深川あやかし綺譚 粋と人情とときどきコロッケ

高井うしお

文字の大きさ
上 下
24 / 40

23話 蛙の子②

しおりを挟む
「さ、さて! ちゃんと河童を探そう!」
「ホントに~?」

 気まずくなった衛はことさら声を張り上げて、水面を覗いた。

「もしも蓮君になんかあったら瑞葉も困るだろ。ミユキさんがな、河童の居る所にこのお守りを投げ込めばびっくりして出てくるっていうんだよ」

 衛は早口になりながら紐を付けた守り札を池に放りこんだ。まるで釣りである。

「……出て来ないね」

 池はシーンと静まり返り、瑞葉の落胆した声だけが響いた。

「釣りってのは、こうゆったりと構えてなくちゃ駄目なんだよ」
「パパは河童を釣るつもりなの?」

 瑞葉が呆れながら水面を覗き混んだ。その途端、水面がごぼりと湧き上がる。

「えっ」

 その合間から、無数の小さな手が瑞穂の足を掴む。そして水中への引きずり込もうと瑞葉をひっぱった。

「パパ、助けて!」
「瑞葉!」

 衛が慌てて瑞葉の手を掴む。渾身の力で衛が瑞葉を引き寄せ、その衝撃で二人は池の畔に倒れ込んだ。

「はぁ、はぁ」

 瑞葉の足には赤く小さな手の跡がついていた。

「このいたずら河童、出て来い!」

 頭に血が上った衛は池に向かって怒鳴った。すると、再びごぼりと水面が揺れた。

「なんだ、河童……じゃない?」

 やがて水面が割れ、現れたのは毛むくじゃらのボロボロの着物の男だった。

『あははははは! こりゃいい! 河童共、龍の血筋の娘を釣るとは!』

 それは奇妙に反響した声だった。衛は瑞葉を背中の後ろに隠した。背中の小さな少女はかわいそうに震えている。

『どけ、その娘を寄越せ!』

 男の手があり得ない長さで伸び、衛の手を掴む。衛は振り払おうとしたがぴくりとも動かす事が出来なかった。

「汚い手でうちの婿と孫娘に触るんじゃないよ」

 そこに、ミユキが現れた。ミユキが木札を投げると、衛を掴んでいた男の手は枯れ木のようにボロボロと崩れ落ちた。

「おん めいぎゃ しゃにえい そわか」

 ミユキが龍神真言を唱えると、得体の知れない男は大きく呻きだした。

『その耳障りな経をやめろ! ミユキ!』
「……あんたにまた会うとは思わなかったよ、東方入道」

 ミユキはさらに龍神の加護を込めた数珠を投げこんだ。男はうめき声を発しながら池の底へと姿を消した。

「やっつけた……のか」
「いいや、追い払っただけだよ衛。済まなかったねあんなのが出てくるならあたしがいるべきだった」

 衛は泥だらけになりながらなんとか立ち上がった。

「瑞葉、とりあえずは大丈夫だ。怖いのはミユキさんが追い払ってくれたよ」
「うん、瑞葉平気だよ」

 瑞葉は気丈に立ち上がり、ミユキの側へと駆け寄った。

「ミユキさん、河童さんは?」
「ああ、今事情を聞いてみよう。河童達、出ておいで。きゅうりがあるよ」

 ミユキが池に向かってそう声を張り上げると、こぽりこぽりと水面が揺れて小型犬くらいの大きさのトカゲと魚を足したような生き物が姿を現した。河童である。

『『たつ屋』のご主人……面目ねぇ……』

 一番体の大きな河童がミユキに頭を下げた。

「まったくだ。あたしの孫娘に手を出すなんて」
『あ、あの入道に脅されて仕方なかったんだ。あの入道、見せしめに老人を食っちまって次は子供らだというもんで』
「あいつにはなんて言われたんだい」
『に、人間の子供をさらってこいと』

 ミユキはそれだけ聞くと、河童にキュウリと龍神の守り札を与えた。

「またアイツが来たらこれを使いな」
『へ……へえっ』

 河童達が池の底に姿を消したのを見届けて、ミユキはきびすを返した。

「さ、衛、瑞葉帰るよ」
「待って下さい、俺には何がなんだか……」
「説明は後でするよ、とにかくそのどろんこを落とさないとね」
「はあ……」

 三人は『たつ屋』に帰り、衛と瑞葉は風呂に入った。

「さ、じゃああの大男について説明しようじゃないか」
「はい」

 居間のテーブルにミユキは向かい合わせに座り、話し始めた。

「あの男は『東方朔』という。分かりやすく言えば仙人かね」
「あれが仙人?」
「まぁね、今じゃ神仏にも疎まれてあんなになっているけどね」

 言われてみれば、真言を聞かされて苦しむ仙人とは妙なものである。

「あの男はほら、神室の養父でもあったのさ。人魚の肉をあいつに食わせたのは東方朔だ。今、姿を現したという事は先日、神室が寺から逃げ出したのも関係しているかも知れないね。神室を封印した時に葬ったと思ったんだが」
「じゃあ、河童を使って子供を攫おうとしていたのは?」
「きっと神室の代わりに手足になる人間が欲しかったのさ……一体何を企んでいるのやら……」

