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「ええ? 迷宮ダンジョンに行く?」
「そうだよ。いっぺんはこの目で見とかないと」

 翌日、朝食を取りながらリアムが考えを打ち明けると、眠そうだったイサイアスはパチリと目を見開いた。

「危険だ」
「大丈夫だよ。行って帰るだけなら僕の防護障壁でなんとかなる」

 リアムは攻撃の手段があまりないだけで、守護に関してはほぼ完璧なのだ。

「じゃあ、俺も行く」
「イサイアス……わかった」

 今までの旅でイサイアスが言いだしたら聞かないことを学習していたリアムは渋々頷いた。

「こっちだね」

 家を出た二人は村を出て北の方向を目指した。一昨日魔獣に襲われた一角はまだ柵や小屋が壊れたままだった。

「……ミハイルどうしているかな」
「獣人の子は勇敢だ。きっと大丈夫だ」

 獣人の身体能力の高さは人間を凌ぐ。そのポテンシャルの高さを生かして軍人や船乗りになる者も多い。中央軍にもちらほらと獣人の兵士がいた。ただ、獣人は野蛮で短絡的だという偏見も強くあまり重用されていないのも事実だった。

「さて、そろそろ空気が変わってきた」

 リアムは空気に混じる瘴気の気配にあたりを見渡した。

「神の光よ、我らを守り給え『天壁』」

 念の為、早い段階からリアムは防護障壁を展開する。

「イサイアス、僕から離れないでね」
「ああ」

 仮にも神子と言われていたリアムの防護魔法だ。例え魔獣が突然襲ってきても、この防護障壁を破ることは不可能なはず。

「あれか……」

 少しずつ警戒しながら進むリアムとイサイアスの前に、不自然に地面の盛り上がった場所が見えて来た。

「入り口が見えている」

 盛り上がった土に切れ目が入り、ちょうど一人分くらいが入れる位の空間が空いている。そこには誰かが塞ごうと思ったのか、板が散らばっていた。

迷宮ダンジョンを見たのは初めてだ」
「ああしていかにも中に入れそうな入り口を作って人を誘っていると言われてる」
「へぇ……」

 リアムがいた中央軍の戦っていた迷宮ダンジョンは大規模。この迷宮ダンジョンの十倍ほどの大きさだった。だが、それに何百人という兵士が何年も取りかかっている。

「こいつがなければカッツェルの村は助かるんだ」
「そう。イサイアスは迷宮ダンジョンの倒し方を知ってる?」
「いや?」
「小規模迷宮ダンジョンは埋めてしまえばいいと言われてる。大きくなってしまったものは魔獣や瘴気の濃さが強いから、湧き出る魔獣を辛抱強く倒し続けて自然消滅を待つ。それが一番早く迷宮ダンジョンを攻略する方法。……でも中規模と言えど僕とイサイアスじゃ心許ない」

 リアムは迷宮ダンジョンの入り口を睨んだ。内部はぐっと広く、それこそ迷宮のようになっているらしい。リアムも実際迷宮ダンジョンの内部には入ったことはない。

「お金を貯めて迷宮ダンジョン攻略の経験のある賞金稼ぎを呼べればいいんだけど」
「あの村には余裕がない、か」
「うん」

 魔獣がくれば家の中で震えてやり過ごし、用心棒に一人二人雇うのがやっとの村にそんなお金はなさそうだった。

「魔獣はうろついてないみたいだね。イサイアス、周りを警戒しといてくれる?」
「ああ。何するつもりだ?」
「この周囲の瘴気を祓って、少し足止めをする」

 リアムは呪文を唱え、なるべく広範囲の瘴気を祓った。

「ふう……」
「地面の色が変わった」
「うん。ちゃんと祓えたみたい。まぁ気休め程度だけど。三日程度は安心していいんじゃないかな」
「すごいな」

 リアムとイサイアスは再び防護障壁を張りながら迷宮ダンジョンを後にした。

「さぁ村に帰るか」
「あ、ちょっと待って」

 イサイアスがリアムに声をかけると、リアムはすっとしゃがみこんだ。

「どうしたんだ?」
「こんなところに花が……」

 リアムの足元には紫色の小さな花が咲いていた。しおれかけながらも懸命に咲いている。

「こんな瘴気があるのに……強い花だね」
「ああ」
「これ、鉢植えにする。ほら、窓辺に花が欲しいって言ったじゃない?」
迷宮ダンジョンの瘴気に負けない花か」
「そう。縁起がいいでしょ」
「わかった。ちょっと待って」

 イサイアスはナイフを取りだして地面を掘り始めた。そして花を引き抜くとリアムに渡した。

「さ、行こう」
「うん」

 リアムは花を抱えて村へと戻った。すると、家の前になにやら人だかりが出来ている。

「あ、リアムさんだ!」
「どうもこんにちは」
「良かったらうちの畑のカブ、食べてください」
「うちのキュウリも」
「おいおい、うちのナスも貰ってくれ」

 リアムたちが家に入ろうとすると、村人たちが一斉に野菜を渡してきた。

「すごいですね……どうしたんですか」
「いやね、村長からこの村に診療所を作るって聞いて。お礼をと」
「ありがとうございます。助かります」
「ああ、噂は本当なんだ……」

 リアムがお礼を言うと、村人の一人がさめざめと泣き始めた。耳を伏せて涙を流しながらも、尻尾はブンブンと左右に揺れている。

「あんたはこの村の希望だ。天使様だ」
「そんな……大袈裟ですよ」
「いや、うちの旦那の怪我も治してくれたし」
「こないだの魔獣もやっつけたし」

 村人達にずずいと迫られてリアムはタジタジにる。

「僕はできることをやっただけなので! では!」

 リアムは急に小っ恥ずかしくなって家の中に逃げ込んだ。

「ふう……」
「良かったね、天使様」
「もう! からかわないで」

 顔を真っ赤にしながら慌てるリアムを見ていたイサイアスは思わずにやにやしていた。
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