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5話 空の器①
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「うー……くらくらする……」
ふらふらになりながら、衛は瑞葉を連れて家へと戻った。
「ただいまぁ」
「おや、どこまで行ってたんだい。……どうした、具合でも悪いのかい」
玄関先に迎えに出たミユキは衛の顔色を見て眉を寄せた。
「いやぁ……なんだか眠くて……」
「そりゃあ、その腕輪の力に振り回されているんだろう。とっとと横になんな。夕飯はあたしが仕度するから」
「そうさせて……貰います……」
衛は二階に上がって、横になるといびきをかいて眠ってしまった。瑞葉は二階を見つめながら首をかしげた。
「ミユキさん、瑞葉はなんともないよ」
「まああんたのはだだ漏れなのを抑えているだけだから。それにしても朝はケロッとしていたのにねぇ。あんたのパパは鈍いのかね」
「うーん、そういう所もあるかな」
ミユキと瑞葉のそんな会話も知らずに衛は深い深い眠りに落ちていた。
――翌日、衛は瑞葉を連れて子供服を買いに近所のショッピングモールへ行っていた。瑞葉の着替えがそろそろ着きそうだったのだ。
「かわいいのあって良かった!」
瑞葉は新しい洋服を買って貰ってご機嫌である。
「梨花ちゃんも花柄が好きなの」
「その梨花ちゃん、今度うちに連れておいでよ。そんなに仲が良いなら」
「いいの?」
「ああ」
瑞葉をそう会話しながら、衛は首をごりごりと回した。昨日変な格好で寝てしまった所為で、首の筋をいわしたらしい。
「あっ、パパお祭りだよ」
瑞葉が黄色い声を上げる。お祭り……? といぶかしげに衛が瑞葉の指さす方を見ると、富岡八幡宮の境内に露店が並んでいた。
「ああ、これは骨董市だよ」
「こっとう……?」
「古い物の事だよ」
瑞葉にはまだ早かったかな、と衛は言いながらも八幡様の間を通って帰る事にした。店頭には、着物や器に貴石、蹄鉄なんてのも並んでる。
「このボタンきれい」
瑞葉はしゃがんで古いボタンを眺めている。
「パパ、パパ!」
「うーん、どうした? 欲しいのか」
ボタンくらいなら買ってもいいかな、と衛がそっちに視線をやると、瑞葉はいつの間にか青い花柄のワンピースの女の子と一緒に居た。
「瑞葉?」
「パパ、お客さんだよ!」
「……え?」
まさかコロッケ買いに来たわけじゃないよな、と衛は思った。という事はこの女の子は人外のあやかしという訳である。
「私は藍と申します。お願いがあってよろず屋さんに伺ったのですが留守だったもので」
「ちょっと買い物に出てました。こんな所で相談事もあれですから家の方へ」
衛は歩きながら『藍』と名乗った少女を観察した。見た感じは十代後半、以上に色が白い以外は普通の少女に見える。
「それじゃあ、ちらかってますけど。どうぞ」
衛は少女を居間に案内した。少女は珍しげにキョロキョロとあたりを見渡している。
ミユキはどこかに出かけたのか、肝心な時にいないなと衛はひとりごちた。
「飲み物、お茶かコーヒーかどうします?」
「あ、きれいなお水で……」
「……? じゃあミネラルウォーターで」
「瑞葉はリンゴジュース!」
「はいはい」
衛は台所の冷蔵庫からペットボトルを取りだして、コップに注いで二人に出した。
「くー、うまい」
「……冷たい、おいしい……」
仕事帰りの親父のような事を言っている瑞葉と、対照的にまるでお茶のお手前のように優雅に水を飲む少女。
「瑞葉、お行儀が悪い」
「はぁい」
つい衛の口から、小言が出る。瑞葉は口を尖らせて不満そうに生返事をした。
「あの……そろそろこの姿もつらいので元の姿になってもいいでしょうか」
水を飲み終えた藍は申し訳無さそうに衛と瑞葉に言った。衛はこれも変化の術かなにかなのか、と初めて気が付いた。
「ああ、どうぞ。これは気が利きませんで」
