追放されて捨てられた紅蓮の神子は気高い竜の最愛となりました。

高井うしお

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 その頃。大迷宮ダンジョンの討伐隊の宿舎、そこで報告を受けたユージーンは兵士に微笑みかけた。

「そう……死体も見つからないの……」
「申し訳ございません、切り取られた髪と法衣の切れ端は発見したのですが、これ以上は危険すぎて」
「いいよ。死の森の中程で息絶えたのかもしれないし。そうしたら探しようもないものね」
「は……」
「では下がりなさい」

 兵士が下がると、途端に優しげだったユージーンの顔色が変わった。

「役立たず!」

 ユージーンは猛烈な勢いで椅子を蹴り飛ばした。それだけでは怒りが治まらなかったのか、彼は更に机の上のものをはたき落とした。

「はぁ……はぁ……高貴な私が神子であってこそ……」

 ユージーンは肩で息をしながら自分自身を抱きしめた。

 「神子は私ひとりでいい。伯爵家の血を引く私がアンリ王子にはふさわしい。そうだよ、王家と婚姻を結んでこそこの国の平穏が保たれる……」

 そう言って、ユージーンは一人笑う。人を使ってリアムを陥れてまで彼女が手に入れようとしたもの。それはアンリとの婚姻関係であった。

「あんなぽっと出の出自の卑しい者の隣にアンリ王子が居てはならない。王子は私のもの……リアム、お前なんかに渡さない」

 呟きながら覗き混んだ鏡の中のユージーンは氷の様な目をしていた。

***

 翌日、リアムはすっきりとした目覚めを迎えた。
 しっかりと休養を取って、魔力も体調も改善したし、なによりイサイアスに自分の事情を話せて、心の重しが取り除かれた感じがした。

(……ってまた一緒のベッドで寝てるんだけど)

 部屋にはベッドが一つしかないからしかたない。とリアムは自分に言い聞かせた。まさかイサイアスを床に寝かせる訳にはいかないし、別に部屋を取る訳にはいかないし。

「お金がないもんな……ん、そうだ!」

 リアムはがばっと起き上がった。

「お金稼げばいいんだ」


 妙案が浮かんだリアムがいそいそとベッドを出て着替え始める横で、イサイアスはもぞもぞとベッドの中で毛布をたぐり寄せている。

「……リアム。起きたのか……まだ早いぞ」
「ちょっと僕、村で一稼ぎしてくるよ」
「なんだ? 路銀ならあるぞ」

 相当眠そうにしながらイサイアスは荷物を指さした。

「それはイサイアスのお金でしょ。食事やここの宿代を返したいんだ。あ、あと服も」
「そんなのはいい。花嫁の面倒くらいみる甲斐性はある」
「だから僕は花嫁じゃないってば。だから自分の分は自分で払う」

 イサイアスは不満げな顔をしてようやくベッドから身を起こした。

「まあいいが、こんな時間に何をするつもりだ?」
「ほら、僕治癒魔法が使えるから、治療をしてお金を稼ごうと」

 リアムがそう言うと、イサイアスは微妙な顔をした。

「あれ、なんかまずいかな」
「いやいい考えだ。ただし今は村人は畑に行ったりしていて出払ってると思うぞ」
「あ……そうか」

 イサイアスに指摘されてリアムは気まずく頬を掻いた。そして自分の世間知らず加減を改めて自覚した。

「だからもう少しゆっくりしていよう」

 ベッドの上でイサイアスが手を広げている。ゆっくりってまた抱きしめられて撫で繰り回されるのだろうか。

「ほら」
「ほら、じゃないよ。だったら食事とって散歩にでも行ってくる」
「……だったら俺も行く」

 イサイアスは不満そうな顔をしながらもようやくベッドから出てきた。

***

「うわぁ、死の森の向こうにこんな村があったんだね」

 死の森で倒れてからまともに宿の外に出ていなかったリアムは自分のいる村を初めて見た。緑の畑が広がり、家々が連なっている。その向こうには死の森ではない普通の森があった。朝の空気は清々しくて、リアムは深く息を吸い込む。

「以前はもっと豊かな村だったそうだが、死の森のせいで物流が滞って村も苦しいらしい」
「そっか迷宮ダンジョンのせいで……」

 ということは三年間首都との交通が遮断された状態だということだ。

「きっと治癒魔法士に見て貰いたくてもできなかった人も多いはずだ」
「そっか……よし、がんばる」
「厄介だな、この迷宮ダンジョンというものは。土地の性質がそうさせると聞いたが」
「元々このあたりは魔獣が出るので人の住まない土地だったんだ。でも鉱物が取れたり、貿易に有利だったりで人が入っていって国になった」

 迷宮ダンジョンという災害のようなものを抱えながらもここに人が住むのは、それ以上の豊かさがここにあるからなのだった。
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