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53話 真実の心
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「……落ち着いた?」
「うん」
アビゲイルがそう聞くと、か細い声でマイアは答えた。
「心配かけちゃったわね」
「ううん、いつかどこかで何となくこんなことになるかもとは思ってたわ」
「……え?」
「仕事をしてても、遊びに行っても……マイアは前はもっと楽しそうだったもの」
「……」
マイアは必死で隠していたつもりだったのに、アビゲイルにはお見通しだったようだ。マイアはぽつりぽつりと話はじめた。
「……何をしてても、もう帰れないと思うとしんどくて……私がいない間、アシュレイさんは何してるんだろうってずっと考えてしまって」
「そう……」
アビゲイルはマイアの手を握った。
「ちゃんとご飯食べてるかな、とか夜更かしばかりしてないかな、とか……それから私がいなくて寂しくないかな……とか……馬鹿ね、私」
「ううん、マイア。アシュレイさんはマイアの大切な人なのね」
「……うん」
「ずっと一緒にいたいのね」
「……うん」
「私とトレヴァーみたいに?」
その言葉にマイアは顔を上げた。アシュレイと自分の関係。今まで人に二人の関係を説明するときは『師匠と弟子』だった。
「私はトレヴァーの側に死ぬまでいたい。声も姿もみんな好き。ちょっと優柔不断なところはあるけど、私が突っ走りすぎるからちょうどいいと思う。私の持ってるもの全部、私は躊躇うことなく彼に捧げるわ」
「……アシュレイさんは……」
マイアは口ごもった。それに意味や名前をつけるなんてマイアは今まで思って無かった。でも……もう目を逸らすのは限界だと思った。
「私を救ってくれた人。決して追いつけない憧れの人……なのに、私がいないとてんで駄目なの。散らかし屋だし、えばりんぼうだし……でもすごく優しい……」
「うん」
「目覚めたらそこに居て、一日何にも喋らなくても……そこにアシュレイさんがいると安心するの……私も……アシュレイさんのそばに居たい。ずっと死ぬまで」
「マイア……それは愛ね」
「あ、愛……って……」
アビゲイルの言葉にマイアは顔を真っ赤にした。
「ずっと一緒にいたから、ドキドキの恋をすることはなかったかもしれないけれど……それは愛よ。マイア、それは誰もが手に入れられるものじゃないわ」
「……アビゲイル」
「そんな風に思える相手、この先いるかしら。マイア、それを捨てて後悔しない? ……いいえ、後悔しているからそんな風に胸が痛むんじゃない?」
アビゲイルはマイアの眼を覗き混んで、問いかけた。
「後悔……」
マイアは再び、瞳に涙を湛えている。どうして最初に家を出ろと言われた時のように反抗できなかったのか、マイアはすでに後悔していた。
「きっとうんと時間をかければ、思い出になるかもしれないわ。でも……マイア、森の家はそんなに遠いところ?」
「……ううん」
ランブレイユの森まで、魔石で改良した風の魔法のマントを使えばきっとあっという間だ。
「なら、すぐに行ってマイアの気持ちを伝えていらっしゃいよ!」
「アビゲイル、でも……パーティが……」
「そんなのいいわよ! ……でも駄目ならとっとと帰ってきなさいよ」
アビゲイルはマイアの手を引いて立たせると、背中をポンと叩いた。
「そしたら慰めてあげるから!」
「……うん!」
マイアはアビゲイルの言葉に頷くと、自室に向かって会場を抜けて行った。アビゲイルは満足そうな顔をしてその後ろ姿を見送る。
「……残念ながら僕の力不足ってとこかな」
その時、後ろからレイモンドの声がした。アビゲイルは慌てて振り向いた。
「レイモンド……マイアは森の魔術師だもの。今日みたいなぶしつけな視線や噂話も負担だったでしょうね」
「厄介な連中は弾いて回ったつもりだったんだけどね。思い通りに魔道具を作ってくれないマイアさんに直接交渉しようとする連中とか」
「……あんた不器用よね、そういうところ」
「……」
レイモンドは黙って手を頭の後ろに組んで夜空を見上げた。
「……だって好きな子には笑っていて欲しいじゃないか」
その視線の先には、マントを羽ばたかせて森に向かうマイアの姿が月に照らされていた。
『で、いつ迎えに行くんだ?』
「うるさい黙れ」
その頃ランブレイユの森の家では、カイルがまたアシュレイを焚き付けていた。日替わりで違う妖精酒を持って夜な夜な現われるカイルはマイアを迎えに行けと毎日のように繰り返していた。
『幸せになって貰いたいんだろ』
「それと迎えにいくことは違う」
『違わないさ。俺には分かる。お前の感情の色も見えているんだ。観念しろ』
「……だけど」
あんな風に追い出して置いて今さら、という気持ちがアシュレイにブレーキをかける。それに……マイアの気持ちが街でどう変わったのか知るのが怖い。
『マイアの幸福の中に自分がいるという選択はないのか』
「……カイル」
アシュレイは俯いた。肉体の年齢を止めて続けた魔術の研究。けれど、最近はさっぱりそれに手をつけることがなくなっていた。マイアの不在がぽっかりと胸に穴をあけて、アシュレイはそれどころではなかった。
「……年齢を止めて、俺を知るものは皆先に死んでいった。だからこの森に引きこもった」
『お前など死んでしまえ』
「おい」
『マイアと共に過ごし、老いてそして死んでいけ……人間らしくな』
「……」
