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「すみません! ここに治癒魔法士の方がいると聞いたのですが!」
宿の入り口で、悲痛な声がした。リアムが振り返ると、赤子を抱いた若い二人組がそこにいる。子供を抱いている方が母親なのだろう。抱きしめている赤ん坊はぐったりとしてる。
「ちょっとごめん!」
リアムは水を一気に飲むと、赤ん坊のところへと向かった。
「僕が治癒魔法士です」
「子供がひ、ひどい熱で……」
リアムが赤ん坊の額に手をやると驚くほど熱かった。これはひどい高熱だ。
「助けてください……」
父親の方はひどく取り乱しているようだった。
「落ち着いて。すぐに治ります」
リアムは表向き冷静沈着に母親に呼びかけた。と言いつつも、赤ん坊の壊れそうなくらい小さい手を見ていると、少し不安になってくる。
もっと切迫した状況には戦場でいくらも出合ったはずだ。しっかりしろ、と心の中で自分を鼓舞し、詠唱を始める。
「神霊の聖なる加護をこの手に、この者を癒せ」
リアムの手のひらから柔らかな白い光が生まれ、赤ん坊を包んでいく。すると、火の付いたように泣いていた子がにこっと笑顔を浮かべた。
「ああ……」
「もう大丈夫ですよ」
「すみません……ありがとうございます」
若い母親は何度も何度も頭を下げた。大事な宝物のように抱かれている赤ん坊を見ると、こちらも気持ちがほっこりしてしまう。
「かわいいですね。手足がぷくぷくだ」
「良く乳も飲むし、健康な子なんです。だから今日はびっくりしてしまって」
「お助け出来てよかったです」
リアムがにこっと微笑み返した時だった。何かがリアムの顔の横を掠めていく。銀色に光るそれはナイフに見えた。
「何!?」
「危ない!」
子供の父親がリアムを突き飛ばすと、その上に覆い被さった。
「ちっ……」
舌打ちする声が聞こえ、バタバタと誰かが逃げ出していく足音がする。
「待て!」
そして何人もの人が、その後を追いかけていく足音も。
「大丈夫ですか……」
「ええ、かばってくださってありがとうございます」
リアムは父親の男が立つのを手伝おうと、手を添えた。だが、その手にぬるりと熱い感触がする。そしてその中心には固い――これはナイフか。
「え……」
「あなたが無事で良かった……」
「大丈夫ですか!?」
なんてことだ、とリアムは口を覆った。自分をかばってこの人は刺されてしまったのだ。
「じっとして下さい! 今治癒をかけます」
リアムは男からナイフを抜くと、治癒魔法を施した。すぐに血は止まり、傷も塞がったが、痛みと恐怖を与えてしまったことには変わりない。
「ごめんなさい。ぼ……僕のせいだ」
「いいんです。お役に立ててよかった」
赤ん坊の両親はそう笑顔でリアムを許してくれたが、リアムは申し訳ない気持ちで押しつぶされそうだった。
「すまないリアム。暴漢を取り逃がしてしまった」
しばらくするとイサイアスが浮かない顔で戻ってきた。
きっと死に物狂いで周囲を探索してくれたのだろう、額には大粒の汗をかいている。
「怪我はないか、リアム」
「僕は大丈夫」
「くそ……二階に剣を置いていかなければ……」
「……」
宿を騒然とさせた事件だったが、結局犯人は捕まらず、リアムは村長から事情を聞かれるだけに終わった。
リアムはそれに答える以外は、ひどく落ち込んで口数が少なかった。
「リアム」
深夜になってようやく部屋に戻りベッドに横になると、イサイアスはリアムを抱きしめてきた。
「今夜はこうしていたい」
有無を言わさない強さに、リアムは特に抵抗しなかった。そうでなくても、今夜は眠れそうにない。
「イサイアス……そのままでいいから聞いてくれる?」
「ああ」
「僕の命を狙うなんて……僕はひとりしか思い当たらない。『真の神子』のユージーンだ。僕が死の森で死んでないことをきっと知って……あんな」
「なぜそんなことを。リアムは冤罪にも関わらず刑を受けたのだろう」
「わからない……僕から全て奪ったくせに……。でもひとつはっきりした。ここの村にいては危険だ。居場所がわかった以上、また誰かが僕を殺しにくる」
そうしたらまた誰かが怪我をしたり犠牲になったりするかもしれない。リアムは自分が死ぬことよりもそれが怖かった。
「……リアム。俺に考えがある。ここからずっと南方にティアロットという地方がある。そこに向かうのはどうだろう」
「それって……辺境の獣人の居住地じゃ」
「数は少ないが人間も住んでいる。だが人間の役人や軍はあそこにはいない」
「そっか……下手に国境を越えるより警備も薄いか……」
人間の方が珍しければ、追っ手は逆に目立ってしまうし狙いにくいのではないか、とイサイアスは言った。
「それにあそこには俺の親戚がいるはずだ。いざという時は頼りになるだろう」
「……イサイアス」
「お前が安心して暮らせる場所を探すまで、俺はお前を守るよ」
「ごめん……巻き込んで。でも僕はひとりでも大丈夫だから」
「俺がそうしたいんだ」
「でも……」
リアムが命を狙われるのはリアムの問題だ。イサイアスは関係ない。それに、リアムにはイサイアスの求婚に答える気もない。
「ならこうしたらいい。俺はリアムの護衛になる。リアムは俺を雇ってくれ」
「護衛……」
「ひとり旅は危険だ。必要だろ」
太く逞しいイサイアスの腕の中は温かく、リアムをすっぽりと抱え込んでいる。なんて頼もしいのだろう、とリアムはじんわり目に涙を浮かべていた。
