追放されて捨てられた紅蓮の神子は気高い竜の最愛となりました。

高井うしお

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 その頃、第一級大規模迷宮ダンジョンではユージーンがアンリのいる本営の建物を訪れていた。

「アンリ殿下、王都より一級品の紅茶を取り寄せました。この埃っぽい場所ですが良い香りを楽しんでください」

 ユージーンは微笑みを浮かべながら、アンリへと差し入れを渡す。一方で、受け取ったアンリは浮かない顔をしていた。

「ユージーン殿。近頃負傷者が増加していると聞く。大変だろうが、前線に近い位置に待機をお願いしたい」
「はあ……」
「もちろん警護は手厚くする……だから……」
「ええ、アンリ殿下の頼みでしたら。それよりも……アンリ殿下、私のことはユージーンと呼び捨てにしてください」
「あ……ああ」
「アンリ殿下、たまには私の宿舎にも来て下さい。ささやかですがおもてなしをします」
「まあ……そのうちにな」
「……ええ」
 ユージーンが部屋を出て行った後、アンリは深いため息を吐きながら椅子に身を預けた。
(こんなはずではなかった)
 教会から、そして父王から言われるがままにリアムを追い出し、ユージーンを迎え入れたのは、この迷宮ダンジョンの討伐に役に立つと思ったからだった。
 そして生まれも由緒正しいユージーンと婚約する。それが一番、王家での立場を盤石にする方法だと思っていた。
 初め、リアムが嫉妬からユージーンに手出しをした時はその判断は正しかったと思った。
 だが、ユージーンは治癒の能力こそ強大ではあるが必要最低限のことしかしない。
 軍の中でそれに不満を持つ者が少なくないことも、アンリはとうに知っていた。
「でもリアムは生き延びて……しかも……迷宮核ダンジョンコアの破壊までやってのけた」
 今となってはリアムの暴行は……あれは何かの間違いではなかったのかとすら思える。
「……リアム」
 アンリは机の上の報告書に目を落とした。
 そこにはここ数週間の魔獣の出現数と種類の報告とともに、それらが増加傾向であること、凶暴な個体が増えていることが書き添えられていた。
 本当ならばリアムに応援を頼みたい。だが……リアムは自分を許さないだろう、とアンリは思った。あの死の森に向かわせた自分を許すはずがない。アンリはぐっと唇を噛んだ。

***

「まったく腹立たしい!」
 ユージーンは宿舎に戻るなり、近くにあった椅子を蹴り飛ばした。
「ユージーン様、何を……」
 慌てて駆け寄ったルルを、ユージーンはキッと睨み付けた。
「お前も私を影で嗤っているのだろう!」
 そう言ってルルの頬をはたく。
「そんな……私は」
 リアムたちの噂はユージーンの耳にも当然入っていた。このような理不尽な八つ当たりは近頃は当然のものとなっている。
「もういい! 出て行け! ……一人になりたい」
「……はい、かしこまりました」
 ルルは赤くなった頬を押さえながら部屋を出て行った。
「はぁ……はぁ……」
 誰も居なくなった部屋で、ユージーンはがっくりと膝をつき、激しく咳き込んだ。
「……」
 ユージーンは手のひらを見つめた。その手は吐いた血がべっとりとついている。
「こんな私を馬鹿だとおっしゃるでしょうね……アンリ殿下」
 そう一人呟きながら、ユージーンはシャツのボタンを外していく。
 その胸の中央には、赤い結晶が埋め込まれていた。肉に食い込んだ紅玉は鈍い光をゆっくりと点滅させている。
 ――それは『叡智の実』と言われる代物。魔力を爆発的に増幅させる、古代の禁呪の法で創られた呪物。それが教会からユージーンの元に持ち込まれた時、彼もそれが本物なのかと半信半疑だった。
 だが、それは本物だった。取り潰された古い一族の家から出てきたそれは、ユージーンの実家、フォンテーヌ伯爵家に持ち込まれた。
「これがあれば……私も『神子』になれる……? そうすればアンリ殿下と婚約できる?」
 幼い日から恋い焦がれたアンリの婚約の話を聞かされたばかりのユージーンにとって、それは甘美な果実に思えた。
「あんな孤児出身の卑しい者にアンリ殿下は渡さない……!」
 例え、どんな犠牲を払おうとも。そうしてユージーンは叡智の実を手に取ったのだった。
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