40 / 40
エピローグ
しおりを挟む
衛が目を開けると、そこは深川龍神の泉の前だった。
「帰ってきた……」
衛はふと不安になって隣を確認した。
「衛さん、どうしたの?」
そこにはさっきまでと同じく穂乃香がいるのを見て、衛はほっと胸をなで下ろした。
「パパ、ママ! すごい雨だよ!」
瑞葉が空を指さして叫ぶ。瑞葉の言う通り、屋根の外は土砂降りの大雨だった。
「これはダッシュでいくしかないな」
四人は走って家まで向かった。しかしゲリラ豪雨のような大雨でびしょびしょに濡れてしまった。
「わぁー。みんな風呂入って」
衛は女性陣を風呂に追いやると、バスタオルでわしゃわしゃと髪を拭いて乾いた服に着替えた。そしてふとテレビを付ける。
『五時の天気予報です……急速に北上をしていた台風○号は、急速に勢いを衰えさせ関東一帯は大雨となっております……お出かけの際には傘をお持ちください』
ちょうどやっていた天気予報ではそんな事を言っていた。これは龍神の抑えていた嵐の余波なのだろうか、と衛は考えた。
「これでめでたしめでたし……ってか」
衛は店のフライヤーの電源をつけた。そしてジャガイモを茹で、コロッケを仕込み始める。
「ああ! いいにおい! パパ、コロッケ作るの?」
「ああ。みんなお腹空いたろ」
衛が挽肉を炒めていると、瑞葉がめざとくひょっこりと顔を出した。そこに穂乃香が追いかけてくる。
「瑞葉、まだ髪乾かしてないでしょ! ……あら」
「どうした穂乃香」
「衛さんがそこに立っているのってなんだか変な感じがするわ」
「……そうか? ああそうか」
衛は一瞬ぽかんとしたが、ここに立つようになったのも穂乃香の居ない数ヶ月間の出来事だったのだ、と思い直した。
「どうだ、立派な総菜屋の親父だろ」
「やだぁ……、でもそうね亡くなった父もそうしてコロッケを揚げてたわ」
「そっか」
衛は衣をつけたコロッケを油の中に投入した。じゅわっと音を立てるコロッケ。その音に反応したのか、藍と翡翠がやってきた。
「こんな時間にどうしたんですか」
「あら、この子達は……?」
「穂乃香、こいつらは居候の付喪神の藍と翡翠」
衛は二人を穂乃香に紹介する。
「もしかして、この人衛さんの奥さん?」
藍が驚いた顔をして穂乃香を見る。そしてくっくっと笑い始めた。
「そうだよ。……なんか可笑しいか?」
「いえ、ミユキさんの娘さんとは思えなくて……」
「悪かったね、藍」
そこに顔を出したのはミユキだ。
「あんまり生意気言うと真っ二つにしてしまうよ」
「ああ、勘弁してください」
藍と翡翠はこりゃかなわんと逃げ出した。衛はその様子を見て呆れながら、ため息をついてコロッケを引き上げた。
からりと上がったほかほかのコロッケ。衛はロールパンに切れ目を入れるとそのコロッケを挟んでたらりとソースをかけた。
「瑞葉―! 穂乃香ー! ミユキさんー! 朝ご飯ですよー!」
衛は大声で家族達を呼ぶ。その脇でコーヒーメーカーの電源を入れる。
「わぁ、コロッケパンだー」
「今日は特別! あげたてコロッケのコロッケパン! さあ召し上がれ!」
「頂きます」
皆、お腹が減っていたのかさっそくかぶりついた。
「あふふふふ。おいしー」
瑞葉が満面の笑みでもぐもぐしている。口の端についたソースを穂乃香がぬぐってやる。
「うーん、コロッケは美味しいし、ママもいるし、ミユキさんもいるし……いーな。なんかこれいいな」
「そっか。瑞葉、そういうのを幸せっていうんだ」
「幸せかー。うん、瑞葉、幸せ!」
無邪気な瑞葉の言葉に、大人達はほっこりしながらコロッケパンをたいらげた。
「ああ、瑞葉。テーブルで寝ちゃだめよ」
穂乃香は疲れたのかそのまま眠ってしまった瑞葉を二階に連れて行った。
「ミユキさん、いままでありがとうございました」
「……娘のした事を親が責任持つのはあたり前の事だよ」
「それで、これからの事なんですけど」
衛は勇気を出して切り出した。ここに住まわして貰ったのはミユキの好意からで、穂乃香が戻って来た以上、ケジメを付けなくてはならない。
「……俺、どっかで仕事見つけて、それで……」
衛がそこまで言いかけた所だった。ドンドン、とシャッターが叩かれる。
「……誰ですか」
「あのう、『たつ屋』さんはここでしょうか」
衛はシャッターを開けた。するとそこに居たのはボロを纏った男であった。但し、足が四本ある。
「私は雷獣、先程の雷で落っこちてしまいどうにも戻れなくなったみたいなんです」
「ミユキさん」
衛がミユキを振り返ると、ミユキは薄く笑ってこう言った。
「衛、まだしばらく手伝いがいるかもしれないねぇ……」
「そ、そんな……」
衛がミユキを見つめると、ミユキははじけるように笑い出した。つられて衛も笑ってしまう。そしてどこかホッとしていたのはミユキには秘密である。
そしてお客の雷獣だけが、事情が分からずキョロキョロと二人の様子を眺めていた。