「いえ……では、失礼」
目の前の藍の姿が揺れて霞みのようになったかと思うと、次の瞬間そこにあったのは青い花柄の染め付けの皿だった。ちょっとモダンな雰囲気がある。
『これが私の本当の姿です。大正の頃に伊万里で作られた皿の一つです』
「皿がしゃべった……」
『器物は長い年月を経ると魂を持つそうです。いわゆる付喪神、というものですね』
「はぁ……大正から、だから大体百年位か」
『はい。私が魂を持ったのも最近の事で……お恥ずかしい事に人型になれる時間も限られてまして』
不思議な事にその皿は、先程の清楚な少女の雰囲気そのままである。衛は自分の愛用の大相撲マグカップがもし百年たったらどうなるんだろうとふと考えた。
「それで、ご用件はなんでしょう」
『それが……私には弟と呼ぶ存在が居るのです。私と対になる皿なのですが……今までずっと一緒に居たのに、急に姿を消してしまったのです』
「それは……どっかに売られてしまったとか?」
『そうかもしれません……でも、百年も一緒にいたのに今更バラバラだなんて……』
藍のさめざめ泣く声が聞こえ、皿の表面に水滴が浮かび上がった。
「そうですよね……バラバラは嫌ですよね」
衛は、不憫な様子の藍に心底同情した。それは瑞葉も同じだったのか、衛の腕を引っ張ってこう言った。
「ねーねー、瑞葉達でさがしてあげよう?」
「うん。藍さん、俺達でその弟さんを探してあげますよ」
『ああ、うれしい。ありがとうございます。この姿ではあちこち動けず、人の姿をとれる時間も限られていて難儀しておりました……!』
衛と瑞葉が藍の弟探しを手伝う事を了承すると、青い皿から白い手がにゅっと伸びて衛の手を掴んだ。
「~☆&%/$!!」
そのひやっとした感触に衛は驚いて声にならない声をあげ、スッ転んだ。
『ああ、驚かせてしまいましたね』
「ははは……少し、ビックリしました……」
あやかしを相手に商売をするという事は、今後こういう輩と付き合っていかなきゃならないのだろうと、衛は内心で冷や汗をかいていた。
ふらふらになりながら、衛は瑞葉を連れて家へと戻った。
「ただいまぁ」
「おや、どこまで行ってたんだい。……どうした、具合でも悪いのかい」
玄関先に迎えに出たミユキは衛の顔色を見て眉を寄せた。
「いやぁ……なんだか眠くて……」
「そりゃあ、その腕輪の力に振り回されているんだろう。とっとと横になんな。夕飯はあたしが仕度するから」
「そうさせて……貰います……」
衛は二階に上がって、横になるといびきをかいて眠ってしまった。瑞葉は二階を見つめながら首をかしげた。
「ミユキさん、瑞葉はなんともないよ」
「まああんたのはだだ漏れなのを抑えているだけだから。それにしても朝はケロッとしていたのにねぇ。あんたのパパは鈍いのかね」
「うーん、そういう所もあるかな」
ミユキと瑞葉のそんな会話も知らずに衛は深い深い眠りに落ちていた。
――翌日、衛は瑞葉を連れて子供服を買いに近所のショッピングモールへ行っていた。瑞葉の着替えがそろそろ着きそうだったのだ。
「かわいいのあって良かった!」
瑞葉は新しい洋服を買って貰ってご機嫌である。
「梨花ちゃんも花柄が好きなの」
「その梨花ちゃん、今度うちに連れておいでよ。そんなに仲が良いなら」
「いいの?」
「ああ」
瑞葉をそう会話しながら、衛は首をごりごりと回した。昨日変な格好で寝てしまった所為で、首の筋をいわしたらしい。
「あっ、パパお祭りだよ」
瑞葉が黄色い声を上げる。お祭り……? といぶかしげに衛が瑞葉の指さす方を見ると、富岡八幡宮の境内に露店が並んでいた。
「ああ、これは骨董市だよ」
「こっとう……?」
「古い物の事だよ」
瑞葉にはまだ早かったかな、と衛は言いながらも八幡様の間を通って帰る事にした。店頭には、着物や器に貴石、蹄鉄なんてのも並んでる。
「このボタンきれい」
瑞葉はしゃがんで古いボタンを眺めている。
「パパ、パパ!」
