追放されて捨てられた紅蓮の神子は気高い竜の最愛となりました。

高井うしお

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「ユージーン様? どうしたんです、大丈夫ですか?」

 リアムが賢明にユージーンを落ち着かせようと声をかけている時だった。宿舎の部屋の扉がばっと開いて、男達が入って来た。

「おい、『真の神子』様が襲われたぞ!」
「犯人はリアムだ」
「捕らえろ!」

 突然やって来た男達にリアムは取り押さえられた。そしてそのまま外へと引きずり出される。

「何事だ!」

 そこにやって来たのはアンリだった。

「あ、アンリ。ユージーン様がいきなり……」

 アンリの顔にほっとして、リアムが事情を説明しようとすると、それを遮るようにユージーンが前に飛び出した。

「アンリ様、リアムに突然刺されました」

 取り抑えられ、地べたに這いつくばったリアムの横でユージーンは短剣が刺さったまま部屋から出てきた。

「おそらく私を殺そうと……」
「そんなことしない!」

 リアムはすぐにそれを否定したが、周囲は冷たい視線でそれを見た。

「きっと、私が来たことで自分の立場が危うくなったから……」
「違う!」
「黙れ! ……ユージーン殿、怪我は」
「深いですが……大丈夫です。私は神子ですから」

 ユージーンは短剣を抜くとその箇所を手で押さえた。光が溢れ、流れる血を止める。

「すごい、無詠唱であんな傷を……」
「さすが『真の神子』様だ」

 その鮮やかな治癒魔法の手際に、囲んでいた兵士達からも驚きと歓声の声が漏れる。

「静かに。リアム、ユージーンの言うことは確かか?」

 アンリが皆を諫め、リアムにそう聞いた。

「アンリ、違う。誰かが僕の『飛靴』フライングブーツを盗って、それを追いかけていたらユージーン様がいきなり短剣を出して……」

 アンリが声をかけてくれた、とリアムはほっとして理由をあるがままに話した。だけど……アンリの反応はリアムの期待したものでは無かった。

「……それで言い訳をしているつもりか?」
「え?」
「いいか、リアム。元神子・・・といえど神子殺害未遂の罪は重い。その言い訳が靴を盗まれたから?」

 違う、何か間違った伝わり方をしている。そうリアムは感じて周囲を見渡した。そんなリアムに注がれる蔑みの目。それを見てリアムは理解した。ああ、初めから自分の言い分など聞く気はこの人たちにはないのだ、と。

「……そんな言い方をしてはリアムさんが可哀想です」
「ユージーン殿、戦場での重大な軍法違反だ。しかもユージーンは『神子』だ。ここで即死刑もありうるのだぞ」
「死……刑……」

 それを聞いてリアムは目の前が白く霞んだ。何を言っているのだろう。アンリが、僕を、死刑に?
 そんなリアムに追い打ちをかけるようにアンリの冷たい声が降ってくる。

「リアム、それだけのことをしたのだ」
「アンリ様、私は無事なのです。死罪はあまりに重すぎます」

 ユージーンは青い眼に涙を浮かべてアンリに取りすがった。だけどリアムは知っている。その涙こそ嘘っぱちであることを。
 アンリはうつむき、唇を噛んだ。そして苦渋の表情を浮かべてリアムを見つめている。
 さすがのアンリも婚約までしていたリアムに死罪を言い渡すのは躊躇いがあるようだ。

「アンリ様……」

 その時ユージーンが何事かをアンリに耳打ちした。

「そうだな……では……。リアム! そなたの処分を言い渡す!」

 暗い夜空にアンリのよく通る声が響く。

「お前は追放だ。今すぐにこの軍と戦場から出て行け。ただし東の森を抜けて行け」
「東の……森……」

 その決定に周囲もどよめいた。ここから東の森は瘴気に侵されている。魔物はもちろん、木も花も毒の通称――『死の森』。

「『死の森』を抜けて行けとは……実質死刑だな」

 そんな声が周りから漏れた。

「アンリ……」
「さあ、行け」

 リアムには荷物をまとめる時間も、別れの時間も与えられないようだった。

「……わかった」

 リアムは立ち上がった。もうどうでも良かった。なんて日なんだろう。神子の立場から追いやられ、一方的に婚約を破棄され、その上死ねと言う。昨日癒した兵士も、将来を誓ったアンリも自分も必要としていない。そのことがわかってしまったから。

「行くよ」

 リアムはひとり、フラフラと歩き出した。その時である。ルルが目の前に飛び出してきた。

「リアム様!」
「ルル、駄目だ」

 リアムはそんなルルを制した。ルルは震えている。こんな時もルルの反応は分かりやすかった。

「……リアム様、お履きものをお忘れです」

 ルルが捧げ持っているのはリアムの『飛靴』フライングブーツだった。気付けばリアムは裸足である。あの男を追いかけて、そのまま飛び出したからだ。

「これくらいはいいね?」
「……いいだろう」

 アンリが頷いたのを見て、リアムはルルから靴を受け取った。

「ありがとう」
「……私、信じています」
「……」

 リアムはルルの言葉には応えずに、靴を履いて東に向かって歩き出した。その後を見張りが追ってくる。そしてその手に枷をはめた。

「必要ない……そんなの……」

 もう、死罪でも追放でもどっちだって良かった。皆が僕を必要としない、だったら僕も僕を要らない。リアムはそう思いながら歩を進めていく。
 やがて、行く道に黒く変色した木々が増えて行く。

「ここが『死の森』……」

 リアムの枷が外された。

「我々はここまでだ」
「……ええ」
「これを。ユージーン様からだ」

 見張りの兵がリアムに渡したのは短剣だった。

「お優しい方だ」
「……」

 リアムは黙ってそれを受け取った。ただ、それは兵士が思っているように身を守るためのものだとは思えなかった。
 ユージーンはきっとこれで命を絶てというつもりなのだ。

「さあ、行け」

 リアムは刺すような視線を背中に受けながら、森の中に入った。じゃりじゃりと黒く結晶化した枯れ木に足を取られそうになりながら。

「……さよなら」

 一度だけ、リアムは振り向くとそう呟いた。あとはひたすらに『死の森』の内部へと進んで行った。
 チラチラと黒い雪か煤のようなものがずっと降りしきる中を、リアムはひたすら歩いた。
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