完
「帰ってきた……」
衛はふと不安になって隣を確認した。
「衛さん、どうしたの?」
そこにはさっきまでと同じく穂乃香がいるのを見て、衛はほっと胸をなで下ろした。
「パパ、ママ! すごい雨だよ!」
瑞葉が空を指さして叫ぶ。瑞葉の言う通り、屋根の外は土砂降りの大雨だった。
「これはダッシュでいくしかないな」
四人は走って家まで向かった。しかしゲリラ豪雨のような大雨でびしょびしょに濡れてしまった。
「わぁー。みんな風呂入って」
衛は女性陣を風呂に追いやると、バスタオルでわしゃわしゃと髪を拭いて乾いた服に着替えた。そしてふとテレビを付ける。
『五時の天気予報です……急速に北上をしていた台風○号は、急速に勢いを衰えさせ関東一帯は大雨となっております……お出かけの際には傘をお持ちください』
ちょうどやっていた天気予報ではそんな事を言っていた。これは龍神の抑えていた嵐の余波なのだろうか、と衛は考えた。
「これでめでたしめでたし……ってか」
衛は店のフライヤーの電源をつけた。そしてジャガイモを茹で、コロッケを仕込み始める。
「ああ! いいにおい! パパ、コロッケ作るの?」
「ああ。みんなお腹空いたろ」
衛が挽肉を炒めていると、瑞葉がめざとくひょっこりと顔を出した。そこに穂乃香が追いかけてくる。
「瑞葉、まだ髪乾かしてないでしょ! ……あら」
「どうした穂乃香」
「衛さんがそこに立っているのってなんだか変な感じがするわ」
「……そうか? ああそうか」
衛は一瞬ぽかんとしたが、ここに立つようになったのも穂乃香の居ない数ヶ月間の出来事だったのだ、と思い直した。
「どうだ、立派な総菜屋の親父だろ」
「やだぁ……、でもそうね亡くなった父もそうしてコロッケを揚げてたわ」
「そっか」
衛は衣をつけたコロッケを油の中に投入した。じゅわっと音を立てるコロッケ。その音に反応したのか、藍と翡翠がやってきた。
「こんな時間にどうしたんですか」
「あら、この子達は……?」
「穂乃香、こいつらは居候の付喪神の藍と翡翠」
衛は二人を穂乃香に紹介する。
「もしかして、この人衛さんの奥さん?」
藍が驚いた顔をして穂乃香を見る。そしてくっくっと笑い始めた。
「そうだよ。……なんか可笑しいか?」
「いえ、ミユキさんの娘さんとは思えなくて……」
「悪かったね、藍」
そこに顔を出したのはミユキだ。
「あんまり生意気言うと真っ二つにしてしまうよ」
「ああ、勘弁してください」
藍と翡翠はこりゃかなわんと逃げ出した。衛はその様子を見て呆れながら、ため息をついてコロッケを引き上げた。
からりと上がったほかほかのコロッケ。衛はロールパンに切れ目を入れるとそのコロッケを挟んでたらりとソースをかけた。
「瑞葉―! 穂乃香ー! ミユキさんー! 朝ご飯ですよー!」
衛は大声で家族達を呼ぶ。その脇でコーヒーメーカーの電源を入れる。
「わぁ、コロッケパンだー」
「今日は特別! あげたてコロッケのコロッケパン! さあ召し上がれ!」
「頂きます」
皆、お腹が減っていたのかさっそくかぶりついた。
「あふふふふ。おいしー」
瑞葉が満面の笑みでもぐもぐしている。口の端についたソースを穂乃香がぬぐってやる。
「うーん、コロッケは美味しいし、ママもいるし、ミユキさんもいるし……いーな。なんかこれいいな」
「そっか。瑞葉、そういうのを幸せっていうんだ」
「幸せかー。うん、瑞葉、幸せ!」
無邪気な瑞葉の言葉に、大人達はほっこりしながらコロッケパンをたいらげた。
「ああ、瑞葉。テーブルで寝ちゃだめよ」
穂乃香は疲れたのかそのまま眠ってしまった瑞葉を二階に連れて行った。
「ミユキさん、いままでありがとうございました」
「……娘のした事を親が責任持つのはあたり前の事だよ」
「それで、これからの事なんですけど」
衛は勇気を出して切り出した。ここに住まわして貰ったのはミユキの好意からで、穂乃香が戻って来た以上、ケジメを付けなくてはならない。
「……俺、どっかで仕事見つけて、それで……」
衛がそこまで言いかけた所だった。ドンドン、とシャッターが叩かれる。
「……誰ですか」
「あのう、『たつ屋』さんはここでしょうか」
衛はシャッターを開けた。するとそこに居たのはボロを纏った男であった。但し、足が四本ある。
「私は雷獣、先程の雷で落っこちてしまいどうにも戻れなくなったみたいなんです」
「ミユキさん」
衛がミユキを振り返ると、ミユキは薄く笑ってこう言った。
「衛、まだしばらく手伝いがいるかもしれないねぇ……」
「そ、そんな……」
衛がミユキを見つめると、ミユキははじけるように笑い出した。つられて衛も笑ってしまう。そしてどこかホッとしていたのはミユキには秘密である。
そしてお客の雷獣だけが、事情が分からずキョロキョロと二人の様子を眺めていた。
完
0
お気に入りに追加
40
