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32話 深川江戸資料館
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「あいたたた……」
衛は全身を襲う筋肉痛に苦悶の声を上げていた。筋肉痛だけではない。御輿を担いでいた肩が赤黒く腫れ上がっていた。
「ミユキさん……これ人面瘡じゃないですよね」
「ただの打撲だよ! あんた担ぐのが下手くそなんだよ」
そうミユキは衛に冷たく言い放った。衛は無言で湿布をはりつけた。
「パパ、あのね」
「なんだ湿布臭いか?」
「うん、それもあるんだけど……」
満身創痍の衛に、瑞葉が妙にもじもじしながら近づいてきた。
「あのね……自由研究が出来てないの……」
「えっ、自由研究?」
衛は思わず座っていた椅子からずり落ちそうになった。
「おいおい……お盆も過ぎたしあと二週間しかないぞ……」
「ごめんなさい……」
こうなったら何かの観察系は駄目だ。何か調べ物か……。
「分かった、パパと図書館に行こう」
「うん、ありがとうパパ」
衛はいつものように付喪神達に店を任せると、瑞葉を連れて自転車で図書館へと向かった。深川図書館は創立百年を超える厳かな建物である。緑の中に白く輝く図書館の中に入るとうだるような暑さから二人は解放された。
「ふうーっ、気持ちいい」
「じゃあ瑞葉、子供コーナーからご本を探してきな」
そう言って衛は二階の図書フロアに向かう。ちょっと前に流行った歴史もの小説の単行本を二冊ほど見繕って下に戻ると、瑞葉がすぐに駆け寄ってきた。
「瑞葉これにする!」
そう言って差し出してきたのは工作の本だった。
「なるほど、工作なら一週間もあればできるか」
衛と瑞葉はカウンターで貸し出し手続きを済ませた。
「問題はなにを作るかだな?」
「瑞葉はミカちゃんのお家を作るの」
「そうか、パパも手伝うからな」
「うん」
図書館の外に出ると一気に暑さと激しいセミの声が襲ってくる。
「瑞葉、この間のカレーパンまた買いに行こうか」
「あ、あのカレーみっちみちのカレーパンだね」
衛はちょっと遠回りになるが、カトレアに向かった。
「……あれ。道一本間違えたかな」
ちょっと近道のつもりで自転車を走らせていたのだが、暑さのせいだろうかどうも道を間違えたらしい。
「えーっと、ここどこだ? ちょっとまってな」
衛は現在地を調べようと、近くにある建物を見渡した。
「深川……江戸資料館」
「なにこれー」
衛は鞄の中の歴史物の小説の一冊は江戸ものだったな、と思い出した。
「ふんふん、瑞葉。ここは実物大の江戸時代を再現したジオラマがあるらしいぞ」
「ジオラマ?」
「模型の事だよ、ほら瑞葉が作る工作の大きいやつだ」
「へー」
「ちょっと見て行こうか」
二人は吸い込まれるように館内に入っていった。
「大人400円、子供50円ですね」
「……安っ」
入館料は衛が思わず突っ込む程に安かった。序盤の説明フロアは瑞葉が退屈そうだったので、とっとと展示エリアに入ると、衛と瑞葉は息を飲んだ。
「これは予想外に立派だな」
「すごいねーっ」
そこには江戸の街並みが忠実に再現されて、一面に広がっていた。遠く――実際はそう遠くではないのだが――に火の見櫓も見える。
「へえ……これが長屋ってやつかな」
「これがお家なの?」
四畳半程度の狭いスペースに布団が畳んでおいてある。
「昔の人はシンプルに暮らしていたんだな」
「へーっ」
その他にも、商店や、今にもおかみさん達がお喋りをしていそうな井戸端などを眺めて歩く。
「あーっ、パパ。猫ちゃんがいるよ」
「おっ、本当だ」
