様には、てめぇの首でも持って行ってやるよ」

 言い切りモーリスは疾風の速度で、スピルバーグに切りかかった。しかし彼女は動かない。
 モーリスはもうそこまで来ていた、あとは振り飾るだけ。

 しかし彼女は相手に刃物を与えることなく、その場で蹲った。
 落とした刃物をスピルバーグは足で遠くに追いやる。モーリス劣勢。

 そんなガラ空きの状態を見過ごすわけがなく、モーリスは髪の毛を掴まれた。頭の一部がグッと引っ張られ、綺麗な髪がぼろぼろになる。

そのままボコボコにされて不利な状況に……
なると思いきや、ススピルバーグは地面に突っ伏した。
あれ? あっという間に決着した。バチバチな感じだから結構均衡すると思っていたのに。

「んだよ……拍子抜けだな」

 ガッカリした表情、おもちゃを取り上げられた子どもだ。

「そうだ……そうじゃないか……」

 私は改めて思い出した。彼女は本来私がいなくともなんとかなる怪物だ。
戦闘狂は屍の背中に乗りながら自らを王だと主張する。その姿はまさに英雄。

 遠くに投げやられた短剣を拾い上げて、使えねぇ……と苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

 そして私の方へ顔を向けると

「旦那様~!!! 褒めて~!!!」

 餌を乞う子犬のように、天真爛漫な顔と姿で飛びついてきた。しかし傷一つ無いアーマーと鍛え上げられた強靭な肉体は、彼女を軍人だと教えてくれる。

 いつまでもみすぼらしい没落令嬢についてきてくれる、私にはもったいない子なんだ。

「旦那ざま!? ぐるじぃ~」

 私はモーリスを胸元で抱きしめていた。これからのことを考えて、独占欲でも生まれてきたのか?

「ごめん!? 大丈夫?」

「待って、旦那様の匂いをもっと体に染み込ませて! 同じ匂いを共有させてくれーー!!!」

 うん、いつものモーリスだ、なんだか安心する。
 胸に顔を深く埋めたが、私は不思議と嫌な気持ちがしなかった。

―――

 伸び切ったスピルバーグをズタ袋抱えして、私の方向へやってくる。
 結構な時間が経っていて、てっぺんにあった太陽は赤くなり沈みかけている。

「とんでもねぇ大魚が釣れましたね。持って帰って召し上がりましょう」

「そんなことしないよ」

 今まで色々大変なことが起きて、かなり緊迫していたから、この軽妙やり取りも久方ぶりだ。

「重くないの?」

「まぁ大丈夫でしょ。走れば、1時間でなんとか」

「ここに来るまで全力で走った上に、道迷ったでしょ」

「じゃあ旦那様が持ちますか?」

 不機嫌な顔とトーンで私に押し付けようとする。断ることもできるのかもしれないけど、そういった手前勇気が出ない。

 私は持つと言い、伸び切った身体を自分の両腕に抱え込んだ。
 腕が重力の方向に従順に従おうとするので、なんとか必死の力で抵抗する。

 スピルバーグの身体は重かった。軍人のため身体は出来ている、岩を持っているみたいだ。
 なんでこんなのを片肩だけで持つことが出来たんだお前!

「フフ……旦那様を分からせちゃった~」
 蠱惑な笑みを浮かべたモーリスに少しだけイラッとしたのは内緒。

―――

 時刻はわからないがかなりの夜更けだと思う。
 夕日はとうに沈み、空には無数の星の絨毯が惹かれていた。
 一寸先も見えない雑木林だったが、無事に帰ることができたのは月明かりのおかげ。

「大人しくしておけば、腹パン一回で済んだのに」

 道中に何度か反旗を翻そうとしたスピルバーグを、モーリスはその度に制裁した。
 何回目かで蹴りを入れた際の、ドスの効いた「ラブラブしてんだ邪魔すんな、殺すど」は無視をしよう。

「もうすぐ着きますね。帰ったら待ちに待っていた子作り時間です」

「そんな時間はないけど、どうしてわかるの?」

「地面の感触が家周りと同じですし、消えかかっていますけど足跡がありますから」

 へぇ、こんな所からでも情報を収集するのか。私は空を飛んでいたから知らなかったけど、周辺の森の土は土砂降りのようにぬかるんでいる。

「旦那様の足跡が無いんですけど、本当にどうやって来たんですか?」

「私!? 私は……ええと……」

 何と答えれば良いのだろう。イカロスの翼は、混血の禁忌として隠さないといけない。

 必死に考えを巡らせていると、ふとあることが過った。

「ねぇ、まさかとは思うケド……今まで通ってきた場所って、自分が来た道?」

「最初こそそうだったんですけど、それも分からなくなってしまって、やっとこさ足跡が見つかったんですよ! いけませんか?」

「……いや、いけないことはないけど、そういう事は事前に教えてもらいたいな」

 ここで強く言えないのが私の卑怯なところ。ガツンと言いたいのに、嫌われるのが怖いから――怒らせるのが怖いから口籠ってしまう。
 周りの人の意見を全部受け入れて、自分は何もしてこなかったあの頃と同じ。

「もう! そんな暗い顔しないでくださいよ!!!」

 軍人仕込みの一発はとてもボロ衣如きでは守ってくれなかった。背中を思いっきりしばかれ励ましてくれた。背中はヒリヒリするけど、

心は苦しさでまた一杯になる。また私モーリスに気を遣わせちゃったんだ。

「そんな顔してるなら仕方ありません、あのときの続き……しちゃいます?♡」

 モーリス、なんで寄りかかってくるの? どうして私の腕に絡みつくの?

