上 下
9 / 45

9.

しおりを挟む
 次にリアムが目を覚ましたのはもう夕方だった。赤みがかった金色の日が窓から差し込んでいる。

「……体が軽い」

 吐き気も頭痛も嘘のように消えていた。

「あれ? イサイアスは?」

 ベッドの脇にいたはずのイサイアスがいない。
 荷物はそのまま置いてあるから、遠出はしていないようだ。

「それにしても不用心だな。僕、今一文無しだぞ」

 リアムが荷物を盗んでとんずらしたらどうするんだろうと思う。自分たちはほとんど初対面じゃないか、と。

「ああ起きていたのか」

 そんなことを考えていたらイサイアスが外から帰ってきた。

「ん、随分顔色が良くなった」
「どこに行っていたの」

 そう問いかけて、リアムはイサイアスの帰りを待っていたことを知る。

「これを」

 イサイアスは脇に抱えていたものをリアムに差し出した。

「村で古着をゆずってもらった」

 イサイアスの服は大きすぎるので、ぴったりなサイズを用意してくれたようだ。

「ありがとう……本当に何から何まで」

 優しさが身に染みて、リアムは目頭が熱くなった。
 イサイアスが拾ってくれなかったら、もし森を抜けられたとしても行き倒れていたかもしれない。

「どうだ? 伴侶になる気になったか?」
「え……ええと」
「冗談だ。リアムが戸惑うのも分かる。まずは知ろうじゃないかお互いを」
「……うん」

 イサイアスはいたずらっぽく笑うと、リアムの頭をくしゃくしゃと撫でた。

***

 変なことになってしまった、と思う。正直頭が追いつかない。
 アンリに婚約を破棄されてこの世の終わりみたいに思ったのに、そこからさらに追放されたのに、まだリアムは生きている。
 きっと明日には朝が来る。リアムの時間はまだ流れている。

「どうしていいかわかんないよ……」

 リアムは膝の間に顔を埋めた。
 アンリはどうしているだろう。自分が死んだと思って少しは悲しんだりしているのだろうか。それとも新しい神子――ユージーンに夢中なのだろうか。

「大丈夫か」

 気がつくと、イサイアスが部屋に戻ってきていた。

「食事貰って来たけど、食べられそうか」
「……うん平気。でも下の食堂で食べなくていいの」
「夜は酔っ払いも多いから」

 イサイアスはテーブルの上に羊肉のグリルを切り分けて、食べやすいようにそれをパンに挟むとリアムに渡した。

「ありがとう」

 リアムはそれをもそもそ食べながら、チラチラとイサイアスを見る。
 豪快にパンにかぶりつくその姿は男っぽかったが、同時にどこか育ちの良さを感じさせる。着ているものも持ち物も質のいいものだったし、イサイアスはどこか裕福な家の出なのかもしれない。
 リアムはそんなことを思いながら食事を終えた。

「リアム、でちょっといいかな」
「何?」
「食堂で鋏を借りてきた。その……襟足を整えてもいいか」
「あ……」

 リアムはハッとして髪を押さえた。
 死の森で切ってしまってからそのままだったことを思い出す。

「うん……お願いします」
「じゃあ、ここにおいで」

 イサイアスは椅子をベッドの前に持ってくると、そこにリアムを座らせ、自分はベッドの端に座ってリアムの髪を切り始めた。

「髪……長かったのか」
「うん。でも切ったんだ。もういらないから」
「綺麗な髪なのに」
「アンリも……そう言ってた。だから伸ばしてたんだけどさ、新しい神子がくるから……僕はいらないって。僕……馬鹿みたいだって思って。乾かすのも手入れもほんと面倒くさいのにさ……」

 惨めったらしく泣くのは嫌なのに、悲しみが溢れて止まらない。リアムの目からは大粒の涙が流れていた。

「さ……できたぞリアム。短いのも似合う。この方が小さな顔が映えるよ」

 イサイアスは慰めるように、リアムの頭を撫でている。

「ごめん……」
「悲しい時には沢山泣いたほうがいい。気が済むまで話してくれ」

 お前のことがもっと知りたいのだ、とイサイアスはリアムの額にキスをした。

「なにか訳ありなのもわかっている」
「……」
「話したくない、か?」
「あの、あの実は……」

 リアムはイサイアスになら話してもいいような気がしていままでのいきさつを話すことにした。

「ここ、座って」

 リアムは椅子を引いてイサイアスにすすめると、自分はベッドの端に座った。

「ちゃんと事情を話すけど、これは秘密にして欲しい」
「うん」

 もう何かを察しているらしいイサイアスは素直に頷いた。

「『神子』ってわかる?」
「ああ、人間の神に仕えるものの中で、強い力を持つ者……かな」
「そう、神の恩恵を受け奇跡の力を持つ者のことを言うの。それが僕……だった」
「リアムが『神子』?」
「元『神子』だよ」

 リアムはそこまで言って、唇を噛んだ。イサイアスはじっとその様子を見守っている。

「僕は神子として迷宮ダンジョン討伐に出ていたの。任命されてから三年、ずっと」

 そうしてリアムは、『真の神子』が現われたこと。それから自分を殺そうと濡れ衣を着せられて『死の森』に追放されたことをイサイアスに話した。

「……という訳です。そんなんだから、厄介だと思ったら言って。僕は一人でもなんとかなるから」
「リアム」

 イサイアスな静かな口調だったが、その瞳は怒りに赤々と燃えていた。

「馬鹿だよね。こんなことされても……僕は元いたところに戻りたいんだ」

 リアムは話しているうちに涙が止らなくなる。これまでの生きるよりどころだった神子という存在。戦場の仲間たち。婚約者のアンリ。失ったそれらにリアムは断ち切れない未練を覚えている。そんなもの捨てれば良いのにと頭では分かっていても、そう割り切れるものではなかった。
 自分が情けなくて、惨めで、リアムは顔を伏せる。そんなリアムの肩をイサイアスは抱き寄せ、強く抱きしめた。

「居場所を失って死にたいとあんなに思ったのに、僕は生きてる……」

 そう呟いたリアムの肩にイサイアスは手を置いた。

「それは生きるべきと神が決めたからだ」
「……そうだろうか」
「ああ。お前を必要とする者の為に生きるべきなんだ」
「僕を……」

 その言葉にリアムの冷え切った心に小さく炎が点る。イサイアスの温かい言葉に、もし家族が居たとしたらこんな感じなのだろうか、とリアムは少し思った。

「だと……いいね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

処理中です...