上 下
10 / 45

10.

しおりを挟む
 その頃。大迷宮ダンジョンの討伐隊の宿舎、そこで報告を受けたユージーンは兵士に微笑みかけた。

「そう……死体も見つからないの……」
「申し訳ございません、切り取られた髪と法衣の切れ端は発見したのですが、これ以上は危険すぎて」
「いいよ。死の森の中程で息絶えたのかもしれないし。そうしたら探しようもないものね」
「は……」
「では下がりなさい」

 兵士が下がると、途端に優しげだったユージーンの顔色が変わった。

「役立たず!」

 ユージーンは猛烈な勢いで椅子を蹴り飛ばした。それだけでは怒りが治まらなかったのか、彼は更に机の上のものをはたき落とした。

「はぁ……はぁ……高貴な私が神子であってこそ……」

 ユージーンは肩で息をしながら自分自身を抱きしめた。

 「神子は私ひとりでいい。伯爵家の血を引く私がアンリ王子にはふさわしい。そうだよ、王家と婚姻を結んでこそこの国の平穏が保たれる……」

 そう言って、ユージーンは一人笑う。人を使ってリアムを陥れてまで彼女が手に入れようとしたもの。それはアンリとの婚姻関係であった。

「あんなぽっと出の出自の卑しい者の隣にアンリ王子が居てはならない。王子は私のもの……リアム、お前なんかに渡さない」

 呟きながら覗き混んだ鏡の中のユージーンは氷の様な目をしていた。

***

 翌日、リアムはすっきりとした目覚めを迎えた。
 しっかりと休養を取って、魔力も体調も改善したし、なによりイサイアスに自分の事情を話せて、心の重しが取り除かれた感じがした。

(……ってまた一緒のベッドで寝てるんだけど)

 部屋にはベッドが一つしかないからしかたない。とリアムは自分に言い聞かせた。まさかイサイアスを床に寝かせる訳にはいかないし、別に部屋を取る訳にはいかないし。

「お金がないもんな……ん、そうだ!」

 リアムはがばっと起き上がった。

「お金稼げばいいんだ」


 妙案が浮かんだリアムがいそいそとベッドを出て着替え始める横で、イサイアスはもぞもぞとベッドの中で毛布をたぐり寄せている。

「……リアム。起きたのか……まだ早いぞ」
「ちょっと僕、村で一稼ぎしてくるよ」
「なんだ? 路銀ならあるぞ」

 相当眠そうにしながらイサイアスは荷物を指さした。

「それはイサイアスのお金でしょ。食事やここの宿代を返したいんだ。あ、あと服も」
「そんなのはいい。花嫁の面倒くらいみる甲斐性はある」
「だから僕は花嫁じゃないってば。だから自分の分は自分で払う」

 イサイアスは不満げな顔をしてようやくベッドから身を起こした。

「まあいいが、こんな時間に何をするつもりだ?」
「ほら、僕治癒魔法が使えるから、治療をしてお金を稼ごうと」

 リアムがそう言うと、イサイアスは微妙な顔をした。

「あれ、なんかまずいかな」
「いやいい考えだ。ただし今は村人は畑に行ったりしていて出払ってると思うぞ」
「あ……そうか」

 イサイアスに指摘されてリアムは気まずく頬を掻いた。そして自分の世間知らず加減を改めて自覚した。

「だからもう少しゆっくりしていよう」

 ベッドの上でイサイアスが手を広げている。ゆっくりってまた抱きしめられて撫で繰り回されるのだろうか。

「ほら」
「ほら、じゃないよ。だったら食事とって散歩にでも行ってくる」
「……だったら俺も行く」

 イサイアスは不満そうな顔をしながらもようやくベッドから出てきた。

***

「うわぁ、死の森の向こうにこんな村があったんだね」

 死の森で倒れてからまともに宿の外に出ていなかったリアムは自分のいる村を初めて見た。緑の畑が広がり、家々が連なっている。その向こうには死の森ではない普通の森があった。朝の空気は清々しくて、リアムは深く息を吸い込む。

「以前はもっと豊かな村だったそうだが、死の森のせいで物流が滞って村も苦しいらしい」
「そっか迷宮ダンジョンのせいで……」

 ということは三年間首都との交通が遮断された状態だということだ。

「きっと治癒魔法士に見て貰いたくてもできなかった人も多いはずだ」
「そっか……よし、がんばる」
「厄介だな、この迷宮ダンジョンというものは。土地の性質がそうさせると聞いたが」
「元々このあたりは魔獣が出るので人の住まない土地だったんだ。でも鉱物が取れたり、貿易に有利だったりで人が入っていって国になった」

 迷宮ダンジョンという災害のようなものを抱えながらもここに人が住むのは、それ以上の豊かさがここにあるからなのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

処理中です...