絶対働かないマン

奥田恭平

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無職の基本ってなあに?

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 一週間後。
驚くことに俺のスタンプ第二弾は結局二件しか売れなかった!
 またしても売り上げ60円!
 ぴょこんと一瞬起き上がり、平坦になる折れ線グラフ。
 これが心電図なら死んでいるところだった。
 なぜだ……。虚無ブームは来ないのか……。
 JKよ、JCよ、そしてJDよ……。虚無はお嫌いか?

「ぬうう。そんな馬鹿なっ! これは夢か? 夢なのか!?」

 再び俺はパソコンに向かって叫ぶことになったのだった。


「やはり、なんでも基本から入らないとな」
「そうだねえ、お兄ちゃん」

 虚無スタンプショックから三日が経ち。
 俺はすっかり立ち直っていた。
 たしかにスタンプが2件しか売れなかったのはショックだが、くよくよしても仕方がない。
 俺は精神的にタフなタイプの無職なのだ。
 やるべきことは無限にある。無職の無は無限の無でもあるのだ。

「lineスタンプも悪くはないが、いきなりはハードルが高すぎた。あれは有名人とか人気者がやることだ」
「そう言われてみれば、そうだねえ」

 夏葉はホットパンツにTシャツ姿。ソファーに身体を投げ出し、ほとんど動かない。
 無職の家は絶賛節電中である。
 出来るだけエアコンも使用しない。窓を開け、自然の風だけですごす。
 動かすのは頭と口だけで十分なのだ。

「まずは基本から入って、それから発展するべきだったんだな」

 俺は別にlineスタンプを諦めたわけではない。ただちょっと順番を間違えたとは感じている。lineスタンプのパワーを発揮させるにはまだ条件が整っていない。
 lineスタンプの販売には宣伝力が必要。そしてほしくなるようなブランド力も必要だ。
 いまの俺にはそれがない。
 無論、作ったlineスタンプがなくなるわけではないのだから、いまはゆっくりと休ませておけばいいのだ。いずれ役に立つ日が必ず来る。
 焦ることはない。まずは基本からだ……。

「お兄ちゃんの言うことはもっともだけども……無職の基本ってなあに?」

 その口ぶりからは「無職なのに基本って……」との否定的ニュアンスが感じ取れる。
 夏葉は相変わらずソファーに寝転がったまま。重力のなすがまま、ソファーからだらんとこぼれ落ちる手足。

「無職の基本、それはアフィリエイトだ」

 俺はきっぱりと断言する。

「アフィリエイト?」

 夏葉は俺に顔だけを向けて尋ねる。
どうやらアフィリエイトを知らないらしい。

「ネットの広告のことだ。自分のページに広告を貼って、宣伝の料金を貰う」
「ああ、スマホやってるといっぱい出てくるねえ、ぶわーって邪魔なのが」

 夏葉はほとんどパソコンをやらない。
 普段は基本スマホ。そのスマホも主にスマホゲームのために使用している。

「そう。ネットの世界は広告にあふれている。そして個人でやっているブログなんかにも広告を貼って、収入を得ることが出来るんだ」
「なんか聞いたことがあるよ。でも儲かるの?」
「ああ、トップレベルだと月に何百万も稼ぐらしい」
「えーっ! すごいねー!」

 ソファーに寝転がったまま、びた一文動かなかった夏葉もむくりと身体を起こす。
 たしかにそれほどの金額だ。なんだったら、跳ね起きるくらいしてもいい。
 しかしこれは誇張でもなんでもない。実際にトップレベルの有名ブロガーたちは年収数千万に到達しているらしい。

「絶対働かないマンである俺がまず手をつけるべきはアフィリエイトだった」
「でもさー、アフィリエイト? なんか怪しいよね? 犯罪とか詐欺とかしないでよね。お兄ちゃんが捕まったら、私は悲しいよ」

 アフィリエイトは怪しい。夏葉でなくとも誰もがなんとなく抱いているイメージである。
 絶対働かないマンは正義の無職。もちろん犯罪に手を染めるつもりはない。
 
「夏葉、どうしてアフィリエイトは怪しいと思う?」
「えーと……そう言われると……なんとなく……秒速一億円的な?」
「そいつは情報商材のアフィリエイトだ。たしかにそれ系は怪しい」
「そうだよね。お兄ちゃん、それに手を出しちゃうの……?」

