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23話 蛙の子②
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「さ、さて! ちゃんと河童を探そう!」
「ホントに~?」
気まずくなった衛はことさら声を張り上げて、水面を覗いた。
「もしも蓮君になんかあったら瑞葉も困るだろ。ミユキさんがな、河童の居る所にこのお守りを投げ込めばびっくりして出てくるっていうんだよ」
衛は早口になりながら紐を付けた守り札を池に放りこんだ。まるで釣りである。
「……出て来ないね」
池はシーンと静まり返り、瑞葉の落胆した声だけが響いた。
「釣りってのは、こうゆったりと構えてなくちゃ駄目なんだよ」
「パパは河童を釣るつもりなの?」
瑞葉が呆れながら水面を覗き混んだ。その途端、水面がごぼりと湧き上がる。
「えっ」
その合間から、無数の小さな手が瑞穂の足を掴む。そして水中への引きずり込もうと瑞葉をひっぱった。
「パパ、助けて!」
「瑞葉!」
衛が慌てて瑞葉の手を掴む。渾身の力で衛が瑞葉を引き寄せ、その衝撃で二人は池の畔に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ」
瑞葉の足には赤く小さな手の跡がついていた。
「このいたずら河童、出て来い!」
頭に血が上った衛は池に向かって怒鳴った。すると、再びごぼりと水面が揺れた。
「なんだ、河童……じゃない?」
やがて水面が割れ、現れたのは毛むくじゃらのボロボロの着物の男だった。
『あははははは! こりゃいい! 河童共、龍の血筋の娘を釣るとは!』
それは奇妙に反響した声だった。衛は瑞葉を背中の後ろに隠した。背中の小さな少女はかわいそうに震えている。
『どけ、その娘を寄越せ!』
男の手があり得ない長さで伸び、衛の手を掴む。衛は振り払おうとしたがぴくりとも動かす事が出来なかった。
「汚い手でうちの婿と孫娘に触るんじゃないよ」
そこに、ミユキが現れた。ミユキが木札を投げると、衛を掴んでいた男の手は枯れ木のようにボロボロと崩れ落ちた。
「おん めいぎゃ しゃにえい そわか」
ミユキが龍神真言を唱えると、得体の知れない男は大きく呻きだした。
『その耳障りな経をやめろ! ミユキ!』
「……あんたにまた会うとは思わなかったよ、東方入道」
ミユキはさらに龍神の加護を込めた数珠を投げこんだ。男はうめき声を発しながら池の底へと姿を消した。
「やっつけた……のか」
「いいや、追い払っただけだよ衛。済まなかったねあんなのが出てくるならあたしがいるべきだった」
衛は泥だらけになりながらなんとか立ち上がった。
「瑞葉、とりあえずは大丈夫だ。怖いのはミユキさんが追い払ってくれたよ」
「うん、瑞葉平気だよ」
瑞葉は気丈に立ち上がり、ミユキの側へと駆け寄った。
「ミユキさん、河童さんは?」
「ああ、今事情を聞いてみよう。河童達、出ておいで。きゅうりがあるよ」
ミユキが池に向かってそう声を張り上げると、こぽりこぽりと水面が揺れて小型犬くらいの大きさのトカゲと魚を足したような生き物が姿を現した。河童である。
『『たつ屋』のご主人……面目ねぇ……』
一番体の大きな河童がミユキに頭を下げた。
「まったくだ。あたしの孫娘に手を出すなんて」
『あ、あの入道に脅されて仕方なかったんだ。あの入道、見せしめに老人を食っちまって次は子供らだというもんで』
「あいつにはなんて言われたんだい」
『に、人間の子供をさらってこいと』
ミユキはそれだけ聞くと、河童にキュウリと龍神の守り札を与えた。
「またアイツが来たらこれを使いな」
『へ……へえっ』
