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9話 うわさのあの子②
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「うわーっ、キレイ!」
「ふふん、お嬢様方、ドルチェ二種盛り、ベリーとチョコソースを添えてです」
衛が椅子を引いてやり、少女達は席についた。
「プリンが丸くない……」
「ああごめんな、プリン型がなくてな」
「しかたないね。梨花ちゃん、これが丸くないけどプリンだよ」
「へぇ……」
梨花はじっと皿の上を見つめて、衛に聞いた。
「この字はなあに?」
「ああそうか、まだローマ字読めないのか。いい? こっちが『りんか』、でこっちが『みずは』」
「わぁ、お名前を書いてくれたの?」
梨花と瑞葉はプリンにスプーンを入れてさっそく口に運んだ。子供向けにカラメルはあまり苦くないように調整してある。
「うーん、パパのプリン美味しい」
「プルプルしてて「卵焼きみたい」
「そうだな、ゼラチンを使ってないから市販のプリンと違って卵の味が濃いと思うよ」
続いて二人は、アイスクリームとプリンを一緒に食べた。瑞葉がじたばたと足をばたつかせる。
「はー、苦いのと甘いのを一緒に食べると美味しい!」
小さい頃から色々と食べさせていた所為か、瑞葉の舌は子供の割に肥えている。
「アイスクリームまで……贅沢ですねぇ」
梨花はしみじみとそう言った。さっきのプリンの時といい、リアクションが一々新鮮だ。
「もしかして、プリン食べた事なかったとか」
「あ、そうなんです。その話をしたら瑞葉ちゃんがご馳走してくれるって」
「そうなんだ……」
今時プリンを食べた事がないなんて、よっぽど厳しい親なんだろうか。それとも……衛はある考えに行き着いて血の気が引いた。
「も、もしかして卵アレルギーとか!?」
「いえ、アレルギーはありません」
「そっか、よかったー」
衛は胸をなで下ろした。ご馳走するのはいくらでも構わないけど、今度からは確認しないとなと衛は反省した。その横で、二人の少女はもりもりとおやつを平らげていく。
「ふーっ、おなかいっぱい!」
「ごちそうさまでした」
瑞葉が満足そうに口を拭い、梨花は衛に向かって手を合わせた。なんだろう、さっきから漂うこの違和感は、と衛は思った。梨花の行動がどうも年相応でないというか。
「それではお礼にトイレ掃除をさせて下さい」
「へっ、いやいやお客さんにさせるわけには……」
突然の申し出に衛は面食らった。トイレ掃除? 瑞葉も嫌がってやらないのに、と。
「そう……ですか……。あの、瑞葉ちゃんから何も聞いていませんか」
「いや、梨花ちゃんが来るとだけ……」
「あらやだ。瑞葉ちゃん、瑞葉ちゃんのパパは大丈夫だって言ってたじゃない」
「ん? 大丈夫だよ? 梨花ちゃんが人間でなくても」
そこまで聞いて、衛は眩暈がした。梨花は人間ではない? という事は、瑞葉がずっと親友のように語っていたのは人外のあやかしの類いだったという事だ。別にあやかしの存在を否定する訳ではないが瑞葉の将来がちょっと心配になってしまう。
「では、キチンと自己紹介を、私の本当の名前は『花子』。梨花は瑞葉ちゃんがつけたあだ名です」
「だって、花子なんてねことかいぬみたいでしょー。今時っぽくないっていうかー」
「そして私の通称は『トイレの花子さん』……厠神の一種です」
「トイレの花子さん!?」
道理でどこかで見た事のある気がしたのだ、と衛は思った。実際、衛が花子さんを見た訳ではないが、赤いスカートにおかっぱ頭というイメージがまさにそれだった。
「ここはあやかしのよろず屋でしょう? ですから私は何かお返しをしなければなりません」
「いやあ……そうだ、梨花ちゃんには翡翠を探すヒントを貰ったし、そのお礼という事で」
「翡翠……?」
梨花が首を傾げると、テーブルの上の藍と翡翠が人型に変化した。
「あなたが翡翠の鳴き声を聞き取ってくれたのですか……!」
「おかげで姉様と再び出会う事ができましたっ!!」
二人でまるで食いつくかのごとく、手を握り、頭を下げて感謝を捧げる。
「そんな、大した事してませんから」
梨花は勢いに飲まれて居心地悪そうにしながらもそう言って頷いた。
「ってな訳で、トイレ掃除は今回はいいので」
「いや、アイスも頂きましたので遠慮なさらず」
梨花が微笑みながら手を振ると、トイレのドアがばんと音を立てて開いた。
「穢れよ、ここから立ち去りなさい」
そういうと、もわっと黒いもやのようなものが膨れあがり、トイレの窓がら出て行った。
「ほんのお礼です」
「は、はい……」
衛はあっけにとられて、黒いものが飛び去った方向を眺めていた。
「本当にお礼したかったんです。瑞葉ちゃんは私とお友達になってくれたし……」
「梨花ちゃんが見えるの私だけみたいなのー」
「勘の良い子は声が聞こえたりするみたいなんですが、こうやって一緒に遊んでくれるような子はあまり居なくて……瑞葉ちゃんが転校してきてから退屈しなくなりました」
「そ、そりゃ良かった」
衛の胸の動悸がようやく治まったのを見届けて、梨花は帰っていった。……学校の方向へ。
「あら、トイレの電灯取り替えたのかい?」
「ああ、いや掃除しただけです」
「ふーん……まぁいいさね。これくらい気合い入れて掃除するときっと良いことがあるよ。なんせトイレには神様がいるからね」