 夏葉は不安げな眼差しで俺を見つめている。

「そんなものはやらん! なぜなら俺は絶対働かないマンだからだ。そいつは与沢翼マンの仕事だ」
「そっか、よかった……。けど……」
「けど、やっぱり怪しいか?」

 夏葉は俺の問いにこくんとうなずく。

「たしかに秒速で一億円は怪しい。ほかにもLINEで時給何十万的な広告なんかも怪しい。健康食品の初回無料もちょっと怪しい。でもな、よく考えてみろ、それは広告が怪しいんじゃなくて、売り物が怪しいんじゃないのか?」
「そ、そうだね」
「つまりはちゃんとした売り物を扱えば、広告も怪しくはない。ブログなどにアマゾンの商品の宣伝が張り付けてあるだろ。あれは別に怪しくないだろ」
「……うん。怪しくない」
「いいか、そもそも、この世界は広告、宣伝であふれている。テレビのCM、雑誌、新聞にも。電車の中吊り、バスの車体にも。宣伝自体が悪いんじゃない。悪い物を宣伝したらダメなだけなんだ」
「なるほど……。そっか。そうだったんだね。さすがお兄ちゃんだよ」

 何度も大きくうなずく夏葉。
 どうやら理解してくれたようだ。

「俺はもちろん怪しげな商品など宣伝しない。ちゃんとしたブログを作り、ちゃんとした商品の宣伝をする! なにせ無職界のスーパースターだからな」
「そうだよね。お兄ちゃんが悪いことするわけないよね。それで、なにを宣伝するの?」
「むろん、ある!」

 俺もなにも適当にアフィリエイトなどと言い出したわけではない。
 なんだかわかんないけど、アフィリエイトでちょっと稼げたらいいな……。そんなことは初心者の無職が考えることである。
俺はむろん初心者の無職ではない。無職界の頂点を目指す男。
やるからにはしっかりとした構想が必要。
 この三日間、俺はその構想を練り、すでにひとつの結論に至っていたのだ。

「いいだろう。まだ作り始めたばかりだが、俺のサイトを見せてやろう」

 俺は夏葉を俺の部屋へといざなう。
 ここは百の言葉よりも実物を見せるべきだ。
 まだお披露目には少々早いがまあ他の誰でもない我が愛すべき妹、特別に見せてやることにしよう。
 俺はインターネットブラウザを立ち上げ、目下制作中のサイトを表示させる。

「夏葉、お前にだけ特別に見せてやる。これが俺のブログ、その名も『性病検査情報本部』だ!」

 



「せ、性病……。お兄ちゃん、性病だったの!?」

 夏葉の顔が引きつっている。まさにドン引き。
 まるで危険物を避けるかのように夏葉は後ずさりして俺から距離を取る……。

「待て! 俺は性病ではない! それに性病は空気感染しない!」
「じゃあ、なんで性病なのっ? お兄ちゃん、不潔だよ」
「違う。これは性感染症の危険性と予防の大切さを告知するブログだ! 性病を推奨するブログではない!」
「そ、そっか……でもなんで急に? お兄ちゃんそんなに性病を憎む必要がない気も……」

 夏葉が痛い所を突いてきた。
 たしかに俺はそもそも女友達すらいない。
 性病そのものを心配する必要すらない。
 ヤリまくっている楽し気なリア充どもは性病にかかれとすら思っているが……。
 だが、それとこれとは話が別なのである。

「……性病検査キットはアフィリエイトの割合が非常に高い」
 
 俺はここ数日、アフィリエイトの広告を仲介するA8ネットをじっくりと見ていた。
 利益が出そうないい広告を探しに探し、そして性病検査キットに行きついたのだ。
 なんと割合は商品が売れた場合の15%から23%
 性病検査キットは5000円から15000円程度するので一件売れるごとに数千円の報酬があることになる。
 もちろん売れればの話だが……。
 性病検査キットがバカ売れするとは考え難い。というか、そんな日本国は嫌だ。
 売れれば大きな報酬、しかし売れにくい。ハイリスクハイリターン。まさに無職にふさわしいアフィリエイトなのだ。

「なるほど……。お兄ちゃん、頑張ったねえ」

 夏葉は勝手に俺のノートPCをいじって、作りかけの『性病検査情報本部』を巡回している。
 作りかけとはいえ、すでに記事の数はそれなりにある。
 そこそこ読み応えはあるはずだ。

「なるほど、なるほど……。すごくいっぱい記事があるよ。クラミジア、淋病、カンジタ症か……性病に詳しくなれるね」
「おい、あんまり読まなくていいぞ」

 性感染症の危険の周知と検査の啓もう。
 それがこのサイトの主旨とはなっているのだが……。
 我が妹が性病に詳しくなっていく……。
 それはあまり気持ちのよいものではないのであった。


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