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「ほら、植木鉢見つけたよ。……まだむくれてるの?」

 家の外から植木鉢を調達してきたイサイアスはソファに突っ伏しているリアムに声をかけた。

「むくれてません!」
「はいはい」

 イサイアスはリアムのいらだちを受け流しながら、彼女の表情が豊かになってきたことを密かに喜んでいた。リアムも本気で怒っている訳では無い。

「お昼食べたらミハイルのお見舞いに行こうと思うんだけど。リアムはどうする?」
「行く」

 その証拠にイサイアスが声をかけるとすぐに返事が返ってきた。

「ふふ。じゃあご飯つくるよ」

 イサイアスは軽く微笑むと、村人たちに沢山貰った野菜を切り始めた。



「こんにちは!」
「ああ、リアムさん、イサイアスさん」

 リアムとイサイアスが村長の家に向かうと、シモンとラウルが畑に出ていた。

「あのぼろぼろの畑が見事に蘇りました。ありがとうございます、リアムさん」
「お役に立てて良かったです。あの……ミハイルくんは?」
「ああ、今日は家の中で遊んでます。どうぞ」

 リアムたちはシモンの後について家の中に入っていった。すると居間で積み木をしているミハイルがいた。

「ミハイル!」
「あっ、お兄ちゃん」

 リアムが声をかけると、ミハイルは尻尾を振って駆け寄ってきた。

「ありがとうお兄ちゃん」
「元気そうだね。でも血が出たから今日は大人しくしてなね」
「うん!」

 それからしばらくリアムはミハイルの積み木遊びに付き合って、家から出た。

「あら、そういえばイサイアスはどうしたのかな」

 リアムはいつの間にか姿をくらましてしまったイサイアスの姿を探した。リアムが家の周りをぐるりと回って裏にいくと何やら話し声がする。

「えいっ」
「そうそう。真っ直ぐぶれないようにするには手首を……」

 見ると、イサイアスとシモンが裏庭で話し込んでいた。

「イサイアス!」
「ああ、リアム」
「なにしてるの」
「ん、ちょっと剣術のコツをシモンさんに教えてた」

 イサイアスは持っていた剣を握りなおすと、ぐっと正面に剣を振り下ろした。イサイアスの剣筋ははヒュッと風を切り、下草が揺れる。

「すばらしい」

 それを見たシモンが拍手を送る。

「これくらいでよければ教えますよ」
「えっ、いいのですか?」
「ええ。魔獣が出なきゃ俺は暇なので」
「それじゃあ……村のみんなも一緒にいいでしょうか。皆、魔獣の襲撃に備えたいんです」
「ああ。一人も二人も一緒です」

 イサイアスがシモンに剣術を教えると言うと、シモンは飛び上がって喜んだ。

「イサイアス、それって僕もいいかな」
「リアムが? 別にかまわないけど」

 こうしてイサイアスによる、青空剣術教室が開かれることが決定した。

「では、安息日の午後に広場で。参加者はこちらで募ります」
「ああ、よろしく頼む」

 イサイアスはシモンにそう言って頭を下げた。

「剣術ははじめて! あ、剣を手に入れなきゃだ」
「明日は町まで行こうか」
「そうだね。カーテンの生地を買わなくちゃだし」

 帰りの道すがら、リアムとイサイアスの二人はそんなことを話ながら家へと帰る。

「町に行くならついでに薬品も買おうかな」
「薬品? リアムがいるのに?」
「うん、治癒魔法には薬品の効果を今強化する魔法もあるの。あらかじめ作って置けば、例えば僕の魔力が切れたり、重傷者が多かったりする時に役に立つ」
「はー、なるほどね」

 イサイアスは深く頷いて、家のドアを開けた。

「診療所なんてするの初めてだから色々手探りだ」
「徐々に形にしていけばいいよ。ここでの暮らしにも慣れなきゃだしね」
「ふふ、ありがとう」

 つい前のめりになりそうになるリアムと違って、イサイアスはのんびりおおらかだ。リアムはやっぱりイサイアスが側に居てくれてよかったと思った。一人だったらきっと思い詰めていた。