 ミユキはそこまで言うと、さすがに疲れたとぼやいた。衛は、とんでもないものが目を覚ました、と身震いをした。

「ねぇ、パパ。そのとうほうさんはまた来るの? 瑞葉、嫌だな」

 瑞葉はまだ引っ張られた感触が残っているのか、足をさすっている。

「そうだなぁ、あいつは神仏に嫌われてるらしいからお不動産と八幡様にお参りに行こう」

 衛はなんとか不安だけでも取り除いてやりたくて、瑞葉にそう提案した。

「それはいい考えだね。よくお参りしてありったけのお守りを買っておいで」
「うん、わかったミユキさん」
「あと瑞葉、あのおじさんが嫌いな言葉をあとで教えてあげるから」

 衛の言葉だけでは少し不安そうにしていた瑞葉だが、ミユキがそう言った事で少し不安が和らいだようだ。
 に、してもあの入道をなんとかしない限りまた不穏な日々が続くな、と衛はため息を吐いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

半妖のいもうと

蒼真まこ
キャラ文芸
☆第五回キャラ文芸大賞『家族賞』受賞しました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。 初めて会った幼い妹は、どう見ても人間ではありませんでした……。 中学生の時に母を亡くした女子高生の杏菜は、心にぽっかりと穴が空いたまま父親の山彦とふたりで暮していた。しかしある日、父親が小さな女の子を連れてくる。 「実はその、この子は杏菜の妹なんだ」 「よ、よろしくおねがい、しましゅ……」 おびえた目をした幼女は、半分血が繋がった杏菜の妹だという。妹の頭には銀色の角が二本、口元には小さな牙がある。どう見ても、人間ではない。小さな妹の母親はあやかしだったのだ。「娘をどうか頼みます」という遺言を残し、この世から消えてしまったという。突然あらわれた半妖の妹にとまどいながら、やむなく面倒をみることになった杏菜。しかし自分を姉と慕う幼い妹の存在に、少しずつ心が安らぎ、満たされていくのを感じるのだった。これはちょっと複雑な事情を抱えた家族の、心温まる絆と愛の物語。

後宮の星詠み妃 平安の呪われた姫と宿命の東宮

鈴木しぐれ
キャラ文芸
旧題:星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~ 【書籍化します!!4/7出荷予定】平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。 ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。 でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

侯爵様と私 ~その後~

菱沼あゆ
キャラ文芸
付き合い始めてからの方が緊張するのは、何故なんでしょうね……。

晴明さんちの不憫な大家

烏丸紫明@『晴明さんちの不憫な大家』発売
キャラ文芸
最愛の祖父を亡くした、主人公――吉祥(きちじょう)真備(まきび)。 天蓋孤独の身となってしまった彼は『一坪の土地』という奇妙な遺産を託される。 祖父の真意を知るため、『一坪の土地』がある岡山県へと足を運んだ彼を待っていた『モノ』とは。   神さま・あやかしたちと、不憫な青年が織りなす、心温まるあやかし譚――。    

鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃
恋愛
美しさと華やかさを持ちながらも、「賢くない」と見下されてきたカタリーナ。 格式ある名門貴族の嫡男との結婚は、政略ではないはずだった。 しかし夫はいつも留守、冷たい義家族、心の通わない屋敷。 愛されたいと願うたび、孤独だけが深まっていく。 カタリーナはその寂しさを、二人の幼い息子たちへの愛情で埋めるように生きていた。 それでも、信じていた。 いつか愛される日が来ると──。 ひとりの女性が静かに揺れる心を抱えながら、 家族と愛を見つめ直しながら結婚生活を送る・・・ ****** 章をまたいで、物語の流れや心情を大切にするために、少し内容が重なる箇所があるかもしれません。 読みにくさを感じられる部分があれば、ごめんなさい。 物語を楽しんでいただけるよう心を込めて描いていますので、最後までお付き合いいただけたら光栄です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...