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「……今までご苦労さまでした」

 その後、本営に現われたユージーンを見て、リアムは今の自分の立場も忘れて思わず見とれてしまった。絹糸のような白銀の髪に深い青の瞳。リアムと同じ白い法衣に身を包んでいるにも関わらず、身のうちから滲み出るような高貴さ……。

「今後は私が『神子』としてこの討伐隊に随行します」
「は……はぁ」

 リアムは唇を噛みしめた。その横でアンリがユージーンに話しかける。

「ユージーン殿。さっそく初仕事を頼みたい」
「はい」
「ありがとう。おい! 入ってこい」

 すると、そこに入ってきたのは近く国に送り返されるはずの傷痍兵だった。リアムが救えなかった者たちだ。出血を止め、傷口を綺麗にすることは出来ても、欠損してしまった部位は『神子』たるリアムでも無理だった。

「どうするんですか」
「見てろ、リアム。これがユージーン殿の『真の神子』たる所以だ」

 ユージーンは傷痍兵に近づくと、そっとその欠損した腕に手を置いた。

「神霊の聖なる加護をこの者に。失われし肉体を再び蘇らせたまえ」
「まさか……」

 そのまさか、だった。無くなった腕が欠損した箇所から生えてくる。それからユージーンは指を失ったもの、足を失ったものを癒した。

「そんな……」

 負けだ──完全に。リアムはそう思った。儚げで上品な雰囲気に加え、リアム以上の治癒魔法の能力。彼が貴族であったとか関係無く、教会の判断は妥当であった。

「これが『真の神子』の力だ。リアム、今後は彼の補佐を頼む」
「……はい」

 アンリの残酷な言葉に歯切れ悪く応えながら、リアムはなんとか頷いて本営の隊舎を出た。

「は、はは……僕、いらないじゃん……」

 リアムの目からまた涙がこぼれそうになる。それを悟られまいと早足で彼は自分の宿舎へと戻った。



「……ごめん、食欲がない」
「え、あ……はい」

 それから宿舎に引きこもったリアムは食事を持ってきたルルをも拒絶して、一人膝を抱えていた。

「はあ……」

 涙と共に何度も何度もため息が出て、そしてどこかに消えて行く。誰も呼びにこないのをいいことに夜になるまでリアムはずっとぼんやりとそうしていた。

「……ん、寝てた……?」

 ふっと目を覚ましたリアムはあたりの暗さにぎょっとした。どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしい。手探りで魔石ランタンを引き寄せて灯りをつける。

「これからどうしよう」

 例えアンリ王子から婚約を破棄されても、神子としての職分を追われても、教会から帰還命令が出ない限りリアムはここにいるしかない。そんな事を考えて憂鬱になっている時だった。カタリ、となにか音がするのを聞いてリアムは振り返る。

「えっ……」

 それは手だった。宿舎の窓の隙間から突っ込まれた手が、リアムの『飛靴』フライングブーツを掴んでいる。

「ど、どろぼう!」

 リアムは宿舎の窓を開け、身を乗り出す。すると見知らぬ男が『飛靴』フライングブーツ持ったまま逃げ出すのが見えた。

「嘘、ちょっと、それ返してよ!」

 リアムは男を追いかける。元々リアムの足は速い。なんとかもう少しで男に追いつきそうだという時だった。男はリアムを突き飛ばした。

「あっ……!」

 男を見失ったリアムは、キョロキョロとあたりをうかがう。
 あちこちを探し回っていると、先ほどの男がある隊舎に入るのが見え、リアムは忍び足でその後を追った。
 ここは誰も使っていなかったはずだ。

(こんなところになぜ……)

 リアムが様子を伺っていると、男が部屋に入っていった。

「僕の靴を返せ!」

 勢いよくドアを開けると、男はリアムに気づき、靴をその場に放り投げた。

「ちょっと!」

 窓から逃げ出した男を追いかけようとしたリアムは、そこで息を飲んだ。

「ごきげんよう」

 そこにいたのは『真の神子』ユージーンだったからだ。
 部屋にはおよそ戦場には似つかわしくない家具が並んでいる。ここはユージーンの部屋だったのか、とリアムは慌てて礼をした。

「し、失礼しました。ちょっと、トラブルがありまして」

 ギクシャクとリアムは転がっていた『飛靴』フライングブーツを拾った。

「いえ、いいの。あなたを待っていたから」
「え?」

 そんなユージーンの言葉にリアムは振り返った。その時、ぎらりと何かが目の前で光った。

「ユージーン様……? あ、危ないですよ」
「ふふふ」

 ユージーンは短剣を握っていた。そのままリアムに近づいて来る。

「怪我しますって」

 治せるとはいえ、短剣で手を切ればやはり痛いものは痛い。

「大丈夫」

 そんな狼狽えるリアムにユージーンは微笑みかけた。そして――一気にその切っ先を自分の腹へと突き立てた。

「ユージーン様!?」

 リアムは慌ててその短剣を抜こうと近づいた。すると……。

「きゃああああああっ!」

 ユージーンは絹を引き裂くような悲鳴をあげた。

「……これでおまえもおしまいだ」

 三日月のように口の端をつりあげながら。
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