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に 獄卒

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『匠だ』

初めて見る。知らないはずなのに、自然と姿絵の人物の名前が思い浮かぶ。懐かしさと愛しさと切なさで、私は涙を流していた。

姿絵の人物は日下部 匠(クサカベ タクミ)だ。私の恋人。

姿絵を撫でるとざらりとした感触。目を閉じた瞬間、膨大な前世の記憶が頭の中に湧き上がる。

高層ビルの建ち並ぶ街並み。

すし詰め状態の満員電車。

便利な家電や、カラフルで可愛いお菓子や、漫画飯のレシピ。ハンドメイドした雑貨やコスプレ衣装。神本という名の薄い本。

危険な魔物や、魔法的なスキルが存在しない代わりに、科学が発達した世界。戦争もあるが私が暮らしていた日本という島国は平和だった。

そして私は、結婚間近のヲタ女子で、名前は小太刀 橙子(コダチ トウコ)だ。

普通に学校を卒業し、輸入雑貨店に就職後は推し活に励み、その延長線上で知り合ったヲタク仲間の一人日下部 匠とお付き合いを始め…。順風満帆だと周囲に自慢していたが、所詮はヲタ女子。バチが当たったのだ。

デート中、匠と勇者召喚された。

初めは良かった。ファンタジー小説の中に迷い込んだ感覚で、魔法的なスキルを2人で研究したり…。楽しかった。

でも、私達の環境が一変した。匠が勇者として、魔族との戦争に出兵する事になったから。私は匠が逃げださいための、人質として教会に拘束された。

「必ず戻る。そしたら日本に帰って、…結婚式挙げような」

大切な約束をした。

だから私は匠と日本に帰る方法を探したが、勇者送還は禁忌で。私は匠が戻る前に、理不尽にも魔女として火炙りの刑で処刑された。

で、まぁ、生まれ変わった世界は故郷の日本じゃなく、地名や神様の名前、魔族の存在とか今世のリデア・デュモンティーの記憶から小太刀 橙子を召喚した異世界だ。と確信したわけだが…

当時はシュトラーフェなど存在していなかった。

つまり今世は、小太刀 橙子が処刑されてから100年以上経った世界なのだ。

彼、匠は私が処刑された後、どうしたのだろうか?リデアは匠について教えられたこともなければ、書物を読んだことすらなく。きっと100年という歳月が経過する中で、歴史の闇に葬られたのだ。

気づけば姿絵に涙の染みが広がっていた。因みにこの絵姿は、前世の私がオタク技術で描いたものだ。

異界の者の命はチリのように軽い、地獄のような場所に、匠を置き去りにして死にたくなんてなかった。約束を守りたかった。

どうせ転生するなら、私が死んだ直後にして欲しい。ぶっちゃけて言うと、100年も経ってからじゃ遅いから!

「くたばれテティス神!」

沸々とした腹の底から湧き上がる怒りの声。それに応える声は無いはずなのに…。

「そう言うん時は、『ふぁっく』つって叫びながらポーズをするんじゃ。こんなふうにな」

「!?」

心臓が跳ねた。

物置部屋に入った時私は1人だったし、室内には誰もいなかった。それに誰が物置部屋に入った足音もしなかった。

まさかオバケ?

いやいや、オバケなんてないないない。この屋敷では私に嫌がらせするヤツばかりだ。きっと使用人の誰かだ!

心臓はドクドクとうるさく脈打つ。恐る恐る声が聞こえた方に視線を向ける。

そこに居たのは、背が私より頭ひとつ分低い子供だ。日本の夏でお馴染みの甚平を着ていて、黒目黒髪の。男の子にしては長めのショートヘアーで、前髪を伸ばし真ん中で左右に分けている。そして、人族でないと主張する額から突き出た一本の角。その子が両手の中指を天井に向けて突き立てていた。

「何で、子供が?」

「あほんだら!ワシは童なんぞじゃないぞ!ワシは獄卒じゃ!!」

「ゴクソツ?」

「そうじゃ。名はカガチじゃ。童と間違うなど、言語道断じゃ!」

御伽話で地獄に住む鬼で有名な、あの獄卒か!確かに、吊り上がった黒い瞳には、子供らしい純粋な輝きがなく、イっちまった目をしてる。例えるのなら、モンスターを狩るゲームに三徹でのめり込むヲタクの瞳とか、スプラッター映画で人間達を追い回す怪物の目だ。

「なんぞ、失礼な事考えちょる顔じゃなぁ」

「ソンナコトナイデス」

「…図星か。まぁ、良い。それよかお前さん、小太刀 橙子で間違いないんか?」

スッと獄卒カガチが目を細めると、空気がピンッと張り詰める。流石は獄卒。地獄にいる鬼だ。地獄にいる亡者を責め苛む鬼だ。

真実を語れと重圧感が凄い!

「はい。間違いなく私の前世は、小太刀 橙子でしたが、転生して今はリデア・デュモンティーです」

隠す必要がないから素直に答えると、カガチは目を見開いた。

「なんじゃと!?ワシらの縄張りで九回の裁判をせんと、生まれ変わったんか!?」

「ひぇ!?はいぃ!!」

背が低いくせに怒り顔が怖い。カガチの顔が醜さと怖さが増して変な声で頷いてしまった。

「ふぁっっくからのバルス!」

叫びと同時に天井に向けて中指を立てる獄卒カガチ…。

「えぇと、私が悪いのですか?ごめんなさい?」

日本人特有の条件反射で頭を下げると、ドレッサーにかけてある白い布が床に落ちた。

「橙子は悪くないじゃろう、謝る必要ないぞ。ワシはな日下部 匠、小太刀 橙子のニ名の魂が三途の川にこんからな、閻魔様の命令で迎えに来たんじゃ」

「えっ!?ちょっと待って!匠って、この世界に居るの!?」

「そうじゃ。正確な居場所はわからんが日下部 匠の魂はこの世界に居る。…魂を迎えに来たんじゃがなぁ。小太刀 橙子は生まれ変わっとるからなぁ、殺すわけにもいかんし。日下部 匠の魂が先じゃな」

「ちゅう事で、小太刀 橙子お前が死ぬ頃に迎えに行くからな。じゃあな」と換気窓から外に出ようとする獄卒カガチの腕を私は、匠と再会できるチャンスを逃すものか!と咄嗟に掴んだ。

「ちょっと待って。待って。私も連れて行ってください!」

「へ!?まぁ、うぅぅむ」

唸り声をあげ、私の頭の天辺から足の爪先まで視線を動かしながらジロジロ見るカガチ。

ドレッサーに映る私の姿はボロボロだ。艶のない髪は老婆のような薄灰色で、着古しほつれた御仕着せから出た手足は、枯れ枝のように細いく痣だらけだ。

「苦労しちょるんじゃな。しゃぁないな。40秒で支度しな。」

「40秒とか無理だから」

「冗談じゃ。暗くなる頃に迎えにきちゃる」

40秒で支度しな…か。日本で聴き慣れた台詞をカガチが知っているせいか、不思議と信頼できる気がする。

「分かった」と頷き手を離すと、カガチは忍者のような素早さで換気窓から外に出て行った。
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