「すいませーん、足くじいてしまって」
「はーい」

 患者がやってきた。リアムはドアを開けて村人を招き入れる。

「それじゃ、じっとしてくださいね」

 居間のソファに村人を座らせ、患部に手をやるリアム。簡易ベッドや診療台になるものを用意しなきゃな、とイサイアスは思いながら二人の為にお茶を淹れはじめた。



 そうしているうちに安息日がやってきた。教会での礼拝が終わった午後、村の人達がぞろぞろと村の広場に集まった。
 イサイアスによる剣術教室の始まりである。

「さーて、では基本の構えから今日はやる」
「はい、イサイアス先生!」
「先生……まあいいか。では足を軽く肩幅くらいに開いて……」

 いきなり先生と呼ばれたイサイアスは少々面くらいながらも、指導をはじめた。

「ちょっと力が入りすぎだ。それだと次の動作が遅れる」
「はい!」

 リアムはこの日の為に町で剣を買ってきた。小柄なリアムでも扱えるように短めのショートソードにした。イサイアスの指導に沿って、さっそくそれを振ってみる。

「えい!」
「腰が入ってない」
「はい!」

 リアムはひたすらに基本の構えを繰り返していた。イサイアスは他の村人に指導しながらそれを盗み見して、楽しそうだなと内心思った。

「それでは皆、いちにーさん!」

 その日、日が陰りはじめるまでみんなで練習した結果、息を揃えて剣を振れるようになった。

「あ、手が痛い……足も……腰も……」

 普段使わない筋肉を使ったリアムはよろよろしながら家に帰った。

「お疲れさま。夕食は俺が作るよ」
「助かる……」

 帰るなりリアムはソファに倒れ込んだ。
 自分に治癒魔法をかけたものの、疲労感までは抜けない。

「初日で張り切り過ぎたんだよ」
「でもみんなと練習メニューは一緒だよ?」
「村の人は農作業で鍛えてるからな。体力が違う」
「ちぇ……。でも楽しかったよ。剣を振ってると余計なこと考えなくてさ……って何?」

 気がつくとイサイアスはソファの端に乗りかかって、リアムの顔を覗き込んでいた。

「体力回復のために気を合わせよう」
「えっと……?」
「大丈夫、手を握るだけ」

 するり、と指の隙間にイサイアスの手が滑り込んでくる。
 イサイアスに触れられたところから、わずかにピリッとした感覚とともにじわじわと温かいものが流れ込んでくる。それが心地良くて、リアムはついゆったりと身を任せてしまう。

「この気ってやつさ、誰にでもあるの?」
「ああ。意識さえすれば操れる。竜人ドラゴニュートは小さい頃から訓練する」
「そっか……人間はどうして知らないんだろう」
「そうだな……魔力と引き換えに精霊の力を借りた方が確実だからな。竜人族は山奥にいるから昔の伝統が残ったんだろう」

 イサイアスの手が、リアムの手のひらから上に移動し、肩から首をさすった。

「効果はゆるやかだけど、良い面もある。魔力を消費しないから互いの体に負担にならない。効果だって運命の相手と言われる相性の良い者同士なら魔法にだって負けない」
「……確かに治癒魔法だと傷を塞いだりするのは早いけど体力が回復しないものね」

「そう。なにかを犠牲にすることなく生み出すことができる」

 そう言いながら、イサイアスの片手が胸から脇へと移動する。その度にぞくぞくとした感覚が背骨を這い上がってくる。

「ん……あ……」

 いつの間にかリアムはイサイアスに後ろから抱きしめられ、耳元に柔らかなキスをされていた。酒に酔ったよりも強い酩酊感のようなもので、リアムの頭はぼうっと霞んだようになった。

「……ってもう終わり!」

 このままズブズブと流されそうになるのを、リアムはイサイアスの手を無理矢理剥がして逃れた。

「まだいいじゃないか」
「駄目! 手だけって言ったじゃないか」

 リアムはぺしっとイサイアスの手をはたいた。

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