上 下
6 / 40

5話 空の器①

しおりを挟む
「うー……くらくらする……」

 ふらふらになりながら、衛は瑞葉を連れて家へと戻った。

「ただいまぁ」
「おや、どこまで行ってたんだい。……どうした、具合でも悪いのかい」

 玄関先に迎えに出たミユキは衛の顔色を見て眉を寄せた。

「いやぁ……なんだか眠くて……」
「そりゃあ、その腕輪の力に振り回されているんだろう。とっとと横になんな。夕飯はあたしが仕度するから」
「そうさせて……貰います……」

 衛は二階に上がって、横になるといびきをかいて眠ってしまった。瑞葉は二階を見つめながら首をかしげた。

「ミユキさん、瑞葉はなんともないよ」
「まああんたのはだだ漏れなのを抑えているだけだから。それにしても朝はケロッとしていたのにねぇ。あんたのパパは鈍いのかね」
「うーん、そういう所もあるかな」

 ミユキと瑞葉のそんな会話も知らずに衛は深い深い眠りに落ちていた。


 ――翌日、衛は瑞葉を連れて子供服を買いに近所のショッピングモールへ行っていた。瑞葉の着替えがそろそろ着きそうだったのだ。

「かわいいのあって良かった!」

 瑞葉は新しい洋服を買って貰ってご機嫌である。

「梨花ちゃんも花柄が好きなの」
「その梨花ちゃん、今度うちに連れておいでよ。そんなに仲が良いなら」
「いいの?」
「ああ」

 瑞葉をそう会話しながら、衛は首をごりごりと回した。昨日変な格好で寝てしまった所為で、首の筋をいわしたらしい。

「あっ、パパお祭りだよ」

 瑞葉が黄色い声を上げる。お祭り……? といぶかしげに衛が瑞葉の指さす方を見ると、富岡八幡宮の境内に露店が並んでいた。

「ああ、これは骨董市だよ」
「こっとう……?」
「古い物の事だよ」

 瑞葉にはまだ早かったかな、と衛は言いながらも八幡様の間を通って帰る事にした。店頭には、着物や器に貴石、蹄鉄なんてのも並んでる。

「このボタンきれい」

 瑞葉はしゃがんで古いボタンを眺めている。

「パパ、パパ!」
「うーん、どうした? 欲しいのか」

 ボタンくらいなら買ってもいいかな、と衛がそっちに視線をやると、瑞葉はいつの間にか青い花柄のワンピースの女の子と一緒に居た。

「瑞葉?」
「パパ、お客さんだよ!」
「……え?」

 まさかコロッケ買いに来たわけじゃないよな、と衛は思った。という事はこの女の子は人外のあやかしという訳である。

「私は藍と申します。お願いがあってよろず屋さんに伺ったのですが留守だったもので」
「ちょっと買い物に出てました。こんな所で相談事もあれですから家の方へ」

 衛は歩きながら『藍』と名乗った少女を観察した。見た感じは十代後半、以上に色が白い以外は普通の少女に見える。

「それじゃあ、ちらかってますけど。どうぞ」

 衛は少女を居間に案内した。少女は珍しげにキョロキョロとあたりを見渡している。
ミユキはどこかに出かけたのか、肝心な時にいないなと衛はひとりごちた。

「飲み物、お茶かコーヒーかどうします?」
「あ、きれいなお水で……」
「……? じゃあミネラルウォーターで」
「瑞葉はリンゴジュース!」
「はいはい」

 衛は台所の冷蔵庫からペットボトルを取りだして、コップに注いで二人に出した。

「くー、うまい」
「……冷たい、おいしい……」

 仕事帰りの親父のような事を言っている瑞葉と、対照的にまるでお茶のお手前のように優雅に水を飲む少女。

「瑞葉、お行儀が悪い」
「はぁい」

 つい衛の口から、小言が出る。瑞葉は口を尖らせて不満そうに生返事をした。

「あの……そろそろこの姿もつらいので元の姿になってもいいでしょうか」

 水を飲み終えた藍は申し訳無さそうに衛と瑞葉に言った。衛はこれも変化の術かなにかなのか、と初めて気が付いた。

「ああ、どうぞ。これは気が利きませんで」
「いえ……では、失礼」

 目の前の藍の姿が揺れて霞みのようになったかと思うと、次の瞬間そこにあったのは青い花柄の染め付けの皿だった。ちょっとモダンな雰囲気がある。

『これが私の本当の姿です。大正の頃に伊万里で作られた皿の一つです』
「皿がしゃべった……」
『器物は長い年月を経ると魂を持つそうです。いわゆる付喪神、というものですね』
「はぁ……大正から、だから大体百年位か」
『はい。私が魂を持ったのも最近の事で……お恥ずかしい事に人型になれる時間も限られてまして』

 不思議な事にその皿は、先程の清楚な少女の雰囲気そのままである。衛は自分の愛用の大相撲マグカップがもし百年たったらどうなるんだろうとふと考えた。

「それで、ご用件はなんでしょう」
『それが……私には弟と呼ぶ存在が居るのです。私と対になる皿なのですが……今までずっと一緒に居たのに、急に姿を消してしまったのです』
「それは……どっかに売られてしまったとか?」
『そうかもしれません……でも、百年も一緒にいたのに今更バラバラだなんて……』

 藍のさめざめ泣く声が聞こえ、皿の表面に水滴が浮かび上がった。

「そうですよね……バラバラは嫌ですよね」

 衛は、不憫な様子の藍に心底同情した。それは瑞葉も同じだったのか、衛の腕を引っ張ってこう言った。

「ねーねー、瑞葉達でさがしてあげよう?」
「うん。藍さん、俺達でその弟さんを探してあげますよ」
『ああ、うれしい。ありがとうございます。この姿ではあちこち動けず、人の姿をとれる時間も限られていて難儀しておりました……!』

 衛と瑞葉が藍の弟探しを手伝う事を了承すると、青い皿から白い手がにゅっと伸びて衛の手を掴んだ。

「~☆&%/$!!」
 そのひやっとした感触に衛は驚いて声にならない声をあげ、スッ転んだ。

『ああ、驚かせてしまいましたね』
「ははは……少し、ビックリしました……」

 あやかしを相手に商売をするという事は、今後こういう輩と付き合っていかなきゃならないのだろうと、衛は内心で冷や汗をかいていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜

紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
【キャラ文芸大賞に参加中です。投票よろしくお願いします!】 やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。 *あらすじ*  人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。 「”ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」  どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、”猫神様”の居場所はわからない。  迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。  そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。  彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。

本日、訳あり軍人の彼と結婚します~ド貧乏な軍人伯爵さまと結婚したら、何故か甘く愛されています~

扇 レンナ
キャラ文芸
政略結婚でド貧乏な伯爵家、桐ケ谷《きりがや》家の当主である律哉《りつや》の元に嫁ぐことになった真白《ましろ》は大きな事業を展開している商家の四女。片方はお金を得るため。もう片方は華族という地位を得るため。ありきたりな政略結婚。だから、真白は律哉の邪魔にならない程度に存在していようと思った。どうせ愛されないのだから――と思っていたのに。どうしてか、律哉が真白を見る目には、徐々に甘さがこもっていく。 (雇う余裕はないので)使用人はゼロ。(時間がないので)邸宅は埃まみれ。 そんな場所で始まる新婚生活。苦労人の伯爵さま(軍人)と不遇な娘の政略結婚から始まるとろける和風ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう ※エブリスタさんにて先行公開しております。ある程度ストックはあります。

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...