「うーん、どうした? 欲しいのか」
ボタンくらいなら買ってもいいかな、と衛がそっちに視線をやると、瑞葉はいつの間にか青い花柄のワンピースの女の子と一緒に居た。
「瑞葉?」
「パパ、お客さんだよ!」
「……え?」
まさかコロッケ買いに来たわけじゃないよな、と衛は思った。という事はこの女の子は人外のあやかしという訳である。
「私は藍と申します。お願いがあってよろず屋さんに伺ったのですが留守だったもので」
「ちょっと買い物に出てました。こんな所で相談事もあれですから家の方へ」
衛は歩きながら『藍』と名乗った少女を観察した。見た感じは十代後半、以上に色が白い以外は普通の少女に見える。
「それじゃあ、ちらかってますけど。どうぞ」
衛は少女を居間に案内した。少女は珍しげにキョロキョロとあたりを見渡している。
ミユキはどこかに出かけたのか、肝心な時にいないなと衛はひとりごちた。
「飲み物、お茶かコーヒーかどうします?」
「あ、きれいなお水で……」
「……? じゃあミネラルウォーターで」
「瑞葉はリンゴジュース!」
「はいはい」
衛は台所の冷蔵庫からペットボトルを取りだして、コップに注いで二人に出した。
「くー、うまい」
「……冷たい、おいしい……」
仕事帰りの親父のような事を言っている瑞葉と、対照的にまるでお茶のお手前のように優雅に水を飲む少女。
「瑞葉、お行儀が悪い」
「はぁい」
つい衛の口から、小言が出る。瑞葉は口を尖らせて不満そうに生返事をした。
「あの……そろそろこの姿もつらいので元の姿になってもいいでしょうか」
水を飲み終えた藍は申し訳無さそうに衛と瑞葉に言った。衛はこれも変化の術かなにかなのか、と初めて気が付いた。
「ああ、どうぞ。これは気が利きませんで」
「いえ……では、失礼」
目の前の藍の姿が揺れて霞みのようになったかと思うと、次の瞬間そこにあったのは青い花柄の染め付けの皿だった。ちょっとモダンな雰囲気がある。
『これが私の本当の姿です。大正の頃に伊万里で作られた皿の一つです』
「皿がしゃべった……」
『器物は長い年月を経ると魂を持つそうです。いわゆる付喪神、というものですね』
「はぁ……大正から、だから大体百年位か」
『はい。私が魂を持ったのも最近の事で……お恥ずかしい事に人型になれる時間も限られてまして』
不思議な事にその皿は、先程の清楚な少女の雰囲気そのままである。衛は自分の愛用の大相撲マグカップがもし百年たったらどうなるんだろうとふと考えた。
「それで、ご用件はなんでしょう」
『それが……私には弟と呼ぶ存在が居るのです。私と対になる皿なのですが……今までずっと一緒に居たのに、急に姿を消してしまったのです』
「それは……どっかに売られてしまったとか?」
『そうかもしれません……でも、百年も一緒にいたのに今更バラバラだなんて……』
藍のさめざめ泣く声が聞こえ、皿の表面に水滴が浮かび上がった。
「そうですよね……バラバラは嫌ですよね」
衛は、不憫な様子の藍に心底同情した。それは瑞葉も同じだったのか、衛の腕を引っ張ってこう言った。
「ねーねー、瑞葉達でさがしてあげよう?」
「うん。藍さん、俺達でその弟さんを探してあげますよ」
『ああ、うれしい。ありがとうございます。この姿ではあちこち動けず、人の姿をとれる時間も限られていて難儀しておりました……!』
衛と瑞葉が藍の弟探しを手伝う事を了承すると、青い皿から白い手がにゅっと伸びて衛の手を掴んだ。
「~☆&%/$!!」
そのひやっとした感触に衛は驚いて声にならない声をあげ、スッ転んだ。
『ああ、驚かせてしまいましたね』
「ははは……少し、ビックリしました……」
あやかしを相手に商売をするという事は、今後こういう輩と付き合っていかなきゃならないのだろうと、衛は内心で冷や汗をかいていた。
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