外から帰ってきたミユキにそう言われて、それなら穂乃香が帰ってきますようにと衛はトイレに向かって拝んだ。
「ふふん、お嬢様方、ドルチェ二種盛り、ベリーとチョコソースを添えてです」
衛が椅子を引いてやり、少女達は席についた。
「プリンが丸くない……」
「ああごめんな、プリン型がなくてな」
「しかたないね。梨花ちゃん、これが丸くないけどプリンだよ」
「へぇ……」
梨花はじっと皿の上を見つめて、衛に聞いた。
「この字はなあに?」
「ああそうか、まだローマ字読めないのか。いい? こっちが『りんか』、でこっちが『みずは』」
「わぁ、お名前を書いてくれたの?」
梨花と瑞葉はプリンにスプーンを入れてさっそく口に運んだ。子供向けにカラメルはあまり苦くないように調整してある。
「うーん、パパのプリン美味しい」
「プルプルしてて「卵焼きみたい」
「そうだな、ゼラチンを使ってないから市販のプリンと違って卵の味が濃いと思うよ」
続いて二人は、アイスクリームとプリンを一緒に食べた。瑞葉がじたばたと足をばたつかせる。
「はー、苦いのと甘いのを一緒に食べると美味しい!」
小さい頃から色々と食べさせていた所為か、瑞葉の舌は子供の割に肥えている。
「アイスクリームまで……贅沢ですねぇ」
梨花はしみじみとそう言った。さっきのプリンの時といい、リアクションが一々新鮮だ。
「もしかして、プリン食べた事なかったとか」
「あ、そうなんです。その話をしたら瑞葉ちゃんがご馳走してくれるって」
「そうなんだ……」
今時プリンを食べた事がないなんて、よっぽど厳しい親なんだろうか。それとも……衛はある考えに行き着いて血の気が引いた。
「も、もしかして卵アレルギーとか!?」
「いえ、アレルギーはありません」
「そっか、よかったー」
衛は胸をなで下ろした。ご馳走するのはいくらでも構わないけど、今度からは確認しないとなと衛は反省した。その横で、二人の少女はもりもりとおやつを平らげていく。
「ふーっ、おなかいっぱい!」
「ごちそうさまでした」
瑞葉が満足そうに口を拭い、梨花は衛に向かって手を合わせた。なんだろう、さっきから漂うこの違和感は、と衛は思った。梨花の行動がどうも年相応でないというか。
「それではお礼にトイレ掃除をさせて下さい」
「へっ、いやいやお客さんにさせるわけには……」
突然の申し出に衛は面食らった。トイレ掃除? 瑞葉も嫌がってやらないのに、と。
「そう……ですか……。あの、瑞葉ちゃんから何も聞いていませんか」
「いや、梨花ちゃんが来るとだけ……」
「あらやだ。瑞葉ちゃん、瑞葉ちゃんのパパは大丈夫だって言ってたじゃない」
「ん? 大丈夫だよ? 梨花ちゃんが人間でなくても」
そこまで聞いて、衛は眩暈がした。梨花は人間ではない? という事は、瑞葉がずっと親友のように語っていたのは人外のあやかしの類いだったという事だ。別にあやかしの存在を否定する訳ではないが瑞葉の将来がちょっと心配になってしまう。
「では、キチンと自己紹介を、私の本当の名前は『花子』。梨花は瑞葉ちゃんがつけたあだ名です」
「だって、花子なんてねことかいぬみたいでしょー。今時っぽくないっていうかー」
「そして私の通称は『トイレの花子さん』……厠神の一種です」
「トイレの花子さん!?」
道理でどこかで見た事のある気がしたのだ、と衛は思った。実際、衛が花子さんを見た訳ではないが、赤いスカートにおかっぱ頭というイメージがまさにそれだった。
「ここはあやかしのよろず屋でしょう? ですから私は何かお返しをしなければなりません」
「いやあ……そうだ、梨花ちゃんには翡翠を探すヒントを貰ったし、そのお礼という事で」
「翡翠……?」
梨花が首を傾げると、テーブルの上の藍と翡翠が人型に変化した。
「あなたが翡翠の鳴き声を聞き取ってくれたのですか……!」
「おかげで姉様と再び出会う事ができましたっ!!」
二人でまるで食いつくかのごとく、手を握り、頭を下げて感謝を捧げる。
「そんな、大した事してませんから」
梨花は勢いに飲まれて居心地悪そうにしながらもそう言って頷いた。
「ってな訳で、トイレ掃除は今回はいいので」
「いや、アイスも頂きましたので遠慮なさらず」
梨花が微笑みながら手を振ると、トイレのドアがばんと音を立てて開いた。
「穢れよ、ここから立ち去りなさい」
そういうと、もわっと黒いもやのようなものが膨れあがり、トイレの窓がら出て行った。
「ほんのお礼です」
「は、はい……」
衛はあっけにとられて、黒いものが飛び去った方向を眺めていた。
「本当にお礼したかったんです。瑞葉ちゃんは私とお友達になってくれたし……」
「梨花ちゃんが見えるの私だけみたいなのー」
「勘の良い子は声が聞こえたりするみたいなんですが、こうやって一緒に遊んでくれるような子はあまり居なくて……瑞葉ちゃんが転校してきてから退屈しなくなりました」
「そ、そりゃ良かった」
衛の胸の動悸がようやく治まったのを見届けて、梨花は帰っていった。……学校の方向へ。
「あら、トイレの電灯取り替えたのかい?」
「ああ、いや掃除しただけです」
「ふーん……まぁいいさね。これくらい気合い入れて掃除するときっと良いことがあるよ。なんせトイレには神様がいるからね」
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