瑞葉が屋根を指さすと、「ニャー」と声がした。
「鳴いた! にゃーだって!」
物珍しさに瑞葉のテンションも上がっている。この夏休み、ろくにお出かけ出来てなかったから丁度よかったな、と衛は思った。
「わー、天ぷら屋の屋台だ」
「ここ、天ぷら屋さん?」
「うん、江戸時代は天ぷらや寿司はファーストフードだったんだよ」
「へー、今はご馳走なのにね」
瑞葉が不思議そうに首を傾げた。
「あっ、これは何? お船だ」
「……緒牙舟だってさ。これで移動したんだと」
「へー」
そんな風に館内を回っていると、にわかに天井が暗くなった。
「わぁー、夜だー」
犬の声までする。どうやら一定時間で照明が朝から夜に切り替わっているらしい。
「凝ってるなぁ」
値段と資料館の規模がから考えると、なかなか見応えのある展示だった。
「そろそろ行こうか、瑞葉」
「うん、また来たいな」
「そうだね」
カトレアのパンの焼き上がり時間も迫っていたので二人は外に出た。
「じゃあ、パンを買いにいこうか……って瑞葉!!」
衛が自転車の鍵を探している間に、瑞葉はじーっと博物館の前に居た籠かきを見ていた。
「これ、なにパパ」
「うーん、昔のタクシーかな」
「乗りたい!!」
これも瑞葉の経験か、と衛は籠をお願いした。瑞葉は大はしゃぎで籠に揺られている。
「あー、楽しかった」
「まったく、家に帰ったらちゃんと宿題やるんだぞ」
「はーい」
そうして無事パンを買って帰宅した二人だったが……。
「瑞葉、本当にこれでいいのか? ミカちゃんの家を作るんじゃなかったのか」
「うん、これミカちゃんの家だよ」
瑞葉の作ったミカちゃんハウスは江戸下町の長屋風になっていた。
「ちょっと渋すぎないか……?」
「まぁいいさ、瑞葉は気に入ってるみたいだし」
戸惑う衛にミユキは慰めるように声をかけた。そんな訳で瑞葉の夏休みの自由研究は江戸長屋のジオラマとなったのだった。
衛は全身を襲う筋肉痛に苦悶の声を上げていた。筋肉痛だけではない。御輿を担いでいた肩が赤黒く腫れ上がっていた。
「ミユキさん……これ人面瘡じゃないですよね」
「ただの打撲だよ! あんた担ぐのが下手くそなんだよ」
そうミユキは衛に冷たく言い放った。衛は無言で湿布をはりつけた。
「パパ、あのね」
「なんだ湿布臭いか?」
「うん、それもあるんだけど……」
満身創痍の衛に、瑞葉が妙にもじもじしながら近づいてきた。
「あのね……自由研究が出来てないの……」
「えっ、自由研究?」
衛は思わず座っていた椅子からずり落ちそうになった。
「おいおい……お盆も過ぎたしあと二週間しかないぞ……」
「ごめんなさい……」
こうなったら何かの観察系は駄目だ。何か調べ物か……。
「分かった、パパと図書館に行こう」
「うん、ありがとうパパ」
衛はいつものように付喪神達に店を任せると、瑞葉を連れて自転車で図書館へと向かった。深川図書館は創立百年を超える厳かな建物である。緑の中に白く輝く図書館の中に入るとうだるような暑さから二人は解放された。
「ふうーっ、気持ちいい」
「じゃあ瑞葉、子供コーナーからご本を探してきな」
そう言って衛は二階の図書フロアに向かう。ちょっと前に流行った歴史もの小説の単行本を二冊ほど見繕って下に戻ると、瑞葉がすぐに駆け寄ってきた。
「瑞葉これにする!」
そう言って差し出してきたのは工作の本だった。
「なるほど、工作なら一週間もあればできるか」
衛と瑞葉はカウンターで貸し出し手続きを済ませた。
「問題はなにを作るかだな?」
「瑞葉はミカちゃんのお家を作るの」
「そうか、パパも手伝うからな」
「うん」
図書館の外に出ると一気に暑さと激しいセミの声が襲ってくる。
