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44話 夢から醒めて
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華麗に黒いマントを翻して、群衆をかき分けてマイアの手を取るアシュレイ。水晶の馬に引かれた魔法の馬車で、颯爽とティオールの街を駆けた。そんな夢のような一夜を経て、マイアはベッドでぐっすりと眠っていた。
「ここここ!」
「ここここ!」
昨夜の夢の余韻を噛みしめていたマイアは騒がしいゴーレムの騒ぐ声で目を覚ました。
「んー……何?」
マイアが寝ぼけまなこでドアを開けると、二体のゴーレムがぐるぐるとマイアの部屋の前を回っていた。
「どうしたの?」
「ここここ!」
するとゴーレムは居間を指差す。マイアが寝間着のままでそっちに行くと、アシュレイが台所で別のゴーレムを小突いていた。
「こら! 邪魔をするな。この練ったのを焼けばいいんだろう」
「ここここ!」
どうやらアシュレイはパンを焼こうとしているらしい。しかしゴーレムはそれに必死に抵抗している。
「……それ、あと発酵させないと駄目ですよ」
マイアがそう声をかけると、アシュレイはぎょっとした顔で振り向いた。
「あ? あ、そうか……」
「こここ!」
アシュレイからパン生地を取り戻したゴーレムは大人しくなった。
「あー、そのマイア。卵はどうする?」
「片面焼きです。……じゃなくてどういう風の吹き回しですか?」
これまで夕飯を作っていてくれたり、買って置いてくれた事はあったが朝食の準備までしようとしたのはこれが初めてだ。
「いや、昨日は遅かったから……」
「余計に早く起きちゃいました」
「もう一回寝ろ」
「ええ……?」
マイアはアシュレイの無茶苦茶な言い方に困惑した。
「とにかく朝食が出来たら起こしにいくから」
「……はい」
とにかく眠い事は眠かったので、マイアは部屋へと戻った。
「……なんなのかしら」
マイアはベッドに戻ったものの気になって気になって眠るどころではなかった。仕方なく着替えてそっと廊下からアシュレイの様子を見守った。
「出来た! おいマイ……」
「ここにいます」
「そ、そうか」
テーブルの上にはこんがりを通りこしたパンと卵が乗っていた。おまけに台所は無茶苦茶である。
「……いただきます」
「……いただきます」
それきり二人は黙ったままガリガリと焦げた朝食を食べきった。
「今日は失敗したが、もうコツは掴んだ」
「無理しなくていいですよ。向き不向きというものがあります」
マイアは空のお皿を持って、無残な台所に立ち向かった。これでは余計に家事が増えるというものだ。
「それじゃ困る」
「私は困りませんよ。家事は嫌いじゃないですし」
「……マイアがいつまでもやっているから、この家を出られないんだろう? だったら俺が全てできるようになればいいんだ、と思ってな」
アシュレイはマイアの横から焦げ付いたフライパンを引っ張り出して浄化の魔法をかけた。
「洗濯もこの要領でやればあっという間だ」
「……アシュレイさん、どうしたんですか」
マイアはかたりと洗った皿を置いて、俯きながらアシュレイに聞いた。その表情は見えないけれど、言葉に怒りが滲んでいる。そんな事は分かった上でアシュレイはすうっと息を吸った。
「マイア、もう一度言う。お前はもう一人前だ。だからこの家から出て行け」
「どうしてですか!? なんで今日……だって……」
アシュレイの言葉にマイアは動揺する。昨夜、アシュレイはマイアの手がけた魔石照明の舞台を褒めてくれた。マイアは師匠に仕事を認められたと感じてとても嬉しかったのだ。
「私、ちゃんと仕事をしています。そうでしょう?」
「ああ……だからだ。お前は街で暮らした方がいい。昨日、沢山の人がお前を知った。仕事を続けるなら街にいた方がいい。それに……もうマイア、お前には仲間も友人もいるだろう」
「それは……」
マイアはハッとした。アシュレイが最初にこの家を出て行くように言った本当の意味がわかったような気がしたのだ。
「街で暮らし、人と交わって生きろ。それがお前の幸せだ」
「……アシュレイさん……」
アシュレイはきっとこの時を待っていたのだ。しかし、外の世界が不安なマイアにただ付き合っていただけ。いつかはマイアをこの家から出すつもりで。ずっと。
「……な、マイア」
「嘘つき……」
「……」
「アシュレイさんは、嘘つきです! 私なんかいらないなら最初からそう言えばいいのに!」
マイアの瞳から、堪えきれない涙がこぼれた。アシュレイへの失望と、怒りが胸の中を駆け巡って、うまく言葉が出て来ない。
「お前はもう、大丈夫だ。だからこの家を出るんだ。魔石を採りに森に入るのは構わない。だけどこの家で暮らすのはお仕舞いだ」
「……わかりました」
「ああ」
「お望み通りに出て行きます!」
マイアは怒りのあまり弾かれたように自分の部屋に向かうと、猛然と身の回りのものを鞄に詰め込み始めた。
「じゃあ! 『ランブレイユの森のアシュレイ』さん。失礼します。いままでありがとうございました」
そう言って風のマントでティオールの街に向かってハヤブサのように飛んでいった。アシュレイはどんどんと遠くなるマイアの姿が目に見えなくなるまで追っていた。
「そうだ、マイア……そうして人として生きろ。ほんの三年、おかしな魔法使いと暮らした事なんていつか忘れる。そして……俺も……」
