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36話 雪の街で

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「この雪じゃあ馬車を出すのは無理だね」
「ああ、もうちょっと小降りにならないとだな」

 名無しが曲芸のように椅子の背に座りながら答えた。

「名無し、食事の時はちゃんと座りなって」
「お、おう」
「で、どうする?」
「こんななんでもない街で足止めかぁ……」

 アルヴィーがぼやいた。大きな都市なら買い出しとかやることあるだろうけど……。

「そうだ、ニンフの里について聞き込みをしよう」
「ニンフの里?」
「ああ、ここはマレアのいた村からそう遠くないだろ? って事はそんなに遠くない場所にニンフの里があるって可能性もあるんじゃないかな」
「そうだな、聞くだけ聞いて見よう」
「じゃ、決まり!」

 僕達は日暮れまでを刻限として街に散っていった。マレアは人混みが怖いのか、マギネと一緒にお留守番だ。

「さーて、どうしようか。とにかく街に詳しそうな人に聞いて見よう」

 僕は店屋の立ち並ぶ、街の中心に立った。雪のせいで人影はまばらだ。

「ぼっちゃん、おねえさん。ふかし芋はいらんかね。ほかほかだよ」

 そんな僕達の姿を見て声をかけて来たのはお芋を売っているお婆さんだった。

「お婆さん、ニンフの里について何か知らないかな」
「さあねぇ……この所物覚えがどうも」
「お芋、一個買うよ」
「ふんふん。確かあたしのじいさんが昔迷い込んで良い思いをしたとかなんとか……」
「お芋、もう一個買おうかな」
「私のいたのはここから西の村だったねぇ……」
「ありがとう!」

 僕はほくほくのふかし芋にかぶりついた。やっぱりこの近くにその里はありそうだ。

「フィル! いい情報があったぞ」
「こっちもどうもここから西の方みたいだ。あ、お芋食べる?」
「何だよそれ。食べるけどさ」
「アルヴィーこそなにその刺繍糸」
「こ、これはマレアへのお土産だよ。宿で退屈してるんじゃないかってさ」
「ふーん」

 とにかく一旦宿に帰って、地図と照らし合わせて見ようと言うことになった。

「マレア! お待たせ」
「フィルさん、なにか分かったの?」
「フィル! とにかく地図だ!」

 僕達はテーブルの上に地図を広げた。マレアを拾った森はここから西南の位置にあたる。

「ここより西の村の出身のお婆さんはニンフの里の話を聞いた事があるって」
「俺もここから西北の森にニンフが出るって聞いた」
「じゃあ、やっぱりこの辺か」

 僕は地図に丸印をつけた。と、そのペンを横からとって書き加えたヤツがいる。

「名無し?」
「ボルツゥイアの森、5時間ほど歩いた谷がおそらくニンフの里だ」
「……」
「なんだその顔。情報収集は俺の本業なんだけど?」

 はぁ……そっか……、最初から名無しに任せれば良かった。とにかく目的地はその森だ。

「雪が収まっても積もった雪の中を5時間、結構な道のりになるな」
「それならフィル。私がドラゴンの姿に戻って皆を運びましょう」
「レイさん……」
「今回は人里が目的地じゃないからかまわないでしょう」

 もしかしたらレイさんなりに、人目のあるところで変身するのを我慢していたのかもしれない。

「それじゃあ、雪が止んだら決行だね」
「ドラゴンの背中に乗れるのか……」
 
 アルヴィーは感慨深げに呟いた。そういや僕も初めてだ。

「レイさんの背中に……?」

 名無しだけがなんだか違う反応をしていた。



 ――翌日、雪が止んだ。身の回りのものだけ手にして僕達は街の外の平原に来ていた。雪のおかげか人通りはない。

「じゃあ、レイさんお願いします」
「はいわかりました。ちょっと皆、下がっていてください」

 そう言うと、レイさんの体がビキビキと音を立てて変化していく。煙がもうもうと立ったその後にはいつか見た、黒いドラゴンの姿があった。

『それでは皆さん、背中に捕まって』

 僕達はレイさんの背中に生えた毛にしっかりと掴まると、レイさんに合図した。

『それでは行きますよ……!』

 レイさんの黒い翼がふわりと空気をはらんで、僕達は空を飛んだ。

「わぁーっ、もう街があんな遠くに!」
「まんま、しゅっごい!」

 街はもうミニチュアのオモチャみたいに見える。そして森が眼前に迫ってきていた。

「いやー、これがレイさんの鱗か……」
「名無し、剥いたらさすがにレイさんも分かると思うよ」
「こんな所で振り下ろされたらたまったもんじゃないぜ! 名無し!」

 なんかレイさんの背中をなでなでしている名無しを小突いていると、森の中に開けた谷が現れた。レイさんはそこに向かってふわりと舞い降りた。

『皆さん、大丈夫ですか?』
「まんまー!」

 マギネは大丈夫みたいだ。さすがワイバーンの子だな。僕はちょっとふわふわ変な感じがしてる。

「ここがニンフの里ですか?」

 マレアが不思議そうにあたりを見渡した。それもそのはず、周りには人っ子一人いない。

「ここですね」

 レイさんが指差したのは谷を流れる川に出来た滝だった。

「あっ、レイさん水冷たいよ!」
「大丈夫です。私はドラゴンですから」

 レイさんはにっこりと笑うと、冷たい水の中をザブザブと入っていった。そして滝に手をやると、その滝の水が割れていく。

「……道だ」

 滝の向こうには明かに人の手の入った道が続いていた。こんな山の奥でそんなのはあり得ない。

「きっと、この先がニンフの里だよ。みんな行こう!」

 僕達は冷たい水をかき分けて、滝の向こう側へと渡った。
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