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37話 龍穴②

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 振りかぶった東方朔の腕が二人を襲う。もう駄目だと衛と瑞葉が覚悟した瞬間。赤い龍穴の扉がバンと勢い良く開いた。

『……な!?』

 驚き、目をむいた東方朔に襲いかかったのは虹色の膜であった。

『なんだこれは……!?』

 その膜は投網のように東方朔に多い被さるとぐるぐると包み込み、彼は球体に閉じ込められた。

『くっ……龍神め……ああああ!』

 東方朔は膜を破ろうと足掻いたが、破れた端から球体は回復していく。東方朔は醜く顔を歪めてわめいているがその声もやがてふさがれた。東方朔はただ黒い塵のようになって球体に封じられた。

『痴れ者め……』

 その時、地に響くような、しかし温かい声が響いた。衛と瑞葉は体を硬直させたが、ミユキはふらふらと声のする方へと歩を進ませた。

「ミユキさん!」
「大丈夫、これは龍神様の声だよ。さあ衛、瑞葉行こう。失礼の無いようにね」
「は……はい」

 そう言ってミユキの後ろをついて来ていた衛と瑞葉は息を飲んだ。洞穴の奥は大きく開けていて、その中心には光の奔流があった。

『……ミユキ、久しいな』

 神々しい、穏やかな声が洞窟に響く。衛と瑞葉は圧倒されて声を失っていた。

「龍神様、娘が世話になりました」
『いや、こちらこそ龍の使いとして立派に勤めてくれた。礼を言う』

 光の塊は良く見ると虹色に輝く大きな龍であった。温かい声が三人に降り注ぐ。

『すまなんだ、巨大な嵐を抑えるのに力を使い過ぎて、あのようなものを近づけてしまった。愛し子達、あと少し力を貸して貰えるだろうか』
「もちろんです」

 衛は龍神の目の前に立った。不思議な色をした目がじっと衛の姿を映している。

『お前が穂乃香の伴侶か……なるほどな邪気のない人間だ』
「穂乃香はそこにいるんですか」
『ああ。穂乃香、伴侶の元に戻るといい』

 龍神がそう頷くと青い薄衣を纏った穂乃香が光の中から現れた。

「衛さん……」
「穂乃香」

 衛は駆け寄ってきた穂乃香を抱きしめた。そして温度も匂いも本物だと全身で確かめる。衛はあの日、穂乃香が居なくなった日の驚き、探し回った日の絶望感を思い出し、彼女を強く強く抱きしめた。

「こほん、衛。子供の前だよ」

 ミユキの声に衛はハッとなったが、それでも穂乃香の手を離す事はなかった。

「ママ……」
「瑞葉、いらっしゃい」

 穂乃香がやさしく瑞葉に手を差し出すと、瑞葉は抱きついた。

「ママっ、瑞葉頑張ったよ! ちゃんとお留守番した!」
「うん、えらいね瑞葉」

 瑞葉はしゃくり上げながら母の胸に顔を埋めた。穂乃香はただただ頷いた。

『愛し子達よ、結界を張るのを手伝って送れ。そして残りのあやかしどもを連れて現世に帰るといい』
「かしこまりました」

 ミユキはうやうやしく龍神の声に応えると、手を合わせた。

「瑞葉、穂乃香。龍神の祝詞を唱えるよ。私に続いておいで」
「はいお母さん」
「はいミユキさん」
高天原に坐し坐してたかあまはらにましまして天と地に御働きをみはたらき現し給う龍王は大宇宙根元の御祖の御使いにしてみおやのみつかいにして一切を産み一切を育て萬物よろずのものを御支配あらせ給う」 

三人が龍神を中心に祝詞を捧げた。洞窟内にこだまするその声は神秘的な響きを持って、やがて細い渦を発生させる。

「これが幽世ってやつか……」

 衛は息を飲んでその様子を眺めていた。やがてその渦が文様を描き、龍の体に溶け込んでいくのを衛はただただ見守っていた。

『ご苦労であった……最悪の災厄はこれで免れるであろう……息災でな』 
「龍神様もありがとうございました。私の願いを聞いてくださいまして」
『いいや、六道を巡る旅は人の身には辛かったであろう。よくやった』

 穂乃香はしばし龍神を見つめると、衛達三人の元に歩んできた。

「……さあ帰りましょう」
「ああ、待ってたよ。穂乃香」
「瑞葉もずっと待ってた」

 親子はしっかりと手を繋ぎ、先を行くミユキの後を追っていった。その後ろ姿を龍神の虹色の瞳はずっと眺めていた。


『ありがとうございました。父ちゃんも母ちゃんも元に戻りました!』

 赤い扉の向こうに出ると、先程の子狸が駆け寄ってきた。

「たぬちゃん、よかったね!」

 瑞葉は泣いて赤くなった目をこすりながら狸の手をとった。みれば、あやかし達は先程のような禍々しい雰囲気はなりを潜め、戸惑っているようだった。そんなあやかし達に穂乃香はやさしく声をかけた。

「東方朔は封じられました。皆さんはもう自由ですよ」

 それに続いて、ミユキが勢い良く啖呵を切る。

「さぁ、今日だけはよろず屋『たつ屋』の無料出血大サービスだ。あんたたちを現世まで送ってやるからね!」

 こうして衛達四人の人間と、あやかし達は列をなして現世へと向かって歩き始めた。

「……ママ、もう黙って消えないでね」

 瑞葉はべったりと母親に甘えながら、来た時と同じ光の中に飛び込んだのだった。
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