上 下
20 / 36

19話 厄介な客人(前編)

しおりを挟む
「おはようございます! 奥様、旦那様!」
「ああ……おはよう」
「アンナマリーは元気ね……」

 えー。いつもどおりなんだけどな。その日、私が出勤するとどよーんとした空気が屋敷に満ちていた。思わずすでに来ていたケリーさんとセシリーにこそっと聞く。

「ケリーさん、どうしたんです? お二人とも変ですよ?」
「それがねぇ……お客さんがくるらしいんだけど」
「お客さんですか? それじゃおもてなししないと」
「見てみなさいよ、アンナマリー。とてもおもてなしって雰囲気じゃないわよ」

 セシリーの言うとおり、モニカ奥様もジェラルド司祭も眉を寄せて考え込んでいる様子だ。

「どうにか追い返せないかな」
「無理でしょう」

 ジェラルド司祭なんか結構物騒な事を言っている。はーん、招かれざる客かぁ。でも司祭様だものお付き合いで仕方ない部分もあるんだろうな。

「ケリー、アンナマリー、セシリー! こっちへ来てちょうだい」
「かしこまりました!」

 三人して仕事も疎かにお二人の様子を窺っていると、モニカ奥様が私たちを呼んだ。バタバタと二人のいる居間に駆けつける。

「いい? 3日後にお客様がいらっしゃいます。いしゃっしゃるのはバルタザール主教です」
「はい、わかりました」
「先に忠告しておくが、何を言われても決して腹を立てないように」
「ジェラルド」
「これぐらい言っておかないと、実物をみたらびっくりするぞ」

 うえー。旦那様の上役にあたる訳よね……。普段温厚なジェラルド司祭がそんなことを言うなんて。一体どんな人なんだろう。その主教様とやらは……。



 ――3日後。問題のバルタザール主教が教会にやってきた。豪奢な馬車がガラガラと田舎道を走ってくる。そこから降り立った人物を見て、私とセシリーは思わず目配せをしあった。

「ああー、ひどい道だ! それに暑くてかなわん!」

 馬車から出てきたのは、ひどい肥満体のキンキラキンの法服に身を包んだおっさんだった。首はどこいっちゃったの? って感じ。そりゃ暑いわ。

「ようこそいらっしゃいました。バルタザール主教」

 ジェラルド司祭がそんな彼とお付きの司祭を出迎える。清貧そのものの出で立ちはまるでそよ風のよう。イケメンぶりがより際立ちます。

「アンナマリー、セシリー。荷物を」
「あっ、はい」

 一体何泊するつもりなのか……なんだこの大荷物。主教様ともなると色々必要なものがあるのかしら。まるで引っ越しみたい。私とセシリーは何度も往復して客間に荷物を運び込んだ。

「なんだこの屋敷は! ばばあと子供しかいないじゃないか」
「はは……田舎暮らしにそうそう人手はいりませんよ」

 ようやく荷物をやっつけて、居間でお茶を出しているケリーさんを手伝おうと様子を窺うとバルタザール主教はでっぷりとした体躯を揺らしながらそんな暴言を吐いていた。
 ジェラルド司祭は穏やかに対応しているが、張り付いたような笑顔だ。

「やれやれ……あんたたち、気を付けなさいよ」

 お茶を出し終わったケリーさんが首をコキコキさせながら戻って来た。近くにいただけで相当疲れたみたいだ。

「お待たせいたしました、バルタザール主教」
「おお、モニカ! 子供が産まれたと聞いたが……変わらないな」
「こほん、いらっしゃいませ。何もない田舎ですが」

 少々遅れて登場したモニカ奥様をバルタザール主教はじっとりと嫌な目で見ている。

「時に、主教。一体なんの用向きでここまで」
「ふん……! 国の隅々まで教えを説くのが私の仕事だ。……いかんかね?」
「いえ立派な事だと思いますわ」
「それとここに居るっていう聖女をな、中央教会としても一度確認しておかねばならん」

 さして広くもない屋敷だ。奥様と旦那様とバルタザール主教の上っ面だけの会話が聞こえてくる。……私? 私に会いにきたの? うえー。話す事なんかないんだけど。

「まずは長旅でお疲れでしょう、夕食まで客間でゆっくりなさっては。その際に聖女をお目にかけましょう」
「そうだな……そうさせてもらおう」

 ふう……ようやく妖怪を部屋に閉じ込めることに成功しそうだ。バルタザール主教とお付きの司祭が部屋に戻ろうと立ち上がったのを見計らってドアをあける。

「どうぞ、お部屋はこちらでございます」
「……ほう、小娘と思ったがなかなか。これからが楽しみじゃないか」

 妖怪……じゃなかった、バルタザール主教は通りすがりにそんなことを言いながらセシリーのお尻を触った。

「ひゃっ!」
「お客様! お部屋はこちらに!」

 セシリーの顔が怒りで真っ赤になったのを、私は慌てて背で隠しながら彼らを客間に押し込んだ。

「あんのー生臭坊主―!」

 厨房に戻ると、セシリーが猫を被るのも忘れて激高していた。その様子を目にしていた奥様と旦那様も申し訳なさそうにしている。

「アンナマリー、回復魔法をかけてちょうだい!」
「えっ、えっ、えっ」

 セシリーはそんな事をいいながらぺろんと撫でられたお尻を私につきだしてきた。別に怪我した訳じゃないから意味ないと思うんだけど……気分の問題だろう。それでセシリーの気分がましになるなら、と私は回復魔法をかけてやった。

