深川あやかし綺譚 粋と人情とときどきコロッケ

高井うしお

文字の大きさ
上 下
34 / 40

33話 とっておきのスイーツ

しおりを挟む
 瑞葉の小学校の新学期がはじまった。それでも残暑の厳しい日本である。

「はぁ~、地球はどうなっちまったんだ……」
「ぼやきの規模が大きいね」

 衛がでっかいでっかいため息を吐いていると、そこにミユキがやってきた。

「あの東方朔の言う厄災とかいうのを調べてみたけどね、特に詳しい事は分からなかったよ」
「そうですか……」
「少なくともあやかしの類いの厄災とは思えない。あと考え得るのは……天災とかかねぇ。それから穂乃香の事だけどね」
「穂乃香は大丈夫なんでしょうか」
「私も龍神のお使いをして長いけどね、地獄なんて行った事がないよ」

 衛はそれを聞いて改めてほっと胸をなで下ろした。

「くやしいけど、あたし達は待っているしかないのかね」

 ミユキはそうぽつりと言った。歯がゆいのは衛も同じ気持ちだ。

「本当に……出かけるなら一言言ってくれたっていいのに」

 衛の呟きはまだ夏そのものの空に消えて行った。

「え、褒められた?」
「うん。自由研究、よく調べてあるって先生にほめられちゃった!」

 帰るなり、照れくさそうに瑞葉はそう報告してきた。江戸の長屋のミニチュアという衛からしたら地味極まりないものだったが、先生の心には響いたようだ。

「そっか、良かったな」
「それでね、パパ。瑞葉とーっても行ってみたいところがあるの!」

 瑞葉がきらきらした目で衛を見た。これはおやつをねだる顔だな、と衛は直感した。

「なんだ、プリンか? それともクッキー?」
「ううんあのね……とーっても美味しいパフェがあるんだって」
「ほう、パフェ?」
「うん、フルーツが山盛り載っていて夢見たいに美味しい……って知佳ちゃんが」

 また知佳ちゃんか。知佳ちゃんに対する瑞葉の対抗心は並々ならぬものがある。

「それってこの近く?」
「うん『フルータス』っていうお店」
「ほう」

 衛は携帯で店の名前を検索した。すると出てくる出てくる、絶賛の評価の嵐。

「なんだ、近くじゃないか……ってウッ!?」

 衛はそのパフェの金額を見て驚いた。なんとパフェで3000円近くもしたのだ。

「ははは……瑞葉……」

 衛は引き攣った顔をしたが、瑞葉はきらきらした目で衛を見つめている。元々グルメに育ってしまったのは自分のせいな所もあるし、金が無いからとご褒美を我慢させるのも父親として微妙だと思った。

「そうだなぁ……このパフェを食べるには自由研究だけじゃ足りないかな」
「ええ~っ」
「毎日自分のお茶碗を洗って、テストで三回満天が取れたら連れていってあげる」
「うーっ、パパのけち」