河童達が池の底に姿を消したのを見届けて、ミユキはきびすを返した。
「さ、衛、瑞葉帰るよ」
「待って下さい、俺には何がなんだか……」
「説明は後でするよ、とにかくそのどろんこを落とさないとね」
「はあ……」
三人は『たつ屋』に帰り、衛と瑞葉は風呂に入った。
「さ、じゃああの大男について説明しようじゃないか」
「はい」
居間のテーブルにミユキは向かい合わせに座り、話し始めた。
「あの男は『東方朔』という。分かりやすく言えば仙人かね」
「あれが仙人?」
「まぁね、今じゃ神仏にも疎まれてあんなになっているけどね」
言われてみれば、真言を聞かされて苦しむ仙人とは妙なものである。
「あの男はほら、神室の養父でもあったのさ。人魚の肉をあいつに食わせたのは東方朔だ。今、姿を現したという事は先日、神室が寺から逃げ出したのも関係しているかも知れないね。神室を封印した時に葬ったと思ったんだが」
「じゃあ、河童を使って子供を攫おうとしていたのは?」
「きっと神室の代わりに手足になる人間が欲しかったのさ……一体何を企んでいるのやら……」
ミユキはそこまで言うと、さすがに疲れたとぼやいた。衛は、とんでもないものが目を覚ました、と身震いをした。
「ねぇ、パパ。そのとうほうさんはまた来るの? 瑞葉、嫌だな」
瑞葉はまだ引っ張られた感触が残っているのか、足をさすっている。
「そうだなぁ、あいつは神仏に嫌われてるらしいからお不動産と八幡様にお参りに行こう」
衛はなんとか不安だけでも取り除いてやりたくて、瑞葉にそう提案した。
「それはいい考えだね。よくお参りしてありったけのお守りを買っておいで」
「うん、わかったミユキさん」
「あと瑞葉、あのおじさんが嫌いな言葉をあとで教えてあげるから」
衛の言葉だけでは少し不安そうにしていた瑞葉だが、ミユキがそう言った事で少し不安が和らいだようだ。
に、してもあの入道をなんとかしない限りまた不穏な日々が続くな、と衛はため息を吐いた。
「ホントに~?」
気まずくなった衛はことさら声を張り上げて、水面を覗いた。
「もしも蓮君になんかあったら瑞葉も困るだろ。ミユキさんがな、河童の居る所にこのお守りを投げ込めばびっくりして出てくるっていうんだよ」
衛は早口になりながら紐を付けた守り札を池に放りこんだ。まるで釣りである。
「……出て来ないね」
池はシーンと静まり返り、瑞葉の落胆した声だけが響いた。
「釣りってのは、こうゆったりと構えてなくちゃ駄目なんだよ」
「パパは河童を釣るつもりなの?」
瑞葉が呆れながら水面を覗き混んだ。その途端、水面がごぼりと湧き上がる。
「えっ」
その合間から、無数の小さな手が瑞穂の足を掴む。そして水中への引きずり込もうと瑞葉をひっぱった。
「パパ、助けて!」
「瑞葉!」
衛が慌てて瑞葉の手を掴む。渾身の力で衛が瑞葉を引き寄せ、その衝撃で二人は池の畔に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ」
瑞葉の足には赤く小さな手の跡がついていた。
「このいたずら河童、出て来い!」
頭に血が上った衛は池に向かって怒鳴った。すると、再びごぼりと水面が揺れた。
「なんだ、河童……じゃない?」
やがて水面が割れ、現れたのは毛むくじゃらのボロボロの着物の男だった。
『あははははは! こりゃいい! 河童共、龍の血筋の娘を釣るとは!』
それは奇妙に反響した声だった。衛は瑞葉を背中の後ろに隠した。背中の小さな少女はかわいそうに震えている。
『どけ、その娘を寄越せ!』
男の手があり得ない長さで伸び、衛の手を掴む。衛は振り払おうとしたがぴくりとも動かす事が出来なかった。
「汚い手でうちの婿と孫娘に触るんじゃないよ」
