この世界には縁がない

病好蛾蝶

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第二章:人の優しさには縁がない

世界は動き始めた

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 奇妙な事件からしばらく経ったが住民は子供ひとり帰ってこない。今、みんなは大丈夫なんだろうか? もしかしたらみんな、死んでいるんじゃないだろうか?

「ねぇ……ゴッホ、ちょっと作戦変えて――」

「ヒントも見つかっていないのに動いても無駄骨です」

少しでも動いたほうがいいと思うも、不安と恐怖が進行して動けない自分がいる。ゴッホの意見を尊重し今は究明と捜査を行っているけど、正直何も進展していない。

「じゃあ早く髪の毛の一つでも見つけてこいよ!!! このまま指咥えないといけねぇなんてもどかしすぎてゲロが出るわ!!!」

ゴッホは何もできないもどかしさからかなりイライラして、最近は貧乏ゆすりや舌打ちがいつもより頻発している。

「せめてもの方角が分かれば動けるのですが、如何せん本当に何の手がかりもない。本当に街だけ残して住人が消えたような感じなので……」

「お前の仲間が引きずり込んだとかそんなことじゃねぇのか? んじゃぁよぉ!!!」

「そんなことは絶対にありえません」

 ゴッホの聞いたことのない低い声にに悪態ついていたモーリスは背筋を伸ばす。彼女の姿は至って平静だけど、後ろに悪魔が取り憑いているかのよう。

 端的に言うと圧が凄い。

「……悪かった……」

その姿にさすがのモーリスも平伏した。悔しさからか目は見ていないけど。
 話を失踪事件に戻して色々と議論するも、最近なんだか他人事のような感覚に浸っていた。事件が起きてからも私は主に何もやっていないため、当事者意識が徐々に薄れていってるのがわかる。

 私だってみんなの役に立ちたい!

「手がかりがないということは……」

 こういうときは大概隙があるものだ。モーリスはフィジカルが優れている分、己の身体を過信してしまう癖がある。ゴッホは……ないな、彼女は天才だし。

 この事件は住人だけが忽然と姿を消して、物はそのまま――何事もなく生活していたかの様――だったという。

「……ねぇ、住人だけ? 消えたの。他の人とかは?」

 もしも町の人達『だけ』が消えたとしたら、私達にはまだ勝機がある。会うのは怖いが、今は藁でも蜘蛛の糸でも掴みたい気分だから。

「それは定かではありませんが、ここ最近私達以外の人も見かけないのでおそらく街中全員……」

「じゃなくて、街以外の話。確実に?」

 一途の望みに賭けて私の語気は強くなっていた。怯んだゴッホは分からないですと吹くということは、まだ望みはあるんだ。

「行ってみたいところがあるの。遠いけど」

 私の言葉は俯いていたモーリスに英気を与えるには充分だったのだろう。はたとこっちに顔を向けて

「まさか、そこに行けばみんなが……」

「分からないけど、価値はあるよ。大丈夫、この世界のヒーローさんだから」

 私の見立てはあくまでも推測に過ぎないし、そこに人がいる確証もない。それでも……ほんの少しでも、ヒントが見つかれば。

「一刻も早くいきましょう! こんなところで待っていても埒が空きません!!! いいよな?」

ゴッホを一瞥したモーリスに委ねるが、もはや首を縦に振れと言っているようなものだ

「……そこまでの行き方は?」

「私が知っているから案内するよ」

「……分かりました。日が沈む頃までにはお戻りください」

 この日初めて街以外の場所を探索できることになったたのだが、ゴッホの口ぶりは行かないことを選択していた。

「お前も来いよ」

「まだ街のことを分析しないといけませんから、結果は教えていただけると嬉しいです」

「……まぁいいか、行きましょう。旦那様との初デートって考えればこれもまた、良いものなり、ぐへへ」

 顔を蕩かしているけどモーリスってこんな感じだったっけ? 毎夜襲い掛かって来ている彼女とは何だか隔たりを感じる。
 私の勘違いなのだろう……周りの普通の姿をまともに見てないなんて、やっぱり私は上に立つ資格はないんだ。


 一度街の方向に戻り、目印と手がかりを頼りに歩みだす。しかし歩けど人っ子一人遭遇しないのはやはり不気味だ……やはり私の仮説は間違っていたんじゃ……

「ごめん、モーリス」

「ん、なんですか?」

「……何でもないよ、手掛かりつかめたら……イイね……」

 その後はなんの会話も交わさなかった。モーリスはペチャクチャ喋っていたけど、オウム返しと愛想笑いしかできなかった。

「あれ、なんか見えてきましたよ」

 どうやら到着したらしい。モーリスの指差す方向に目を配ると、赤い屋根と細い煙突が見えた。
 家の近くにやってきたが、私たちの足音以外は何も聞こえない。

あ、外れた。どうしよ……モーリスになんて言ったらいいのか分からない。帰るべきか、待つべきか……頭が回らない。

「おーい、誰かいるかー?」

 そんな私の不安をよそにモーリスは扉を蹴破った。軍事で鍛え上げられた強靭なパワーのもとに、工場の板は壁になはらない。
 止める間もなくズカズカと入るモーリスの後ろについていく。

