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1話 ドラゴン召喚

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「あわわわ……」

 僕は鋼鉄のような鱗に覆われたその姿を見て逃げだそうとした。すると、ドラゴンが爪で僕の上着をつまんだ。そのまま僕は気が遠くなって行くのを感じる。

『……名は』

 その時、ドラゴンが喋った。いわゆる声帯を使った喋り方ではなくて頭の中に直接声が響いた。

「名……名前?」
『そう、名はなんという』
「フィル・オルグレン……」
『そうか……』

 僕はドラゴンの目をじっと見た。先程のような恐怖は不思議とない。でも、ドラゴンの目はいまいち何を考えているのか僕にはわからなかった。

「おろしてくれる?」

 僕がおそるおそるそう言うと、ドラゴンはスッと僕を地面におろしてくれた。その時、大きな衝撃が襲った。

「神よ、精霊よ。我が願いによって火を矢に変えろ」
「氷のつぶてで我が敵を討て」

 先生達の魔法が次々とドラゴンめがけて襲いかかる。ドラゴンは魔法の攻撃をもろに受けてよろめいた。

「先生、あのドラゴンは話せます!」
「バカ言え! あの邪悪な黒竜が目に入らないわけないだろう!?」

 僕の願いも空しく、次々と攻撃魔法が打ち込まれていく。しかしドラゴンの硬い鱗にはまるで効いていないようだった。

「ゴアアアアアー!」

 そしてドラゴンが身震いをすると、魔法が弾き飛ばされた。先生も生徒も悲鳴をあげて逃げ回る。大きく尻尾をふると中庭の壁がガラガラと崩れた。僕はがれきが飛んできたのを頭を抑えて避けようよした。

「いてて……あれっ、痛くない」

 怖々、目を開けるとドラゴンの翼が僕を覆っていた。まるで守るように。

「君……」
『私の名はレイ。フィルの召喚獣だ』
「僕の……召喚獣!?」

 僕は驚いた。せいぜい僕が呼べるのはカエルやトカゲかと思っていたから。こんな……まさかドラゴンが召喚獣と言われても……。

「フィル、逃げろ!」

 クリス先生が叫んでいる。僕は大丈夫だと手を振った。

「先生、これは僕の召喚獣です」
「馬鹿をいうんじゃない。お前がドラゴンを使役できるはずがない」

 先生達は僕がドラゴンの所にいるにも関わらず攻撃魔法を放った。

『仕方ない』

 ドラゴンは身震いをした。再び魔法が弾き返される。僕は頭がくらくらしてきた。先生……下手したら僕にも攻撃が当たるかもしれないのに……。

「先生、攻撃をやめてください。このドラゴンは暴れません!」
「フィル……本当にお前の召喚獣なのか」
「そうみたいです」

 そこでようやく先生達は魔法の杖を引っ込めてくれた。僕はクリス先生に駆け寄った。

「先生、お騒がせして申し訳……」
「なんて事をしてくれたんだ」
「えっ……」
「見て見ろ、どうしてくれるんだこれを」

 僕はあたりを見渡した。魔法の攻撃とドラゴンの尻尾があたってそこにはがれきの山が出来ていた。

「怪我人も出たぞ……どうするんだ」
「ごめんなさい……」
「ドラゴンを召喚獣に呼び出すなんて聞いた事が無い……処分は追って下す。部屋に戻りなさい。フィル」

 クリス先生は冷たくそう言った。

「……わかりました」
『フィル……?』

 とぼとぼと部屋に戻ろうという僕に、ドラゴンが不思議そうに語りかけてきた。

「ドラゴンさん、申し訳ないけれど学園の外に出て貰ってもいいかな。みんな怖がるから」
『承知した』

 僕がそうお願いすると、ドラゴンは羽ばたいて外へと飛んでいった。

「やっぱり僕の召喚獣なんだ……」

 そしてノロノロと荷物を片付ける。奨学生の僕の荷物はさほど多くない。数枚の着替えにブラシなどの生活用品を昔持って来たボロボロの鞄に詰めた。そして呆然とベッドに座り込んでいると、部屋のドアがノックされた。扉を開くとクリス先生がいた。

「……はい」
「フィル・オルグレン、学園の決定を通達する」
「はい」

 僕は意を決して耳を傾けた。

「フィル・オルグレンは授業中の器物破損により無期限の放校となす。但し、修繕費用、3億ゴルトの支払いに応じれば復学を許可する……という事だ」
「そうですか……」

 そんなお金あるわけないよ。つまりはもう学校は首だという事だ。がっくりとうなだれた僕を、クリス先生はちょっと気の毒そうに見ている。そしてマントの奥をまさぐった。

「フィル、お前実家からの仕送りもないんだろう?」
「はい」
「少しだがこれを持っていけ……内緒だぞ」

 クリス先生は革袋を僕に手渡した。中身は金貨が二枚。

「切り詰めればふた月くらいは持つと思う」
「ありがとうございます、先生」
「……気をつけなさい」

 先生がしてくれた最後の親切を噛みしめて、僕は鞄を持った。そして部屋をでる。宿舎の薄暗い廊下はこれまでとこれからの僕を暗示しているようだ。十歳から二年間……それでもここで生活してきたんだ。僕はもう一度振り返って学園の様子を目に焼き付けた。

「はぁああ……これからどうしよう」

 門を出て、僕は盛大にため息をついた。そんなぐったりとしている僕に近づいてくる人影があった。

「追い出されちゃったのね」
「あの……誰ですか」

 それは二十代半ばくらいの黒髪の女性だった。僕とは面識が無い。すると、コロコロと鈴のなるように笑ってその女性は言った。

「いやね、レイよ。君の召喚獣よ」
「え……嘘」
「だって竜の姿では皆が怖がるんでしょ? 他の人の姿を真似したのよ」
「……さっきそれをやってくれれば……」
「え?」

 ちょっと愚痴りそうになった僕だったが、無邪気なドラゴンの目を見て口を濁した。

「あ……いや……見ての通り、学校を追い出されちゃったのでレイさんは帰っても良いですよ」
「帰らないわよ?」
「ど、どうして……」

 僕がドラゴン……レイさんにそう聞くと、満面の笑みで両手で抱きしめられた。

「こーんなかわいいご主人様ができたんですもの、帰りません」

 レイさんがあんまりきっぱり言うものだから僕は恥ずかしくなった。

「あの……離してください……歩けないんで……」
「そう。良いわよ。どこに行くの」
「うーん、とりあえず……西に」
「かしこまりました、ご主人様」

 こうして、僕とレイさんの行く当てもない珍道中……がはじまったのである。
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