「頼ってくれていいんだ」
「うん……」
宿の入り口で、悲痛な声がした。リアムが振り返ると、赤子を抱いた若い二人組がそこにいる。子供を抱いている方が母親なのだろう。抱きしめている赤ん坊はぐったりとしてる。
「ちょっとごめん!」
リアムは水を一気に飲むと、赤ん坊のところへと向かった。
「僕が治癒魔法士です」
「子供がひ、ひどい熱で……」
リアムが赤ん坊の額に手をやると驚くほど熱かった。これはひどい高熱だ。
「助けてください……」
父親の方はひどく取り乱しているようだった。
「落ち着いて。すぐに治ります」
リアムは表向き冷静沈着に母親に呼びかけた。と言いつつも、赤ん坊の壊れそうなくらい小さい手を見ていると、少し不安になってくる。
もっと切迫した状況には戦場でいくらも出合ったはずだ。しっかりしろ、と心の中で自分を鼓舞し、詠唱を始める。
「神霊の聖なる加護をこの手に、この者を癒せ」
リアムの手のひらから柔らかな白い光が生まれ、赤ん坊を包んでいく。すると、火の付いたように泣いていた子がにこっと笑顔を浮かべた。
「ああ……」
「もう大丈夫ですよ」
「すみません……ありがとうございます」
若い母親は何度も何度も頭を下げた。大事な宝物のように抱かれている赤ん坊を見ると、こちらも気持ちがほっこりしてしまう。
「かわいいですね。手足がぷくぷくだ」
「良く乳も飲むし、健康な子なんです。だから今日はびっくりしてしまって」
「お助け出来てよかったです」
リアムがにこっと微笑み返した時だった。何かがリアムの顔の横を掠めていく。銀色に光るそれはナイフに見えた。
「何!?」
「危ない!」
子供の父親がリアムを突き飛ばすと、その上に覆い被さった。
「ちっ……」
舌打ちする声が聞こえ、バタバタと誰かが逃げ出していく足音がする。
「待て!」
そして何人もの人が、その後を追いかけていく足音も。
「大丈夫ですか……」
「ええ、かばってくださってありがとうございます」
リアムは父親の男が立つのを手伝おうと、手を添えた。だが、その手にぬるりと熱い感触がする。そしてその中心には固い――これはナイフか。
「え……」
「あなたが無事で良かった……」
「大丈夫ですか!?」
なんてことだ、とリアムは口を覆った。自分をかばってこの人は刺されてしまったのだ。
「じっとして下さい! 今治癒をかけます」
リアムは男からナイフを抜くと、治癒魔法を施した。すぐに血は止まり、傷も塞がったが、痛みと恐怖を与えてしまったことには変わりない。
「ごめんなさい。ぼ……僕のせいだ」
「いいんです。お役に立ててよかった」
赤ん坊の両親はそう笑顔でリアムを許してくれたが、リアムは申し訳ない気持ちで押しつぶされそうだった。
「すまないリアム。暴漢を取り逃がしてしまった」
しばらくするとイサイアスが浮かない顔で戻ってきた。
きっと死に物狂いで周囲を探索してくれたのだろう、額には大粒の汗をかいている。
「怪我はないか、リアム」
「僕は大丈夫」
「くそ……二階に剣を置いていかなければ……」
「……」
宿を騒然とさせた事件だったが、結局犯人は捕まらず、リアムは村長から事情を聞かれるだけに終わった。
リアムはそれに答える以外は、ひどく落ち込んで口数が少なかった。
「リアム」
深夜になってようやく部屋に戻りベッドに横になると、イサイアスはリアムを抱きしめてきた。
「今夜はこうしていたい」
有無を言わさない強さに、リアムは特に抵抗しなかった。そうでなくても、今夜は眠れそうにない。
「イサイアス……そのままでいいから聞いてくれる?」
「ああ」
「僕の命を狙うなんて……僕はひとりしか思い当たらない。『真の神子』のユージーンだ。僕が死の森で死んでないことをきっと知って……あんな」
「なぜそんなことを。リアムは冤罪にも関わらず刑を受けたのだろう」
「わからない……僕から全て奪ったくせに……。でもひとつはっきりした。ここの村にいては危険だ。居場所がわかった以上、また誰かが僕を殺しにくる」
そうしたらまた誰かが怪我をしたり犠牲になったりするかもしれない。リアムは自分が死ぬことよりもそれが怖かった。
「……リアム。俺に考えがある。ここからずっと南方にティアロットという地方がある。そこに向かうのはどうだろう」
「それって……辺境の獣人の居住地じゃ」
「数は少ないが人間も住んでいる。だが人間の役人や軍はあそこにはいない」
「そっか……下手に国境を越えるより警備も薄いか……」
人間の方が珍しければ、追っ手は逆に目立ってしまうし狙いにくいのではないか、とイサイアスは言った。
「それにあそこには俺の親戚がいるはずだ。いざという時は頼りになるだろう」
「……イサイアス」
「お前が安心して暮らせる場所を探すまで、俺はお前を守るよ」
「ごめん……巻き込んで。でも僕はひとりでも大丈夫だから」
「俺がそうしたいんだ」
「でも……」
リアムが命を狙われるのはリアムの問題だ。イサイアスは関係ない。それに、リアムにはイサイアスの求婚に答える気もない。
「ならこうしたらいい。俺はリアムの護衛になる。リアムは俺を雇ってくれ」
「護衛……」
「ひとり旅は危険だ。必要だろ」
太く逞しいイサイアスの腕の中は温かく、リアムをすっぽりと抱え込んでいる。なんて頼もしいのだろう、とリアムはじんわり目に涙を浮かべていた。
「頼ってくれていいんだ」
「うん……」
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