アシュレイは一人、家の中に戻ると片眼鏡を外した。そして……両手で顔を覆うと、アシュレイはテーブルに突っ伏した。その姿を、ゴーレム達だけが見ていた。
「ここここ!」
「ここここ!」
昨夜の夢の余韻を噛みしめていたマイアは騒がしいゴーレムの騒ぐ声で目を覚ました。
「んー……何?」
マイアが寝ぼけまなこでドアを開けると、二体のゴーレムがぐるぐるとマイアの部屋の前を回っていた。
「どうしたの?」
「ここここ!」
するとゴーレムは居間を指差す。マイアが寝間着のままでそっちに行くと、アシュレイが台所で別のゴーレムを小突いていた。
「こら! 邪魔をするな。この練ったのを焼けばいいんだろう」
「ここここ!」
どうやらアシュレイはパンを焼こうとしているらしい。しかしゴーレムはそれに必死に抵抗している。
「……それ、あと発酵させないと駄目ですよ」
マイアがそう声をかけると、アシュレイはぎょっとした顔で振り向いた。
「あ? あ、そうか……」
「こここ!」
アシュレイからパン生地を取り戻したゴーレムは大人しくなった。
「あー、そのマイア。卵はどうする?」
「片面焼きです。……じゃなくてどういう風の吹き回しですか?」
これまで夕飯を作っていてくれたり、買って置いてくれた事はあったが朝食の準備までしようとしたのはこれが初めてだ。
「いや、昨日は遅かったから……」
「余計に早く起きちゃいました」
「もう一回寝ろ」
「ええ……?」
マイアはアシュレイの無茶苦茶な言い方に困惑した。
「とにかく朝食が出来たら起こしにいくから」
「……はい」
とにかく眠い事は眠かったので、マイアは部屋へと戻った。
「……なんなのかしら」
マイアはベッドに戻ったものの気になって気になって眠るどころではなかった。仕方なく着替えてそっと廊下からアシュレイの様子を見守った。
「出来た! おいマイ……」
「ここにいます」
「そ、そうか」
テーブルの上にはこんがりを通りこしたパンと卵が乗っていた。おまけに台所は無茶苦茶である。
「……いただきます」
「……いただきます」
それきり二人は黙ったままガリガリと焦げた朝食を食べきった。
「今日は失敗したが、もうコツは掴んだ」
「無理しなくていいですよ。向き不向きというものがあります」
マイアは空のお皿を持って、無残な台所に立ち向かった。これでは余計に家事が増えるというものだ。
「それじゃ困る」
「私は困りませんよ。家事は嫌いじゃないですし」
「……マイアがいつまでもやっているから、この家を出られないんだろう? だったら俺が全てできるようになればいいんだ、と思ってな」
アシュレイはマイアの横から焦げ付いたフライパンを引っ張り出して浄化の魔法をかけた。
「洗濯もこの要領でやればあっという間だ」
「……アシュレイさん、どうしたんですか」
マイアはかたりと洗った皿を置いて、俯きながらアシュレイに聞いた。その表情は見えないけれど、言葉に怒りが滲んでいる。そんな事は分かった上でアシュレイはすうっと息を吸った。
「マイア、もう一度言う。お前はもう一人前だ。だからこの家から出て行け」
「どうしてですか!? なんで今日……だって……」
アシュレイの言葉にマイアは動揺する。昨夜、アシュレイはマイアの手がけた魔石照明の舞台を褒めてくれた。マイアは師匠に仕事を認められたと感じてとても嬉しかったのだ。
「私、ちゃんと仕事をしています。そうでしょう?」
「ああ……だからだ。お前は街で暮らした方がいい。昨日、沢山の人がお前を知った。仕事を続けるなら街にいた方がいい。それに……もうマイア、お前には仲間も友人もいるだろう」
「それは……」
マイアはハッとした。アシュレイが最初にこの家を出て行くように言った本当の意味がわかったような気がしたのだ。
「街で暮らし、人と交わって生きろ。それがお前の幸せだ」
「……アシュレイさん……」
アシュレイはきっとこの時を待っていたのだ。しかし、外の世界が不安なマイアにただ付き合っていただけ。いつかはマイアをこの家から出すつもりで。ずっと。
「……な、マイア」
「嘘つき……」
「……」
「アシュレイさんは、嘘つきです! 私なんかいらないなら最初からそう言えばいいのに!」
マイアの瞳から、堪えきれない涙がこぼれた。アシュレイへの失望と、怒りが胸の中を駆け巡って、うまく言葉が出て来ない。
「お前はもう、大丈夫だ。だからこの家を出るんだ。魔石を採りに森に入るのは構わない。だけどこの家で暮らすのはお仕舞いだ」
「……わかりました」
「ああ」
「お望み通りに出て行きます!」
マイアは怒りのあまり弾かれたように自分の部屋に向かうと、猛然と身の回りのものを鞄に詰め込み始めた。
「じゃあ! 『ランブレイユの森のアシュレイ』さん。失礼します。いままでありがとうございました」
そう言って風のマントでティオールの街に向かってハヤブサのように飛んでいった。アシュレイはどんどんと遠くなるマイアの姿が目に見えなくなるまで追っていた。
「そうだ、マイア……そうして人として生きろ。ほんの三年、おかしな魔法使いと暮らした事なんていつか忘れる。そして……俺も……」
アシュレイは一人、家の中に戻ると片眼鏡を外した。そして……両手で顔を覆うと、アシュレイはテーブルに突っ伏した。その姿を、ゴーレム達だけが見ていた。
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