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない
めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」
村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。
戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。
穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。
夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。
迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜
紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
【キャラ文芸大賞に参加中です。投票よろしくお願いします!】
やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。
*あらすじ*
人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。
「”ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」
どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、”猫神様”の居場所はわからない。
迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。
そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。
彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。
本日、訳あり軍人の彼と結婚します~ド貧乏な軍人伯爵さまと結婚したら、何故か甘く愛されています~
扇 レンナ
キャラ文芸
政略結婚でド貧乏な伯爵家、桐ケ谷《きりがや》家の当主である律哉《りつや》の元に嫁ぐことになった真白《ましろ》は大きな事業を展開している商家の四女。片方はお金を得るため。もう片方は華族という地位を得るため。ありきたりな政略結婚。だから、真白は律哉の邪魔にならない程度に存在していようと思った。どうせ愛されないのだから――と思っていたのに。どうしてか、律哉が真白を見る目には、徐々に甘さがこもっていく。
(雇う余裕はないので)使用人はゼロ。(時間がないので)邸宅は埃まみれ。
そんな場所で始まる新婚生活。苦労人の伯爵さま(軍人)と不遇な娘の政略結婚から始まるとろける和風ラブ。
▼掲載先→エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう
※エブリスタさんにて先行公開しております。ある程度ストックはあります。
『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』
あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾!
もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります!
ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。
稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。
もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。
今作の主人公は「夏子」?
淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。
ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる!
古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。
もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦!
アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください!
では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
蜃気楼2の35話が二重投稿されています。
ご確認下さい。