「瑞葉、この間のカレーパンまた買いに行こうか」
「あ、あのカレーみっちみちのカレーパンだね」
衛はちょっと遠回りになるが、カトレアに向かった。
「……あれ。道一本間違えたかな」
ちょっと近道のつもりで自転車を走らせていたのだが、暑さのせいだろうかどうも道を間違えたらしい。
「えーっと、ここどこだ? ちょっとまってな」
衛は現在地を調べようと、近くにある建物を見渡した。
「深川……江戸資料館」
「なにこれー」
衛は鞄の中の歴史物の小説の一冊は江戸ものだったな、と思い出した。
「ふんふん、瑞葉。ここは実物大の江戸時代を再現したジオラマがあるらしいぞ」
「ジオラマ?」
「模型の事だよ、ほら瑞葉が作る工作の大きいやつだ」
「へー」
「ちょっと見て行こうか」
二人は吸い込まれるように館内に入っていった。
「大人400円、子供50円ですね」
「……安っ」
入館料は衛が思わず突っ込む程に安かった。序盤の説明フロアは瑞葉が退屈そうだったので、とっとと展示エリアに入ると、衛と瑞葉は息を飲んだ。
「これは予想外に立派だな」
「すごいねーっ」
そこには江戸の街並みが忠実に再現されて、一面に広がっていた。遠く――実際はそう遠くではないのだが――に火の見櫓も見える。
「へえ……これが長屋ってやつかな」
「これがお家なの?」
四畳半程度の狭いスペースに布団が畳んでおいてある。
「昔の人はシンプルに暮らしていたんだな」
「へーっ」
その他にも、商店や、今にもおかみさん達がお喋りをしていそうな井戸端などを眺めて歩く。
「あーっ、パパ。猫ちゃんがいるよ」
「おっ、本当だ」
瑞葉が屋根を指さすと、「ニャー」と声がした。
「鳴いた! にゃーだって!」
物珍しさに瑞葉のテンションも上がっている。この夏休み、ろくにお出かけ出来てなかったから丁度よかったな、と衛は思った。
「わー、天ぷら屋の屋台だ」
「ここ、天ぷら屋さん?」
「うん、江戸時代は天ぷらや寿司はファーストフードだったんだよ」
「へー、今はご馳走なのにね」
瑞葉が不思議そうに首を傾げた。
「あっ、これは何? お船だ」
「……緒牙舟だってさ。これで移動したんだと」
「へー」
そんな風に館内を回っていると、にわかに天井が暗くなった。
「わぁー、夜だー」
犬の声までする。どうやら一定時間で照明が朝から夜に切り替わっているらしい。
「凝ってるなぁ」
値段と資料館の規模がから考えると、なかなか見応えのある展示だった。
「そろそろ行こうか、瑞葉」
「うん、また来たいな」
「そうだね」
カトレアのパンの焼き上がり時間も迫っていたので二人は外に出た。
「じゃあ、パンを買いにいこうか……って瑞葉!!」
衛が自転車の鍵を探している間に、瑞葉はじーっと博物館の前に居た籠かきを見ていた。
「これ、なにパパ」
「うーん、昔のタクシーかな」
「乗りたい!!」
これも瑞葉の経験か、と衛は籠をお願いした。瑞葉は大はしゃぎで籠に揺られている。
「あー、楽しかった」
「まったく、家に帰ったらちゃんと宿題やるんだぞ」
「はーい」
そうして無事パンを買って帰宅した二人だったが……。
「瑞葉、本当にこれでいいのか? ミカちゃんの家を作るんじゃなかったのか」
「うん、これミカちゃんの家だよ」
瑞葉の作ったミカちゃんハウスは江戸下町の長屋風になっていた。
「ちょっと渋すぎないか……?」
「まぁいいさ、瑞葉は気に入ってるみたいだし」
戸惑う衛にミユキは慰めるように声をかけた。そんな訳で瑞葉の夏休みの自由研究は江戸長屋のジオラマとなったのだった。
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