「ず~っと誘っていたのに奥手な旦那様は一度も来ませんてしたね。ウチはずっと思い焦がれて、火照った体を一人で慰める日々。一人淋しくオナ――」

 黙りなさい! あまりのバカバカしさに、思わず笑いながら注意した。全く、力も地位も身分も変わったのに、こういう所は学生時代から変わっていないな。

 そんな私の姿にモーリスは高らかな笑いを浮かべていた。してやったりの表情だった。

「でも、本気ですからね」

「ウォッ!? 男勝りな筋肉女がスコッと見せる乙女の一面!?」

 その後、無言でお腹に鉄拳を入れたモーリスであった。

―――
「帰ったぞ!!!」

 豪快に扉を開けるとそこには誰もいなかった。家の中は真っ暗で月光だけが照らしているが、人がいる雰囲気はどこにも無かった。

 とりあえずスピルバーグを魔法で拘束し、ゴッホの帰りを待つことにした。

「あの野郎どこ行ったんだよ……こんな夜中に飛び出す事あります?」

「まさか彼女も失踪したんじゃ……」

「無いですよ、仮にそうなら何かメッセージを残しているはずです。そこまで無作為な奴ではないてすって」

「……そうだね」

 モーリスはなんだかんだ言いながらゴッホのことを信頼している。彼女の言葉を信じてみよう。

「それより寝なくてもいいんですか? 10時間ぶっ通しで体キテるでしょ?」

 正直身体は憔悴しきっていた。帰っているときは欠伸が止まらず、帰ってきても何回したのか分からない。

 でも一番疲れているのは私じゃない。戦って重荷運んで走り回って……それでも人を労る、目の前の戦士にこそ休息が必要だ。

「ゴッホのことが心配だから大丈夫だよ。アンタの方こそ? 戦ったんだし疲れてるでしょ」

「あんなもの戯れにもなってませんよ。ウチのことを舐めてもらっちゃあ困りますぜ」

 フン! という効果音が似合うドヤ顔に、笑いそうになるが何とか堪えた。言っていることは間違っていないけども……まぁ様になっていない。

「有事の際に備えてしっかりと体を休めることも重要だよ。それでなくてもアンタは何でもMAXで取り組んじゃうんだから」

「旦那様は人のことを考えて疲弊しすぎです。体力無いんですから無理せずに休む!」

 いつもより声を荒げて私を寝床に促す、彼女は私にイラッとしたんだ。こういうことを忌憚なく話せるのが、彼女の取り柄で私にないところ――羨ましい。

「私はお言葉に甘えて寝るから、モーリスも早く寝るんだよ」

 モーリスは指でOKのサインを作り「おやすみなさい」と温かい声を掛ける。彼女はずっと椅子にふんぞり、もう一人の同居人の帰宅を待つ。

 私は寝床で横になるが寝ることはしない、扉の方向に顔を向けて、薄目で見守る。
 こんな状況ですやすやと眠れるほど、私は図太くない。ゴッホもそうだが、ここには命的にも性的にも、私の身体を狙っている者が2人いる。

 だけどそんな思惑を笑うように、モーリスは時よりこっちをチラチラ見ることはあれど、特に何もしてこなかった。

スピルバーグも縛られたままなのだろう。脱出しようにもモーリスの一家記で無効化されるパターンが決まっていた。
このまま寝てもよいのかもしれない。久しぶりの大移動による疲労と、これまでの不安感による寝不足から、正直心身ギリギリだった。

「あの野郎一体どこに行ったんだよ」

私は寝たフリを続けた。モーリスの独り言に聞き耳を立てながら。

「暇だな、アレがいないと何にも進まねぇ。張り合いもねぇや」

 モーリスはイメージとは違う繊細なため息を吐いた。
ほんの少しの時間なのに喪失感が大きく感じる。

「……旦那様にまで迷惑かけて、早く帰ってきてくれよ」

 悪態をつきながらも、声には心配と悲しみが入り混じっていた。彼女はそういう娘だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

異世界にアバターで転移?させられましたが私は異世界を満喫します

そう
ファンタジー
ナノハは気がつくとファーナシスタというゲームのアバターで森の中にいた。 そこからナノハの自由気ままな冒険が始まる。

リアルフェイスマスク

廣瀬純一
ファンタジー
リアルなフェイスマスクで女性に変身する男の話

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...