「いねぇな」

中は陽のおかげで見える位薄暗く、人の気配はないほど埃がかっていた。

完全に目論見が外れた。私が暴走したせいでこんなことに……

「ごめん、モーリ――」

「――まぁこんなこともありますよ、気に病まないでください。それに、旦那さまとのお出かけも楽しいものですし」

 屈託のないその笑顔は嘘偽りのない本心だと提示してくれている。あぁそうだ、彼女はこういう子だ。

私はそんな彼女が――何かを思うと、心臓が高鳴る。
物思いにふけていると突如

「旦那様、あれ」

 モーリスに腕を小突かれ意識を今に呼び戻した。

「え、なに? 人?」

「人ではありませんが、なんだか似つかわしくないものが」

 あっちですと指差す方向には小さな布切れが揺れていた。それは赤黒の攻撃的な印象を与え、過激な雰囲気を十二分に醸し出している。
 私は怖くなり後退りしたが、それがなんだと好奇心に踊らされる突撃兵が一人。

「これ旗ですね」

「旗?」

 もとからこんな物あったか? あの時は意識が朦朧としていたから覚えていない。

「へぇ、これ軍将の旗なんだ。ウチの部隊では見なかったな?」

「え、なんでわかるの?」

「下のプレートにそう記されていたんですよ」

 プレートの文字……まさか!?

「モーリスそれ持って帰るぞ。もしかしたら大手柄かもしれない」

「どういうことですか、こんな旗ごとき」

「君は何で読めるんだ?」

 こことは言語は同じでも文字は違うチグハグな世界なのでゴッホもかなり苦労したらしい。私達の祖国の言葉があるということは、何処かに国へ戻るヒントが。

「それにしてもこの部屋……」

 ずっと思っていたがなんだか焦げ臭い匂いが充満している。最初はホコリの匂いで誤魔化されていたけど、今は鼻腔に棘が刺さっているよう。

「アッつ、熱い!」

 声の方向に目を向けてみるとモーリスの指先が真っ赤に染まっていた。そのまま轟々と揺れ動き、指から手のひら、そして前腕と侵食していく。
 何か水はないか……何処かに水は?

――シニアリサ! からのパイアル!

 モーリスの体が大量の水に覆われ大厄は鎮火した。体中はびしょ濡れだが安堵のため息を吐いているから、それほど問題はない。

「し、死ぬかと思った」

 それにしてもなぜ火が出た?

 いや、そんなことよりもモーリスの状態を把握するほうが先だ、私は一体何を考えているんだ。

「怪我……はあるよな。どういう状態か見せて」

 彼女の右手を取ってみると、皮膚はただれて、指は赤く腫れ、指同士がくっついていた。しかも曲がったままピクリとも動かない。
 見ていてとてもグロデスク……気持ち悪さがこみ上げてくる。目線を外して喉前まで逆衆会してきた吐瀉物を必死に抑え込んだ。

「旦那様、無理をなさらないでください。ウチなら慣れっこですから平気ですし、少し経てば元通りになりますよ」

 モーリスの顔をちらりと見ると、彼女は乙女のような表情を浮かべていた。被害にあった彼女が労り、何も出来なかった私は失礼な態度。

 私もモーリスも同い年なのに、どうして差が生まれたんだろう。自分の全てが嫌いになる。

「ごめん、私また……」

「――なんでもいいですよ。もう少ししたら……ほらこの通り!!!」

 モーリスは右手をグーパーと繰り返して、私の罪の意識を薄ませようと努力してくれた。だけど顔に出やすいタイプの彼女は、動かすたびに苦い表情を浮かべていた、空元気なのが分かる。

 無理をしなくてもいい、そんな言葉を出したかったけど、自分の安心感を優先させた最低の暴君は見てないふりをしたのだ。

「旗は私が持っていくよ」

 罪悪感を払拭するためだ。私の心の醜さが自分でも透けて見える。
 ホコリ掛かった小さい旗を何度も小突き、危険がないことを確認した。

「マジっすか!? そんないいのに……」

 モーリスは気づかないふりをしているのか。それとも本当に分かっていないのか? 
疑いを知らないような彼女の顔。違うんだ、私は……
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