そこに、ミユキが現れた。ミユキが木札を投げると、衛を掴んでいた男の手は枯れ木のようにボロボロと崩れ落ちた。
「おん めいぎゃ しゃにえい そわか」
ミユキが龍神真言を唱えると、得体の知れない男は大きく呻きだした。
『その耳障りな経をやめろ! ミユキ!』
「……あんたにまた会うとは思わなかったよ、東方入道」
ミユキはさらに龍神の加護を込めた数珠を投げこんだ。男はうめき声を発しながら池の底へと姿を消した。
「やっつけた……のか」
「いいや、追い払っただけだよ衛。済まなかったねあんなのが出てくるならあたしがいるべきだった」
衛は泥だらけになりながらなんとか立ち上がった。
「瑞葉、とりあえずは大丈夫だ。怖いのはミユキさんが追い払ってくれたよ」
「うん、瑞葉平気だよ」
瑞葉は気丈に立ち上がり、ミユキの側へと駆け寄った。
「ミユキさん、河童さんは?」
「ああ、今事情を聞いてみよう。河童達、出ておいで。きゅうりがあるよ」
ミユキが池に向かってそう声を張り上げると、こぽりこぽりと水面が揺れて小型犬くらいの大きさのトカゲと魚を足したような生き物が姿を現した。河童である。
『『たつ屋』のご主人……面目ねぇ……』
一番体の大きな河童がミユキに頭を下げた。
「まったくだ。あたしの孫娘に手を出すなんて」
『あ、あの入道に脅されて仕方なかったんだ。あの入道、見せしめに老人を食っちまって次は子供らだというもんで』
「あいつにはなんて言われたんだい」
『に、人間の子供をさらってこいと』
ミユキはそれだけ聞くと、河童にキュウリと龍神の守り札を与えた。
「またアイツが来たらこれを使いな」
『へ……へえっ』
河童達が池の底に姿を消したのを見届けて、ミユキはきびすを返した。
「さ、衛、瑞葉帰るよ」
「待って下さい、俺には何がなんだか……」
「説明は後でするよ、とにかくそのどろんこを落とさないとね」
「はあ……」
三人は『たつ屋』に帰り、衛と瑞葉は風呂に入った。
「さ、じゃああの大男について説明しようじゃないか」
「はい」
居間のテーブルにミユキは向かい合わせに座り、話し始めた。
「あの男は『東方朔』という。分かりやすく言えば仙人かね」
「あれが仙人?」
「まぁね、今じゃ神仏にも疎まれてあんなになっているけどね」
言われてみれば、真言を聞かされて苦しむ仙人とは妙なものである。
「あの男はほら、神室の養父でもあったのさ。人魚の肉をあいつに食わせたのは東方朔だ。今、姿を現したという事は先日、神室が寺から逃げ出したのも関係しているかも知れないね。神室を封印した時に葬ったと思ったんだが」
「じゃあ、河童を使って子供を攫おうとしていたのは?」
「きっと神室の代わりに手足になる人間が欲しかったのさ……一体何を企んでいるのやら……」
ミユキはそこまで言うと、さすがに疲れたとぼやいた。衛は、とんでもないものが目を覚ました、と身震いをした。
「ねぇ、パパ。そのとうほうさんはまた来るの? 瑞葉、嫌だな」
瑞葉はまだ引っ張られた感触が残っているのか、足をさすっている。
「そうだなぁ、あいつは神仏に嫌われてるらしいからお不動産と八幡様にお参りに行こう」
衛はなんとか不安だけでも取り除いてやりたくて、瑞葉にそう提案した。
「それはいい考えだね。よくお参りしてありったけのお守りを買っておいで」
「うん、わかったミユキさん」
「あと瑞葉、あのおじさんが嫌いな言葉をあとで教えてあげるから」
衛の言葉だけでは少し不安そうにしていた瑞葉だが、ミユキがそう言った事で少し不安が和らいだようだ。
に、してもあの入道をなんとかしない限りまた不穏な日々が続くな、と衛はため息を吐いた。
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