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「よく……生きて……」

 彼はそう言うと、顔を覆って膝をついた。リアムは覆い被さるように、その肩を抱いて声をかけた。

「どうしてここに……?」
「私はリアムは死の森で死んだと聞いていたのだ。だから半信半疑で……」

 エヴァンズ男爵はそう口にすると、小さな声で良かった、良かったと繰り返した。

「リアム、とりあえず中に入ってもらえ」
「イサイアス……そうだね」

 いまだ動揺している男爵を家の中に招き入れ、リアムはお茶を出した。

「エヴァンズ男爵、これを飲んで落ち着いてください」
「あ……ああ」

 エヴァンズは診療所のソファに座り、じっとイサイアスを見た。

「あ……ええと、彼はイサイアス。僕の……は、伴侶です」
「伴侶!?」
「ええ、死の森から僕を救い、いままで一緒にいてくれたんです」
「そうか……ありがとう」

 エヴァンズ男爵は立ち上がり、イサイアスに握手を求めた。だが、イサイアスはsの手を取ろうとはしなかった。

「イサイアス、エヴァンズ男爵は僕が子供の頃からお世話になっていた人なんだ」
「ほう。それはいいとして、彼はなんの為にここに?」
「あ、そうだね……」

 リアムが男爵の方に向き直ると、彼は小さくため息をついてソファに座り直した。心なしか、表情も曇っている。

「私は……リアムを迎えに来たのだ」
「迎え?」
「ああ、第一級大規模迷宮ダンジョンの討伐軍から……」
「そんな。僕は追放されたんですよ」

 エヴァンズの口が重かった訳が分かった。そして同時にリアムは怒りがわき上がってくる。あんな仕打ちをしておいて虫が良い、というのとそのことをエヴァンズの口から言わせたことにだ。

「僕たちが迷宮ダンジョンを消滅させたからですか?」
「ああ……そうだ。実はあそこの迷宮ダンジョンに異変が起こっている。瘴気の発生が増えているんだ」
「そんな。あそこは何年も対処しているんです。消滅も近かったはずです」

 本来ならそれを待ってリアムはアンリと婚姻を結ぶ予定だった。今までの経験から終わりが近いと予測されていたのだ。

「だとしてもあの討伐軍なら対処できるのでは? なにしろ国一番の……」
「それが……厄介なことになっているのだ。私がここに派遣されたのもそれが原因なのだ」

 エヴァンズは一度言葉を切ると、あたりを見渡した。そして小声で囁いた。

「討伐軍に亀裂が入っている。ユージーン様が原因だ」
「え?」
「神子としての役割を果たしてないと不満を持つ兵士が多く、軍の統率が取れなくなってきているんだ。リアム、それだけお前は慕われていたんだよ」

 エヴァンズは深いため息をつく。
 リアムはどう答えたらいいものか分からず口をつぐんだ。

「軍がそのような状態なのに、あの新しい神子に対してアンリ殿下はまるで手を打とうとしない。面子があるからな。お前を追放したのが誤りだと認めることになる。今回、私にリアムを迎えに行けと言ったのは皇太子殿下だ」
「皇太子殿下が……?」
「放っておけば大事になるだろうと。王族の失態は国の恥だ。王に進言することになる前に手を打てと……」

 その時、それまで黙って話を聞いていたイサイアスが、バンッと乱暴にテーブルを叩いた。

「あんまり勝手なことを言ってくれるな。俺たちにそっちの討伐軍の内部事情なんて知ったことではない」

 人間離れした赤い瞳がギロリとエヴァンズを睨む。

「それはそう……なのだが」

 何も言い返すことが出来ず、エヴァンズは項垂れた。リアムの追放の際になにも手を打てず、無事だとわかってのうのうと現れ、助けろと言う。エヴァンズも自分がふがいないと感じていた。

「――いいよ。行くよ」

 だが、そんなエヴァンズにリアムはあっさりと答えた。

「い……いいのか?」
「男爵の頼みだもん。それに……いつかはケリをつけなきゃって思って」

 アンリとユージーンのことは長らくリアムの心の重しとなっていた。イサイアスの愛を得て、過去のものなったが、追放の汚名を晴らせた訳ではない。

「ユージーンは僕を殺そうとした。もしかしたら今も僕の命を狙っている。だったらもう手をだすなって言わなきゃ」

 そう言ってリアムはイサイアスの顔を見上げた。

「僕がこれからイサイアスと生きていく為に」
「……リアムがそう言うのなら」
「で、男爵。具体的には僕は何をすればいいの?」
「あ……ああ」

 リアムは以前から勝ち気な性格だったが、ここまで度胸が据わっていただろうか、とエヴァンズは驚いていた。

「変わったな、リアム。いい顔をしているよ」
「そうだとしたらイサイアスがいるからだよ」

 教会にいた頃は神子になるために、討伐軍にいた時はアンリの婚約者として恥ずかしくないように、リアムは人の目を気にしているところがあった。
 だが、今はイサイアスと共にありたい、ただ愛されていることが誇らしい、とそう思うだけだった。
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