アシュレイはまた、大事な存在ができるなんて思っていなかった。もし、マイアが帰ってくるのなら……カイルの言う通り、共に老いて過ごしていきたい。
そんな風にアシュレイが考えた時だった。
「……?」
森の異変にアシュレイは顔を上げた。
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アビゲイルがそう聞くと、か細い声でマイアは答えた。
「心配かけちゃったわね」
「ううん、いつかどこかで何となくこんなことになるかもとは思ってたわ」
「……え?」
「仕事をしてても、遊びに行っても……マイアは前はもっと楽しそうだったもの」
「……」
マイアは必死で隠していたつもりだったのに、アビゲイルにはお見通しだったようだ。マイアはぽつりぽつりと話はじめた。
「……何をしてても、もう帰れないと思うとしんどくて……私がいない間、アシュレイさんは何してるんだろうってずっと考えてしまって」
「そう……」
アビゲイルはマイアの手を握った。
「ちゃんとご飯食べてるかな、とか夜更かしばかりしてないかな、とか……それから私がいなくて寂しくないかな……とか……馬鹿ね、私」
「ううん、マイア。アシュレイさんはマイアの大切な人なのね」
「……うん」
「ずっと一緒にいたいのね」
「……うん」
「私とトレヴァーみたいに?」
その言葉にマイアは顔を上げた。アシュレイと自分の関係。今まで人に二人の関係を説明するときは『師匠と弟子』だった。
「私はトレヴァーの側に死ぬまでいたい。声も姿もみんな好き。ちょっと優柔不断なところはあるけど、私が突っ走りすぎるからちょうどいいと思う。私の持ってるもの全部、私は躊躇うことなく彼に捧げるわ」
「……アシュレイさんは……」
マイアは口ごもった。それに意味や名前をつけるなんてマイアは今まで思って無かった。でも……もう目を逸らすのは限界だと思った。
「私を救ってくれた人。決して追いつけない憧れの人……なのに、私がいないとてんで駄目なの。散らかし屋だし、えばりんぼうだし……でもすごく優しい……」
「うん」
「目覚めたらそこに居て、一日何にも喋らなくても……そこにアシュレイさんがいると安心するの……私も……アシュレイさんのそばに居たい。ずっと死ぬまで」
「マイア……それは愛ね」
「あ、愛……って……」
アビゲイルの言葉にマイアは顔を真っ赤にした。
「ずっと一緒にいたから、ドキドキの恋をすることはなかったかもしれないけれど……それは愛よ。マイア、それは誰もが手に入れられるものじゃないわ」
「……アビゲイル」
「そんな風に思える相手、この先いるかしら。マイア、それを捨てて後悔しない? ……いいえ、後悔しているからそんな風に胸が痛むんじゃない?」
アビゲイルはマイアの眼を覗き混んで、問いかけた。
「後悔……」
マイアは再び、瞳に涙を湛えている。どうして最初に家を出ろと言われた時のように反抗できなかったのか、マイアはすでに後悔していた。
「きっとうんと時間をかければ、思い出になるかもしれないわ。でも……マイア、森の家はそんなに遠いところ?」
「……ううん」
ランブレイユの森まで、魔石で改良した風の魔法のマントを使えばきっとあっという間だ。
「なら、すぐに行ってマイアの気持ちを伝えていらっしゃいよ!」
「アビゲイル、でも……パーティが……」
「そんなのいいわよ! ……でも駄目ならとっとと帰ってきなさいよ」
アビゲイルはマイアの手を引いて立たせると、背中をポンと叩いた。
「そしたら慰めてあげるから!」
「……うん!」
マイアはアビゲイルの言葉に頷くと、自室に向かって会場を抜けて行った。アビゲイルは満足そうな顔をしてその後ろ姿を見送る。
「……残念ながら僕の力不足ってとこかな」
その時、後ろからレイモンドの声がした。アビゲイルは慌てて振り向いた。
「レイモンド……マイアは森の魔術師だもの。今日みたいなぶしつけな視線や噂話も負担だったでしょうね」
「厄介な連中は弾いて回ったつもりだったんだけどね。思い通りに魔道具を作ってくれないマイアさんに直接交渉しようとする連中とか」
「……あんた不器用よね、そういうところ」
「……」
レイモンドは黙って手を頭の後ろに組んで夜空を見上げた。
「……だって好きな子には笑っていて欲しいじゃないか」
その視線の先には、マントを羽ばたかせて森に向かうマイアの姿が月に照らされていた。
『で、いつ迎えに行くんだ?』
「うるさい黙れ」
その頃ランブレイユの森の家では、カイルがまたアシュレイを焚き付けていた。日替わりで違う妖精酒を持って夜な夜な現われるカイルはマイアを迎えに行けと毎日のように繰り返していた。
『幸せになって貰いたいんだろ』
「それと迎えにいくことは違う」
『違わないさ。俺には分かる。お前の感情の色も見えているんだ。観念しろ』
「……だけど」
あんな風に追い出して置いて今さら、という気持ちがアシュレイにブレーキをかける。それに……マイアの気持ちが街でどう変わったのか知るのが怖い。
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「……カイル」
アシュレイは俯いた。肉体の年齢を止めて続けた魔術の研究。けれど、最近はさっぱりそれに手をつけることがなくなっていた。マイアの不在がぽっかりと胸に穴をあけて、アシュレイはそれどころではなかった。
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