 瑞葉は不満そうだが、3000円のパフェだ。衛もそうは譲れない。

「ちゃんと出来たら必ず連れて行ってやるから」
「本当だね! 約束だよ!」

 その時は、衛はそんな約束すぐに忘れるだろうと高をくくっていたのだが……瑞葉の食い意地は衛の予想を大きく上回っていた。

「パパ! これみて!」

 数日後に瑞葉が衛に差し出したのは三枚の花丸がついたテスト用紙だった。

「うお、まじか。瑞葉……よくやったな」
「これで連れて行ってくれるよね」

 そう行って瑞葉はニッコリと笑った。衛は愛娘が義務を果たした以上は約束を守らなきゃならないと腹をくくった。

「そっか、じゃあ行こう」
「やったーっ!」

 その週の日曜日、衛と瑞葉は開店時間にフルータスへと向かった。

「うわっ、並んでる」
「なんで今まで気づかなかったんだろうね」

 ぼやいても仕方が無い、五人ほど並んでいるところに衛と瑞葉は連なった。しばらく待ってやっと順番が回ってくる。

「はぁーっ、暑かった」

 店内はこじんまりとしている。当然ながら親子連れの姿は無い。衛と瑞葉は早速メニューを開いた。

「ううーん何にしよう」
「瑞葉、遠慮はいらないぞ」

 衛は父の威厳を見せるべく、胸を叩いた。ちょっとだけ痛かったのも事実だが。

「瑞葉、もものパフェ」
「じゃあ俺はフルーツパフェにしよう」

 頼んでしばらく待つと、届いたのは惜しみなくフルーツを盛った宝石のようなパフェだった。

「うわっ、落っことしそうだな。瑞葉気を付けろよ」
「う、うん……」

 したたりそうなくらい果汁を湛えた大きな桃のひときれを瑞葉が口にほおばる。

「んんっ! すごい! パパこれすごいよ!」
「どれどれ……」

 瑞葉に釣られて、衛も自分のフルーツパフェに入っていた桃にかぶりついた。驚くほど濃厚で芳醇な桃の香り、そしてじゅるりとあふれ出る果汁が喉を伝う。

「う、美味い……」

 フルーツとはこんなにも美味しいものだったのかと衛は身を震わせた。そしててっぺんを飾る葡萄を口にする。酸味やえぐみなど一歳感じられない芳しい一粒の葡萄。それを堪能して下のアイスを舌に乗せる。乳の旨味を堪能した後に再び桃に食らいつく、スッと引っ掛かりなく歯を通す柔らかな果肉は衛をうっとりとさせた。

「パパ……連れてきてくれてありがとう」
「いや、また瑞葉が頑張ったら連れてきてやるからな……!」

 衛はこの味はもう忘れられないだろうと思った。また何か良いことがあったら絶対にこよう。その時は、自分と瑞葉とそして穂乃香も一緒に。
 衛は桃の最後の一切れを堪能しながら、心にそう誓った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

半妖のいもうと

蒼真まこ
キャラ文芸
☆第五回キャラ文芸大賞『家族賞』受賞しました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。 初めて会った幼い妹は、どう見ても人間ではありませんでした……。 中学生の時に母を亡くした女子高生の杏菜は、心にぽっかりと穴が空いたまま父親の山彦とふたりで暮していた。しかしある日、父親が小さな女の子を連れてくる。 「実はその、この子は杏菜の妹なんだ」 「よ、よろしくおねがい、しましゅ……」 おびえた目をした幼女は、半分血が繋がった杏菜の妹だという。妹の頭には銀色の角が二本、口元には小さな牙がある。どう見ても、人間ではない。小さな妹の母親はあやかしだったのだ。「娘をどうか頼みます」という遺言を残し、この世から消えてしまったという。突然あらわれた半妖の妹にとまどいながら、やむなく面倒をみることになった杏菜。しかし自分を姉と慕う幼い妹の存在に、少しずつ心が安らぎ、満たされていくのを感じるのだった。これはちょっと複雑な事情を抱えた家族の、心温まる絆と愛の物語。

後宮の星詠み妃 平安の呪われた姫と宿命の東宮

鈴木しぐれ
キャラ文芸
旧題:星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~ 【書籍化します!!4/7出荷予定】平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。 ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。 でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

晴明さんちの不憫な大家

烏丸紫明@『晴明さんちの不憫な大家』発売
キャラ文芸
最愛の祖父を亡くした、主人公――吉祥(きちじょう)真備(まきび)。 天蓋孤独の身となってしまった彼は『一坪の土地』という奇妙な遺産を託される。 祖父の真意を知るため、『一坪の土地』がある岡山県へと足を運んだ彼を待っていた『モノ』とは。   神さま・あやかしたちと、不憫な青年が織りなす、心温まるあやかし譚――。    

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

侯爵様と私 ~その後~

菱沼あゆ
キャラ文芸
付き合い始めてからの方が緊張するのは、何故なんでしょうね……。

鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃
恋愛
美しさと華やかさを持ちながらも、「賢くない」と見下されてきたカタリーナ。 格式ある名門貴族の嫡男との結婚は、政略ではないはずだった。 しかし夫はいつも留守、冷たい義家族、心の通わない屋敷。 愛されたいと願うたび、孤独だけが深まっていく。 カタリーナはその寂しさを、二人の幼い息子たちへの愛情で埋めるように生きていた。 それでも、信じていた。 いつか愛される日が来ると──。 ひとりの女性が静かに揺れる心を抱えながら、 家族と愛を見つめ直しながら結婚生活を送る・・・ ****** 章をまたいで、物語の流れや心情を大切にするために、少し内容が重なる箇所があるかもしれません。 読みにくさを感じられる部分があれば、ごめんなさい。 物語を楽しんでいただけるよう心を込めて描いていますので、最後までお付き合いいただけたら光栄です。

処理中です...