「ジェラルド司祭、モニカ奥様……あの方なんの為にやってきたんですか? とてもじゃないですけどあんな人の説法なんて聞きたくないっていうか」
「こら、アンナマリー! お客様だよ」
「いいんだケリー。アンナマリーの言う事ももっともだ」

 ジェラルド司祭は優しくそう言うと、顎に手を当てた。

「おそらく聖女を訪ねてきたってのも方便だろう。私が連絡してから随分たっているからね……」
「じゃあ……なんでです? こーんな辺境まで」
「恐らくは資金集めだな。主教個人の」
「資金……?」
「派手な生活ぶりが祟って困窮していると噂で聞いた事がある。それから私への監視の意味もあるだろう」

 監視? ジェラルド司祭はしっかりお仕事してると思うのに。それに……お小遣い稼ぎ!? 本当にろくでもないお客様だわ。ああ頭が痛い。

「それからアンナマリー……申し訳ないけど夕食の時は聖女として彼に面会して貰う事になる」
「あっ!……はい、かしこまりました」

 あーやだな。いやだけどジェラルド司祭の頼みだ。しかたない。私は肩を落として夕食の時を待つ事となった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【超不定期更新】アラフォー女は異世界転生したのでのんびりスローライフしたい!

猫石
ファンタジー
目が覚めたら、人間と、獣人(けものびと)と鳥人(とりびと)と花樹人(はなきひと)が暮らす世界でした。 離婚後、おいしいお菓子と愛猫だけが心の癒しだったアラフォー女は、どうか自分を愛してくれる人が現れますようにと願って眠る。 そうして起きたら、ここはどこよっ! なんだかでっかい水晶の前で、「ご褒美」に、お前の願いをかなえてあ~げるなんて軽いノリで転生させてくれたでっかい水晶の塊にしか見えないって言うかまさにそれな神様。 たどり着いた先は、いろんな種族行きかう王都要塞・ルフォートフォーマ。 前世の経験を頼りに、スローライフ(?)を送りたいと願う お話 ★オリジナルのファンタジーですが、かなりまったり進行になっています。 設定は緩いですが、暖かく見ていただけると嬉しいです。 ★誤字脱字、誤変換等多く、また矛盾してるところもあり、現在鋭意修正中です。 今後もそれらが撲滅できるように務めて頑張ります。 ★豆腐メンタルですのであまめがいいですが、ご感想いただけると豆腐、頑張って進化・更新しますので、いただけると嬉しいです、小躍りします! ★小説家になろう 様へも投稿はじめました。

神の使いでのんびり異世界旅行〜チート能力は、あくまで自由に生きる為に〜

和玄
ファンタジー
連日遅くまで働いていた男は、転倒事故によりあっけなくその一生を終えた。しかし死後、ある女神からの誘いで使徒として異世界で旅をすることになる。 与えられたのは並外れた身体能力を備えた体と、卓越した魔法の才能。 だが骨の髄まで小市民である彼は思った。とにかく自由を第一に異世界を楽しもうと。 地道に進む予定です。

神によって転移すると思ったら異世界人に召喚されたので好きに生きます。

SaToo
ファンタジー
仕事帰りの満員電車に揺られていたサト。気がつくと一面が真っ白な空間に。そこで神に異世界に行く話を聞く。異世界に行く準備をしている最中突然体が光だした。そしてサトは異世界へと召喚された。神ではなく、異世界人によって。しかも召喚されたのは2人。面食いの国王はとっととサトを城から追い出した。いや、自ら望んで出て行った。そうして神から授かったチート能力を存分に発揮し、異世界では自分の好きなように暮らしていく。 サトの一言「異世界のイケメン比率高っ。」

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ

Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_ 【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】 後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。 目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。 そして若返った自分の身体。 美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。 これでワクワクしない方が嘘である。 そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

王女様は聖女様?いいえ、実は女神です(こっそり)~転生王女は可愛いもふもふと愛するドラゴンを守るため最強の仲間と一緒に冒険の旅に出る~

しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。 それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること! 8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。 どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ! 「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」  かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。 しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。 「今度こそ、私が世界を救って見せる!」 失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!   剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。 イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。 小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。

貧乏育ちの私が転生したらお姫様になっていましたが、貧乏王国だったのでスローライフをしながらお金を稼ぐべく姫が自らキリキリ働きます!

Levi
ファンタジー
前世は日本で超絶貧乏家庭に育った美樹は、ひょんなことから異世界で覚醒。そして姫として生まれ変わっているのを知ったけど、その国は超絶貧乏王国。 美樹は貧乏生活でのノウハウで王国を救おうと心に決めた! ※エブリスタさん版をベースに、一部少し文字を足したり引いたり直したりしています

処理中です...